精霊娘 いつの世も精霊の悪戯には敵いません

神栖 蒼華

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「いるかなー?」

 昨日来た道を進みながら、視線を巡らせる。
 今日もとてもいい天気で、太陽の光を浴びて緑の葉が輝いていた。
 本当に気持ちのいい場所だ。
 こういう場所には精霊がよくいるのだけれど、見回しても姿形や気配さえ感じ取れない。
 レギナン国とは違うからなのだろうか。祖国では当たり前のことがフィナンクート国では違うようだ。
 残念に思いながら、昨日精霊がいた場所まで進んでいく。

「いた!」

 精霊は昨日と同じ場所に立っていた。
 驚かせないようにゆっくりと近づく。
 シャンリリールが近づいても、精霊は気づいていないかのようになんの反応もなかった。どこか遠くを見つめているように視線が合わない。

「こんにちは」

 声をかけると、精霊がやっとシャンリリールを見た。
 もう一度驚かせないように声をかける。

「こんにちは。わたし、シャンリリールっていうの。あなたの名前はなんていうの?」

 精霊はシャンリリールを見ているようだったけれど、シャンリリールを認識しているような感じがしない。存在感が薄かった。

『……タスケテ』
「何に困っているの?」
『タスケテ』
「どうすればいいのか、わたしに教えて?」
『タスケテ』

 精霊はタスケテの言葉だけを繰り返すだけ。
 会話ができない精霊に会ったのは初めてだった。
 どうしたらいいのだろう。これでは助けられない。

「今日も来たのか」

 そんな困惑しているシャンリリールに声をかける人がいた。
 その声だけでシャンリリールには誰だか分かってしまった。
 あはは……今日も会っちゃいましたね、国王陛下。
 あー、どうしよう。いないときに来ると約束したのになー。
 昨日とは違う時間帯に来たのに、また鉢合わせするとは運がないと思う。
 約束したことは守ろうと思っていたのに、昨日の今日で会ってしまうとは思わなかった。だが、気まずくても無視できるわけもなく。
 覚悟を決めて振り返ると、国王陛下はとりあえず怒ってはいないようだった。相変わらず無表情だったけれど。
 ……うーん、求婚に来た時はここまで無表情ではなかったはずなんだけどな。
 やはり信頼を損なってしまったことが原因なのだということだよね。

「こんにちは。国王陛下」
「また猫に話しかけているのか?」
『エぺ』

 国王陛下の質問に答えようとしたとき、精霊が違う言葉を発して気を取られた。

「エペ?」
「なんだ」
「え?」

 国王陛下から言葉が返ってきて驚く。

「今呼んだだろう」
「え、呼んでません」
「エぺと言っただろう」
『エぺ……』

 精霊がまた国王陛下を見ながらエぺと繰り返し言う。
 ええっと、ちょっと待ってほしい。
 なんかいろいろと疑問?というか、よくわからない問題が生じてしまった。
 一つずつ確認していかないと、頭がこんがらがる。

「えっと、わたしじゃなくて……、あの、国王陛下ってエぺって呼ばれているんですか?」
「名前がエぺルトだからな」
「そうなんですね」

 なるほど。国王陛下がエペという言葉に反応した理由はわかった。
 ならば、精霊が言うエペとは国王陛下を指しているのか?
 それとも別の意味を持っているのか?
 これは精霊に聞かないとわからないのだけれど……。
 精霊に視線を戻し考える。先ほどは会話できなかったが、聞いても答えてくれるだろうか?

『エぺ……タスケテ』

 精霊が国王陛下を見つめて助けを求めた。
 先ほどよりもしっかりとした声で、国王陛下に向けて言っている。
 精霊の様子から、『エペ』が国王陛下を示しているので間違いなさそうに思える。
 そうなると精霊と国王陛下は知り合いなのだろうか。
 でも、昨日は見たことがないと言っていたはずだけど……?
 でも精霊は国王陛下に助けを求めているし。
 国王陛下はこの精霊を知っている?
 わからないことばかり。
 精霊に聞きたくても難しそうだし、ここは国王陛下に聞くしかないのだろうか。
 精霊が離れずに側にいるのなら、精霊のことを知られたりしても大丈夫なはず。

「国王陛下、このくらいの身長の10歳くらいに見える、空色の髪と瞳の男の子、知ってますか?」

 手で身長の高さを示しながら聞いてみる。

「知らないが、なぜそんなことを聞く?」
「ここにその男の子がいまして……」
「ここ、だと?」

 国王陛下は怪訝そうにシャンリリールが示す場所を凝視する。
 やはり見えていないようだ。

「精霊なんですが」
「……精霊が見えると言いたいのか?」
「はい」
「……噓をついている、わけではなさそうだな」

 今日はシャンリリールの言葉をそのまま信じてくれたようだ。
 少しは疑いが晴れたのかな?
 それならば嬉しいんだけれど。

「そういえばレギナン国は精霊を信仰しているが、偶像崇拝しているわけではなく精霊が実在しているのか?」
「はい。精霊はいます。レギナン国内でも見える人と見えない人はいますが、国民全員精霊がいるとわかっています」
「その情報は秘匿情報ではないのか?」
「そうですね。精霊が悪用されないように他国には精霊が存在していると明言していません」

 いや、存在していると言っているけれど、他国の精霊を見ることができない人達は妄言として誰も信じていないだけ。
 そしてレギナン国は精霊が存在している証拠を見せていないだけだった。

「俺には教えてもいいのか?」
「はい。姫様と結婚しますし、悪用するとは思えませんし、精霊が側にいますし」
「側にいる、ね……」

 国王陛下が改めて、シャンリリールが示している場所を凝視する。

『エペ……を…タスケテ』

 精霊が先ほどよりもはっきりとした言葉を発した。
『エペをタスケテ』と聞こえた。
 国王陛下が精霊が存在すると認識してくれただけで、精霊の存在がはっきりとして、言葉が話せるようになったようだ。
 やっぱり精霊と知り合いなんじゃないだろうか。

「国王陛下、先ほどと同じ質問ですが、空色の髪と瞳の10歳くらいの少年に心当たりはありませんか?」
「……そうだな」

 国王陛下は今度は真剣に思い出そうとしてくれているみたいで、目を閉じた。
 それにしても、『エペをタスケテ』か。
 目を閉じている国王陛下をじっくりと見つめる。
 精霊の言葉通りなら、国王陛下が困っていることを解決すれば精霊は元気になるということだろう。
 国王陛下は何に困っているのだろう。解決できるようなことだといいんだけれど、こればっかりは直接聞いてみなければわからない。


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