僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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 そして十六時四十分の少し前、僕らの休憩時間がやっと訪れた。やっとと言うのは誇張ではなく、僕と菅野さんはこの場所に二時間立ちっぱなしだったのだ。しかし繰り返しになるが労働というものは、前半を長くして後半を短くした方が楽なもの。疲労は時間と共に蓄積してゆくため、元気な前半を長くした方が断然楽なのである。交代に来てくれた同学年准士に敬礼し、僕と菅野さんはキックボードに乗り、第三警備所を後にした。
 僕らが向かったのは、一年生校門の校内側すぐに設けられた休憩所。休憩所は一年と三年の校門脇にあり、どちらを使っても良いことになっている。でもまあ率直に言って疲労をかなり覚えていた僕らが、最寄りの休憩所以外を選ぶなど有り得ない。トイレを済ませ簡単な柔軟体操をした僕らは、机に突っ伏して身を休めた。
 休憩所のトイレは、屋内からも屋外からも使えるようになっている。屋外も対応している理由は、登校中に突如必要になった生徒への配慮と言われている。一年生校門のトイレは三年生校門のものより大きく、二年生校門にトイレがないのも、通学路が関係しているんだろうなあ。などとしょ~もない事を考えていた僕の耳に、
「猫将軍君、何か飲む?」
 菅野さんの声が届いた。ヒエ~と胸中叫びつつ顔を上げると、菅野さんは無料の飲み物スペースでハーブティーを入れていた。「悪いから自分でするよ」「この状況で遠慮する方が悪いよ」「ヒエ~、では同じものをお願いします」「了解。そうそう猫将軍君は私が話しかけた時、心の中でヒエ~って言った?」「ヒ・・・、ハイ言いました」「ププ。聞いていたとおり面白い人ね、猫将軍君」 なんてやり取りを経て、手元にハーブティーが置かれた。香りのよい温かな湯気が頬にあたり、自然と顔がほころぶ。「ありがとう、次は僕がお茶を入れるね」「うん、次はお願いね」 との会話を始まりとし、休憩時間の残りの十数分を僕らはおしゃべりして過ごした。
 それによると今日の菅野さんは体調が良く、トイレを済ませて柔軟体操をしたら、あれほどあった疲労が粗方消えたらしい。けど油断せず三分間机に突っ伏し、神経疲労も無くなったことを確認した菅野さんは、温かなお茶を飲みたくなったと言う。身を起こし僕に目をやったところ、あまり疲れていないような気がどことなくしたので、「何か飲む?」と話しかけてみたのだそうだ。ここでようやく、体も神経も驚くほど疲れていないことに気づいた僕は、思い当たる節があるか問うた。多分と前置きし、菅野さんは単純明快な推測を述べた。
「同じ姿勢で二時間立ち続けることに、慣れていないだけなんじゃないかな」
 絶対そうだね、絶対そうよ、と意気投合した僕らは、警備中に幼稚園児の男の子が挨拶してくれた話題に移った。ご両親に連れられてやって来たその子は、元気一杯はきはき挨拶したのち、平仮名を当てたくなる所作で「びしっ」と敬礼した。菅野さんは堪らずしゃがんでその子の頭を撫で、僕は目尻を下げまくってご両親にお辞儀した。僕以上に目尻を下げたご両親は深々と腰を折り、そして三人仲良く手を繋いで去って行った。
「何度も振り返って笑いかけてくれて、あの子可愛かったよね」 
「うん、すっごく可愛かった。私が根っこの部分であまり疲れていなかったのは、あの子のお陰もあると思う。私も幼稚園児の頃、あの子のようによく騎士の方々に挨拶したの。あの時の騎士の方々も、今の私のように感じてくれていたのかと思うと、涙が出そうで困っちゃうね」
 涙が出そうと言いつつ、菅野さんはハンカチを目に押し当てる。そんな彼女を守るべく、幼稚園児の僕もよく挨拶に行ってあんなふうに平仮名敬礼をしたよと白状し、
 びしっ
 昔を思い出して敬礼した。菅野さんは噴き出し、二人揃って明るく笑い合ったところで、休憩を終える丁度良い時間となった。僕らはカップを片付け鏡の前で身繕いして、休憩所を後にした。
 
 キックボードに乗り、真っすぐな無人道をひた走る。五十秒とかからず第一警備所に着き、僕と菅野さんは准士二名と交代した。警備開始から既に二時間半近く経っているが、この第一警備所にも十分の自由裁量休憩が与えられているからだろう、准士達はさほど疲れていないようだった。疲労が最も少ない場所と呼ばれているのは、ホントなんだろうな。
 この場所を警備する准士達の背後には、高さ2メートル半の塀が聳えている。この塀が日光や雨風を遮り、准士達を疲労から守ってくれるそうなのだ。10メートルと離れていない場所に休憩所があるのも、安心感をもたらしているに違いない。体調がすぐれず、かと言って当直を休むほどでもない場合、この第一警備所に配属されることで任務を完遂した准士は数えきれないほどいると伝えられている。
 言うまでもないが、体調不良等のやむを得ない場合は警備を休める。その人達がなるべく気兼ねなく休めるよう、「交代可能日」を毎週月曜に提出する義務を騎士は有していた。新忍道部の準部員の僕は基本的に月火と木金が空いているので、その四日なら交代要請を優先的に回して良いし、週二回警備になっても全く構わないと教育AIに申し出ている。教育AIはその見返りとして、平日唯一の部活日である水曜に当直が回ってこないよう調整してくれるそうだから、いわゆるウインウインなんだろうな。
 極稀にではあるが、交代要員を補充できない時もあるらしい。その時は円卓騎士の一人、獅子宮の騎士が警備に就く決まりになっている。これに関する決まりはもう一つあり、それは「交代要員を補充できないため獅子宮の騎士が警備に就くこと」を、
 ―― 警備が始まって初めて明かす
 という事だった。正直言ってこれは、べらぼうにキツかった。特にインハイ前は、キツイどころの話ではなくなると言えた。円卓騎士は六年生しかなれず、そしてインハイ予選で県大会以上に進む円卓騎士の比率は、毎年九割を超えている。つまりどういう事かというと、六年間の集大成であるインターハイに出場すべく最も大切な時期を過ごしている獅子宮の騎士に、当日いきなり部活を休ませてしまう事になるのだ。仮に僕が休んだせいで獅子宮の騎士にそれを強いたとしたら、立ち直れる自信がまるっきり無い。立ち直らない方が獅子宮の騎士に悪いと糾弾されまくり、嫌われまくり、そして見下されまくってやっと、立ち直った演技を始められるのが関の山だろう。去年のインハイ前の真田さんと荒海さん、そして今年の黛さんが一日一日をどれほど大切に過ごしているかを直に見ている身としては、どう足掻こうとそれが精一杯なのだ。
 しかしそれでも、警備が始まって初めて明かすことを、僕は正しい決まりとして認識している。その最大の理由は、
 ―― 騎士が背負う責任
 にある。
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