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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編

不是の襲来2

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「そら、こういうのもあるぜ!」

 不是の叫びと共に、凄まじい力を帯びた光弾が、広範囲にばら撒かれた。

 肩の拡散砲ショットキャノンから射出されたそれは、眼下の車両もテントも無差別に攻撃していく。

 雨のように降り注ぐ、しかし1発1発が凄まじく重い攻撃。

 必死に防ぐ誠だったが、機体の電磁シールドは、敵の攻撃で見る間に乱れていく。根本的に属性添加機の出力が違うのだろう。

 不是の機体の顔が……その口の部分が可変して開き、まるで笑っているかのように見えた。

「理解したか? 俺は生まれ変わったんだ! 俺が支配者だ、俺こそが新しい神なんだよ!」

「ふざけるなっ!」

 誠は必死に回避しながら、攻撃の僅かな間隙すきまを縫って銃をもたげる。

 発射した弾丸は、不是に向かって一直線に突き進んだ。

 射撃にエネルギーを振り分けている不是の機体は、防御がおろそかになっているはず。

 だが今にも着弾すると思われた瞬間、弾丸は音を立てて砕けていた。

 不是の機体の前方、何も無かったはずの空間に、どす黒い盾のような物が現れていたのだ。

「防御壁!? 何だ、どこから……」

 誠はそこで言葉を失った。

 黒い殻のように硬質化したそれは、不是の機体の肩あたりから弧を描いて伸びていたのだ。まるで魔物が、巨大な翼で自らを守るようにだ。

 明らかに機体に内蔵された機構ギミックではない、いびつで不規則な形状だった。

 不是は勝ち誇ったように言い放つ。

「言っただろ出来損ない、俺が新しい神だ! 魔王の細胞ちからが宿ったんだ、もう俺に勝てるヤツなんざいねえ!」

「ディアヌスの細胞を……取り込んだのか」

 誠は全身の痛みに耐えながら、荒い呼吸で言葉を返す。

「そんな事して、無事に済むと思ってるのか」

「知るかよ、こんな宝があるのに、使わない方がおかしいだろうが! お前は指をくわえて見てろ、俺が新しい支配者になる! 何でもかなう、何でも作り出せるんだからな……!」

 不是はあざ笑うように答えた。

「勿論まだ奥の手もあるぜ。お前のためにとってあるんだ、今からそれを使ってやろうか?」

「…………っ!」

 誠はさすがに焦っていた。

 とっておきの力。それがハッタリでないなら、今の自分のコンディションで、そして仲間達の状況で、防ぎきれるとは思えない。

(このままじゃ全滅する……!)

 だが、誠が覚悟を決めかけたその時だった。

 不是の機体の外部拡声器スピーカーから、何者かの声が聞こえたのだ。

『……遊ぶな不是、貴様の任は細胞の奪取だ。筋書きを崩すな』

 いかにも冷静そうな……けれどまだ歳若い男の声だった。

 どこかで聞いた事があるような気もしたが、その時の誠は消耗が激しく、とても記憶の糸を辿るような余裕が無かった。

 声は淡々と用件を告げる。

『さっさと戻れ。そろそろ女神どもがやって来るぞ』

「くそがっ……!」

 不是は露骨に苛立った様子で舌打ちすると、仕方なく機体を浮上させる。それから配下に怒鳴りつけた。

「お前ら、さっさと引き上げるぞっ!」

 数瞬の後、炎上する野営地の彼方から、航空輸送機が浮上するのが見えた。

 上向きの力場で垂直上昇する輸送機それは、下部に何かを懸架けんかしていた。

 銀色の球のような格納容器……つまり細胞を隔離するため、急ごしらえで被せていたカプセルである。

 容器からは、引きちぎられた幾本もの鋼線ワイヤーが垂れていたが、それが上向きの力場を浴びて、不気味に揺れ動いていた。

「いい所だったが、ここまでにしといてやるよ。続きは今度、俺がこの世界を支配してからだ」

 不是の人型重機は見る間に高く舞い上がっていく。

 配下の機体も次々飛び上がり、その後を追っていった。

「ま、待てっ……!」

 誠は後を追おうとしたが、そこで再び激痛が襲った。

「ぐっ……!!!」

 浮上しかけた機体が止まる。追撃どころではない。

 隊員達も消耗が激しく、これ以上の戦闘は不可能だった。

 禁忌きんきの細胞を持ち去る強奪者を、為す術無く見送るしかなかった。



 やがて遅れる事数分、女神の佐久夜姫が転移してきた時には、一帯には襲撃者の気配すら無かったのだ。

「……強敵だったみたいだけど、みんなよく戦ってくれたわ。おかげで死者が出なかったし、上出来から上ね」

 佐久夜姫は誠達を気遣ってくれたが、その表情は曇っていた。

「臨時政府の方も、同時に襲われてたのよ。あっちは囮だったみたいだけど……念のためお姉ちゃんが見張ってるから」

「それならあっちは安心やな」

 難波が言うと、佐久夜姫は困ったように首を振った。

「こっちを見ててって言ったのに、ほんとしょうがない女神ひとなの」

 カノンが遠慮がちに尋ねる。

「……あの、それってお姫様に会い辛いって事ですか?」

「そうなのよ。はっきりバラすと、会うと泣いちゃうから」

 佐久夜姫はそこで肩をすくめる。

 無理して少し微笑んでいるのは、誠達を和ませようとしてくれたのだろう。

 だが事態はそんなひと時の安らぎすら許してくれなかった。

「……っ!」

 何かに気付いた佐久夜姫が虚空に映像を映すのと、映った全神連の一員が叫ぶのが同時だった。

「もっ、申し上げますっ! 全国各地に同様の細胞が、一斉に発見されました! 判明しているだけで13……まだ増加する可能性があります! 目下全力で対応にあたっておりますが……」

「何ですって……!?」

 さすがの女神も驚きを隠せない。

 最早事態は後戻り出来ない所まで動き出していたのだ。
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