僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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 湖校の最寄り駅の湖校前駅から、三年生の校門までの通学路を一本の線とするなら、その線上に五カ所の警備所を騎士会は設けている。線の南端の湖校前駅が第五警備所、北端の三年生の校門が第一警備所だ。その中間に位置する第三警備所は、初代騎士長が一人で立ち続けた伝説の場所。恋人の心の傷を癒すべく、雨の日も風の日もたった一人で立ち続けた、騎士発祥の地なのだ。その第三警備所を、下校する生徒が二番目に多い時間に任されたのだから、気合いの入りようと言ったらない。しかも今日は、憧れていた騎士の務めを果たす最初の日なのである。足を肩幅に開き両手を腰に組んだ僕は薄暗い林を背に、下校生を守るべく警備に臨んだ。その左耳に、
 ‥‥さよ~なら~‥‥
 一年生達の声が届いた。校門を出てすぐの第二警備所を守る二名の三年生准士に、一年生の女子集団が挨拶したのだ。声を伴う挨拶は決まりではなく目礼だけでも、もしくは何もせずそのまま通りすぎても全く構わない事になっている。ただ、友人と会話を楽しんでいる最中に限り、声を出して挨拶することが推奨されていた。おしゃべりを優先し無視して通りすぎるというのは、やはり湖校の校風に合わないからね。
 五名の三年生准士がこの時間帯に、正確には時間区分一に警備するのは、第一、第二、第三の三カ所のみ。薄暗い林に隣接する第三警備所は外せず、また一年生が校外に足を踏み出したすぐの場所の第二警備所も絶対外せないから、その二カ所には二名ずつの准士が配置される。すると人数的に第一警備所は一名にならざるを得ないが、それは事実上ほぼ問題ないとされている。その訳は、
 プップ――ッ
 とクラクションを軽く鳴らして目の前を通過していったAICAにある。四年生校舎からはるばるやって来たこのAICAが、第一警備所に四年生准士を一名降ろしているからだ。五名の四年生准士を乗せて四年生校舎を出発したAICAは、備品搬入用の自動車専用道にすぐ入り、公道へひた走る。そして備品搬入道と公道の出入口は三年生校門の北側すぐの場所にあるため、そこで准士が一名降りれば一分以内に、第一警備所の警備者数を二名に増やすことが出来るのである。公表こそしていないが、下校する最初の生徒が三年生の校門を通過するまでに、第一警備所の警備人数を二名にできなかった事はかつて一度もないと言われている。
 四年生准士が乗車するAICAに、当直准士が敬礼及び目礼する必要はない。理由は、准士同士で挨拶を交わすより警備に集中しろ、との事らしい。軽く鳴らすクラクションも万事順調の合図に過ぎず、AICAはそのままひた走り、湖校前駅付近で停車し四名の准士を降ろす。内二名が通学路唯一の横断歩道である第四警備所に到着し、残りの二名が湖校前駅に到着し、そして不審者の有無の確認をもって、
 ―― 十名の准士の配置
 は完了するのだ。てなことを考える間もなく、
「「「さようなら」」」
 下校生の先頭を歩く一年の女の子たちが僕と菅野さんに挨拶してくれた。その子らに、
「「気を付けて帰ってね」」
 僕らも声を揃えて応える。白状すると僕らが声を揃えたのは、緊張で声が裏返ってもバレにくくするためだ。座学によると、声を裏返さない最も有効な対処法は、柔らかな表情になることだと言う。校舎の配置的に最初の下校生は一年生と考えて間違いなく、そして小学校を卒業したばかりの一年生は三年生の目にとても可愛く映るので、柔らかな表情になりさえすれば緊張は消え、声の裏返りも防げるらしいのだ。それは見事当たり、僕と菅野さんは上級生の優しい声音で一年生達に挨拶することができた。それ自体はまこと嬉しかったのだけど、
「「「キャ――ッ!」」」
 何がどう転んだのか一年の女の子たちが黄色い歓声を上げてはしゃいだ事には、心の中で苦笑せざるを得ない僕だった。

 下校生の数が最も多いのは、部活や委員活動を終えた生徒達が最終下校時刻を超えぬよう大挙して押し寄せる、時間区分七。その次に多いのが今現在の、時間区分一だ。警備時間の最初と最後でもあるこの2区分に、騎士の休憩時間は無い。その代わり区分二から六までに、騎士は二人一組でだいたい二十分ほど休憩することになっている。だいたいとした理由は二つあり、その一つは移動時間だ。例えば第五警備所と第四警備所は最も遠いこともありAICAが送迎してくれるけど、それ以外はキックボードによる移動なため、ピッタリ何分とは言い切れないんだね。
 ただ悪天候時は第五と第四だけでなく、全ての准士をAICAが送迎してくれる。あのAICAはバスのように立ったまま乗り降りできるため、レインコート着用時はとても助かるそうだ。湖校前駅近隣の地主さんがAICAの駐車場所を無料提供してくれていることも、ありがたいの一言に尽きる。地主さんの娘さんが湖校の一期生だったにせよ、二十年間無料で駐車スペースを貸して下さるというのは、ナカナカできる事ではないからね。
 そのAICAが今、第四警備所の准士二名を乗せて僕の目の前を通過して行った。時間区分二から六までの二時間十分、第四警備所は無人となり、その浮いた二名分をやりくりして休憩を回してゆく。だがそれだと最初に休憩する准士二名は休憩後に約二時間半立ち続ける事になってしまうため、この二名に限り十五分の休憩を自由裁量で取れるようになっていた。この自由裁量休憩の有無が、「だいたいニ十分」とした理由の二つ目。警備担当准士は西武鉄道さんの厚意により駅構内のトイレやベンチを無料で使えるし、冷暖房完備のAICAの中でボ~っとしていても良いから、警備の長さが仇となり体調を崩した准士はいないと言われている。
 最初に休憩した二名は第五警備所を引き継ぎ、二番目に休憩を取った二名は第二警備所を引き継ぐことになっている。少々複雑だけどこうしないと、第二警備所を引き継いだ二名は、疲労が蓄積する後半に二時間以上立ち続けなければならなくなるからだ。天候が極めて悪い日、もしくは極めて悪くなったら警備中止になるにせよ、僕と菅野さんのいるこの騎士発祥の地は自由裁量休憩が無いこともあり、最も過酷な警備所と呼ばれていた。
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