上 下
72 / 110
第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編

人間の子供。どう見ても武芸者ではない

しおりを挟む
 カノンは……当時七月なづきと名乗っていた自分は、いずれ里を背負うと期待して育てられた。

 祖霊神おやがみ双角天そうかくてんの血を色濃く引く本家筋であり、その中でも特に強い力を持って生まれたからだ。

 自分が成長し、一族をひきいた時が勝負の時。人の世に攻め入り、人間どもを滅ぼすのだと教えられた。

 当時は法や国家組織も脆弱ぜいじゃくだったし、そのてっぺんさえ殺していけば、簡単に人の世は乱れていく。

 そして団結の乱れた小集団となった人間どもを、個別に討ち取ればそれで終わりだ。

 カノンは武芸に明け暮れた。たちまち里一番の使い手になった。

 人間は憎いもの。恨むべきもの。早く戦いたい。早く滅ぼしたい。

 そんな闘争心だけがカノンの全てだった。



 やがて成長したカノンは、里の外に出る事を許された。お手初たぞめと呼ばれ、初めて人を打ち倒して亡骸を持ち帰る儀式のためである。

「いよいよ成人の儀だが、相手は何でもいいわけではないぞ。皆が納得する武芸者を倒し、そのむくろを持ち帰れ」

 五老鬼はそう言ってカノンに発破はっぱをかけた。

 名をあげた武芸者の末期まつごが不明なのは、この儀式のせいかも知れないが……ともかくこれは難題である。

 カノンは土手に胡坐あぐらをかき、腕組みして考えた。

「名のある武芸者と言われてもなあ……」

 隠密おんみつ行動を取りながら情報を集め、標的を仕留める……そうした能力を育てる試練だとは分かっていたが、考えるよりケンカが得意なカノンには億劫おっくうである。

「うーん、面倒くさい。都合よく天下一の武芸者が、そのへん歩いてないものか」

 このまま昼寝でもしてしまおうかと思うカノンだったが、そこでふと、何者かが後ろから引っ張るのを感じた。

「……んっ!?」

 振り返ると、そこには小さな男の子がいた。人間の歳は分からないが、本当に幼い。

 ようやく立って歩き始めたような幼子が、カノンの着る虎皮の腰巻きを引っ張っているのだ。

「な、なんだこいつ……人の子か……?」

 カノンは面食らったが、子供はなおも腰巻きを引っ張る。

「あっち行け。脱げるじゃないか、こらっ」

 カノンは両手を鉤爪のように曲げ、牙をむき出して怖い顔をする。

 子供は驚いて尻もちをつき、斜面をころころ転がった。

「うわっ、何やってんだよお前っ!?」

 カノンは思わず手を伸ばして子供を掴んだ。

 子供はきょとんとしていたが、カノンを見てキャッキャと笑った。それから立ち上がり、再びこちらに歩み寄ってくる。

(どんくせえ……何でこれで生きてられるんだよ……)

 カノンは内心衝撃を受けた。

 なんだ、このか弱い生き物は。なんだ、この無警戒な生き物は。

 人間は寿命が短いし、ちょっとした事で死ぬという。だから頻繁ひんぱんに子をなすと聞いた。

 対して鬼神族は病気もしないし寿命が長い。だから戦いで一族が減らない限り、滅多に子を産む事が無い。

 それで余計に子が珍しかった。

「この毛皮が気になるのか?」

 カノンは改めて自らの身なりを確認する。

 スソの短いソデ無しの着物で、無地なぶん虎柄の腰巻きが目立つ。

 腰巻き以外にも、同じ柄の手甲やすね当てをつけていたから、それらが気になっているようだ。

 蜂や虎は本来なら人が怖がる模様なのに、とことん恐れを知らぬ幼子である。

「……お前はどう見ても武芸者じゃないもんなあ」

 カノンは幼子の頬を突っつく。

 温かくて柔らかい。つるつるぷにぷにして、もちが歩いてるんじゃないかと思うぐらいだ。

 つつかれて無邪気に笑う子を見ていると、自然とこっちも頬が緩んだ。

 無性に愛おしくなって、カノンは幼子を抱き上げる。

 子供は手足をバタバタさせていたが、やがて疲れてきたのだろう。カノンの胸に顔を預け、すやすや眠り始めた。

 カノンはどうしていいか分からず、ただ寝顔を見つめていた。

 可愛かった。人も鬼も関係ない、ただ愛おしく感じた。

 しばし時を忘れるカノンだったが、ふと視界の隅に女が立っているのに気付いた。

 痩せた女である。身なりも悪く、あちこちに苦労のあとが見えるものの、元はいい育ちなのだろう。どことなく品の良さが感じられた。

 カノンは気まずくなって、ゴホンと咳払いする。

 そのまま女に近寄ると、眠る子を手渡した。

「……何もしとらん。こいつが寄ってきただけだ」

 カノンは去ろうとしたが、女は後ろから声をかける。

「小太郎といいます」

 振り返ると、母親は微笑んでいた。

「小太郎?」

「この子の名前です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元・おっさんの異世界サバイバル~前世の記憶を頼りに、無人島から脱出を目指します~

コル
ファンタジー
 現実世界に生きていた山本聡は、会社帰りに居眠り運転の車に轢かれてしまい不幸にも死亡してしまう。  彼の魂は輪廻転生の女神の力によって新しい生命として生まれ変わる事になるが、生まれ変わった先は現実世界ではなくモンスターが存在する異世界、更に本来消えるはずの記憶も持ったまま貴族の娘として生まれてしまうのだった。  最初は動揺するも悩んでいても、この世界で生まれてしまったからには仕方ないと第二の人生アンとして生きていく事にする。  そして10年の月日が経ち、アンの誕生日に家族旅行で旅客船に乗船するが嵐に襲われ沈没してしまう。  アンが目を覚ますとそこは砂浜の上、人は獣人の侍女ケイトの姿しかなかった。  現在の場所を把握する為、目の前にある山へと登るが頂上につきアンは絶望してしてしまう。  辺りを見わたすと360度海に囲まれ人が住んでいる形跡も一切ない、アン達は無人島に流れ着いてしまっていたのだ。  その後ケイトの励ましによりアンは元気を取り戻し、現実世界で得たサバイバル知識を駆使して仲間と共に救助される事を信じ無人島で生活を始めるのだった。  ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さん、「ノベリズム」さんとのマルチ投稿です。

コンフィズリィを削って a carillonist

梅室しば
キャラ文芸
【フキの花のオルゴールは、たった一つの抑止力だった。】 潟杜大学に通う学生・甘粕寛奈は、二年生に進級したばかりのある日、幼馴染から相談を持ちかけられる。大切なオルゴールの蓋が開かなくなってしまい、音色が聴けなくて困っているのだという。オルゴールを直すのを手伝ってくれるのなら、とびきりのお礼を用意しているのよ、と黒いセーラー服を着た幼馴染はたおやかに微笑んだ。「寛奈ちゃん、熊野史岐って人の事が好きなんでしょう? 一日一緒にいられるようにしてあげる」 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

猫のお食事処〜猫が連れてきた世界〜

山いい奈
キャラ文芸
逝去した祖母の家。友人と掃除がてら来ていた主人公。 祖母は生前から野良猫に餌をやっていて、その日も黒猫がやってきた。 猫に付いて小さな林をくぐると、そこは猫又の世界だった。 歩いていると何やら騒がしい一角が。世界唯一のお食事処の料理人が突然休みになったというのだ。 料理好きな主人公は代役を買って出ることにする。 猫や世界と触れ合い、世界の成り立ちを知り、主人公は自分の生を振り返る。そして決意する。

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART1 ~この恋、日本を守ります!~

朝倉矢太郎(BELL☆PLANET)
キャラ文芸
「もうこんな国、どうなってもいいんじゃない?」 みんながそう思った時、でかいゾンビの大群が襲って来て、この国はあっけなく崩壊した。 でもまだ大丈夫、この国には『あのお姫様』がいるから…! ゾンビも魔族も悪い政治家・官僚まで、残らずしばいて世直ししていく超絶難易度の日本奪還ストーリー、いよいよ開幕。 例えどんな時代でも、この物語、きっと日本を守ります!!

のろいたち〜不老不死の陰陽師の物語〜

空岡
キャラ文芸
ポルターガイストに悩まされていたレイン・カルナツィオーネは、ジャポネの陰陽師ヨミと出会う。 ヨミは自分の不老不死の呪いを解くために旅をしており、身寄りのないレインはヨミの弟子になることに。 旅を共にするにつれ、ヨミの生い立ちを知り、レインもまた、ヨミの運命の輪に巻き込まれていく。 ヨミとレインの、不老不死を巡る旅路の果ての物語。

アマテラスの力を継ぐ者【第一記】

モンキー書房
ファンタジー
 小学六年生の五瀬稲穂《いつせいなほ》は運動会の日、不審者がグラウンドへ侵入したことをきっかけに、自分に秘められた力を覚醒してしまった。そして、自分が天照大神《あまてらすおおみかみ》の子孫であることを宣告される。  保食神《うけもちのかみ》の化身(?)である、親友の受持彩《うけもちあや》や、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の子孫(?)である御饌津神龍《みけつかみりゅう》とともに、妖怪・怪物たちが巻き起こす事件に関わっていく。  修学旅行当日、突如として現れる座敷童子たちに神隠しされ、宮城県ではとんでもない事件に巻き込まれる……  今後、全国各地を巡っていく予定です。  ☆感想、指摘、批評、批判、大歓迎です。(※誹謗、中傷の類いはご勘弁ください)。  ☆作中に登場した文章は、間違っていることも多々あるかと思います。古文に限らず現代文も。

処理中です...