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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編

こんな里、願い下げだ!

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 それから何度も里と人界を行き来したが、外に出るたびに母親と会った。

 最近村はずれに引越してきて、どうも孤立しているらしい。有力者だった夫が死に、対抗勢力に村が支配されているためだ。

 小太郎以外にも男女の子がいたが、暮らしは貧しく痩せていた。

 洪水で荒れた田畑をあてがわれたらしく、そこかしこに巨大な岩や流木があった。

 どう考えても嫌がらせであり、カノンは何だか腹が立った。

 腹立ち紛れにかたぱしから岩をぶん投げてどかし、流木は手で握り砕いてたきぎにした。

 暇を見てはししや鹿を捕まえ、どっさり土産に持っていった。燻製くんせいや干し肉の作り方も教えた。

 村から適当に何人か引きずって来て、この母子は自分の友達だから、嫌がらせしたらブッ殺すぞと脅しておいた。

 母子は次第に血色が良くなり、どんどん元気になっている。

 嬉しかった。私が食わせて育てているのだ、と思えた。

 ケンカをするより、守って育てる方が面白いとさえ思えた。

 だが穏やかな日々は、唐突に終わりを告げる。



「……人の親子と会っているそうだな」

 せ参じたカノンに、五老鬼は開口一番そう言った。

「……も、申し訳ございません。武芸者の情報を得るため、伝手つてを作ろうと思いましたが……少し度が過ぎたようです」

 カノンは冷や汗が流れるのを感じながら、低くこうべを垂れて言う。

「今後は深入りしないようにいたします。どうか……」

「……殺せ」

 五老鬼は短く言った。

「そ、それは……それだけはご容赦を!」

 カノンは顔を上げ、必死に嘆願たんがんした。

「もうあの親子とは会いません。ですからどうか助けて下さい!」

 だが古鬼どもはかたくなだった。

 必死に願うカノンを見下ろし、淡々と繰り返す。

「……殺せ。明日の日暮れまでに、殺してむくろを持って来い……!」



『殺して死体を持って来い』

 以前の自分なら、何の疑問も持たなかっただろう。

 人を殺めた事は無かったが、人は人、鬼は鬼。そう割り切って始末していたはずだ。

 あの幼子と会った土手の上で、日が暮れるまで立ち尽くしていた。

 ……でも足は動かなかった。

 諦めて鬼の里に戻ったカノンは、五老鬼の待つ本堂へと向かった。

 自分が責めを負えばいい。謝って罰を受ければ何とかなるだろう。そんなうすら甘い考えが、カノンの中にあったのだ。



 本堂に入ると、一族の猛者が勢揃せいぞろいしていた。それぞれ得意な武器を持ち、まるで何かの儀式のようだ。

 カノンは五老鬼の前に座ると、神妙に頭を下げた。

「申し訳ありません……どうしても殺せませんでした」

 カノンは正直に失敗を告げた。

 もしかしたらこのまま殺されるかも知れない。そんな思いがよぎったが、脳裏にあの小太郎達の顔が浮かんだ。

 ……仕方ない。これも縁という事だろう。

 だがカノンが覚悟を決めかけた時、ふと五老鬼から声がかかった。

「…………もうよい」

「えっ……!?」

 驚いて顔を上げるカノンに、彼らはなおも言葉を続ける。

「もうその事はよい。お前に贈り物があるのだ」

「お、贈り物、でございますか……?」

「そうだ。次代の頭領となるお前に相応ふさわしい贈り物だ」

「あ、ありがたき幸せで……」

 カノンはわけが分からなかったが、予想外に話が上手く進んでいる。

 やがて配下の鬼達が、唐櫃からびつを運んでくる。

 のち駕籠かごかきのように長い棒を肩に乗せ、2人1組で運ぶ大箱なわけだが……カノンはそこで異変を感じた。

 漆塗りの箱からは血生臭い匂いが溢れ、床に少しずつ血が垂れ落ちている。中身はししか、それとも熊の類か?

 ……いや、違う。違う事を本能で理解していた。

 カノンは震える手で箱を開ける。

 ……そこにあの親子の遺体があった。

 なますに刻まれた体。青く冷たくなった肌。

 折り重なるように詰め込まれた亡骸の中に、あの小太郎の頬が見えた。

 震える手で指を伸ばし、そっと触れる。

「……………………」

 あの温かかった頬は冷たく強張こわばり、カノンは無言で手を引っ込めた。

「どうだ、気に入ったか?」

 五老鬼は勝ち誇ったように言った。

「これが鬼と人の定め。決して相容あいいれる事はない」

 カノンはゆっくりと顔を上げた。

 目の前で笑みを浮かべる古鬼どもを見据えていると、頭の中に、激しい嫌悪感が生まれた。

 こいつらは何だ? なぜこんな事をする?

 あの子の笑顔と、五老鬼の勝ち誇ったような笑みが交互に頭に入り乱れた。

 今まで何も考えずにこいつらに従ってきたが、ふと気が付けば、こんな醜悪なろくでなしだったのだ。

 カノンは夢中で叫んでいた。何と叫んだかははっきり覚えていないが、多分こんな内容を言っていたのだ。


『なぜこんな事をする。なぜ遥か昔の恨み言を、今の世にぶつけるのだ。

 文句があるなら、自分達がその相手と再戦すればいいではないか。

 それが出来ない腰抜けどもが、偉そうにふんぞり返りやがって。

 これが鬼の里ならば、こっちから願い下げだ!』


 見守る里の者達は驚いていた。剛角や紫蓮もあわて、妹も例外では無い。

 カノンは妹に目をやり、迷った。

 この妹を置いて行けるか? 自分が里を出る事で、彼女に余計な負担がかかるのではないか?

 それでももう耐えられなかった。本堂の戸を蹴破り、そのまま外に走り出る。

 何もかもが嫌になっていた。

 陰湿で、口を開けば恨み事しか言わないこの里が。過去しか見ず、そのために明日を汚す最低の連中が。

 殺せ滅ぼせと教えられてきたが、よく考えてみれば、この時代の人が何をした? 何もしていないではないか。

 カノンは改めて思い知った。生まれが鬼なのではない、その業の深さが鬼なのだ。
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