僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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「北里さん、その役は俺にさせてくれないかな」「そんな、清水君だけに背負わせるなんて悪いよ」「あら北里さん、私も背負うつもりなんだけど」「う、ゴメン。それと、ありがとう大和さん」「どういたしまして」「ちょっと待った。なぜ大和さんまで」「ん~、三人仲良く一緒に背負おうと思う私って、そんなに変?」「そんな事ない、大和さんは変じゃないよ!」「ありがとう北里さん。ということは、清水君だけが私を変と思うのね」「くっ、解った三人一緒だ。アイ、そういう事だからよろしく」
 顔を上に向けてそう宣言した清水に、北里さんと大和さんが続く。三人の視線の先に現れた湖校の校章は「仕方ない子たちね」と溜息交じりに、しかし喜びのエフェクトを振りまき応えていた。三人は顔を見合わせ、クスクス笑い合う。一方僕は、訳の分からないことが連続して起こったため混乱の只中にいたのだけど、そんな僕はきっと三人にとって、連帯感を高める触媒になったのだろう。あわあわする僕に明るい笑い声をあげた三人は、目配せして頷き合ったのち、清水が朗らかに明かした。
「練習用のサタンと剣士が、非公式ながら世界で初めて戦ったことを知らない湖校生は、おそらくいないと思う」と。

 頭が真っ白になった僕に三人が優しく、かつ根気よく話してくれたところによると、そもそものきっかけは湖校新忍道部が去年のインハイを制した事にあると言う。
 今年は湖校を第一希望にした小学生の数が例年より多く、そしてその最大の理由は、「インハイで新忍道と湖校のファンになったから」だった。よって「春休みを利用して新忍道部を見学して良いですか」との問い合わせが多数寄せられ、見学自体に問題はまったく無かったが、日によって部活の時間が異なることをその子たちは知らなかった。それが落胆を招かぬよう、教育AIは許可証に添えて、春休み中の新忍道部の予定をその子たちに送った。それを見て、どうせなら合宿を見学したいと大勢が考え、そしてその一年生達は驚きの光景を目にする事となった。あろうことか合宿に、自分達と同学年の男子が参加していたのだ。必然的にそれは大きな話題を呼び、それを足掛かりに入学前から仲良くなる一年生が多数いたため教育AIは喜んでいたが、合宿最終日に予期せぬ事件が起こった。練習用のサタンと剣士が、非公式ながら世界初の戦闘をしたのである。ただ、極めて高い未来予測能力を有する教育AIはそれを好機と捉え、そしてそれは悉く当たる事となった。「練習用サタンと剣士の戦闘を口外しないでください」との教育AIの要請はその日のうちに新一年生達によって破られ、その情報は少しずつ広まってゆき、それを知らない新一年生は入学日に皆無となった。教育AIはそれを、本来なら罰則が発生する契約不履行とするも、不履行が正式入学前に生じたことを考慮し、ある約束を守るなら罰則を免除すると伝えた。その約束とは、「件の戦闘を十日間話さない」だった。これには文字によるやり取りも含まれ、新一年生達は件の戦闘に関する一切を封じられたが、そのことが二年生以上への伝播に影響を及ぼすことはなかった。上級生に親族のいる一年生や寮生の一年生によって、剣士の話は既に学年を問わず広まっていたからである。ただ二年生は美鈴への遠慮から、三年生は僕への配慮から、そして四年生以上は教育AIへの深い理解から、それが公共の場で大っぴらに語られることはなく、
 ―― 僕の耳に入れないという教育AIの最大の目標
 だけは、清水達が明かすまで守られてきた。それゆえ、三人は「背負う」という言葉を使った。教育AIと正式に約束したのではないから契約不履行にはならず、したがって罰則もなくとも、大勢の湖校生が守って来たことを率先して破ったのだから、目をそらさず言い訳もせず「その事実をしっかり背負う」と三人は明言したのだ。それら一連のことを、清水たち三人は優しくかつ根気良く、今こうして僕に話してくれたのである。全てを理解した僕は天井へ顔を向け、教育AIに頼んだ。
「アイ、あの件が僕の耳に入らないよう気遣ってくれてありがとう。もし耳に入っていたら、上がり症で恥ずかしがり屋の僕は剣道の選択授業を受けなかっただろうし、すると火曜の選択授業について清水達とこうして知恵を出し合うこともなかったはずだ。そうならなかった今の状況を僕は楽しんでいて、そして火曜の授業を安全に終えることにも強い情熱を抱いている。それはアイのお陰であると共に、最高のタイミングで秘密を明かしてくれた、清水と大和さんと北里さんのお陰でもあるんだ。だからアイ、どうか三人を責めないでくれるかな」
「私が三人を責めるなどありえません。人はしばしば、私達AIの未来予測を軽々と越えて行きます。それが最も多く見られるのは、子供達が成長した時です。生徒達の成長のために存在する私にとって、成長した生徒達が私の予測を軽々と超え、より良い未来を実現すべく努力する様子を見ること以上に、幸せな事はありません。清水君、大和さん、北里さん、私を幸せにしてくれて、ありがとう」
 喜びのエフェクトを燦々と振りまきつつ、湖校の校章が消えてゆく。それから話し合いが再開するまで、数分の時間を要した。大和さんと北里さんが、ハンカチを目に押し当てることしか出来なくなったのである。僕と清水もハンカチこそ使わなかったものの、百面相に励む以外に何もできない時間をしばし強いられていた。幸い僕には、「清水達と同じクラスになることを咲耶さんが決めたのは、練習用サタンを単独撃破した時なのかな?」という、非常に興味深いネタがあったので、感動屋としては比較的早く通常状態に戻ることができた。う~んひょっとして、咲耶さんはここまで見越して、気を逸らすための絶好のネタを用意してくれていたのかなあ・・・
 とまあ、それはさて置き。
「ウオッホン」
 清水がわざとらしく咳をして深刻な表情を僕に向けた。だいたい予想つくけど今は聴くことに徹し、居住まいを正して僕は頷いた。
「なあ猫将軍。火曜日の選択授業で木刀を使う危険性を列挙することと、それぞれの対策を考えることに、剣道部も参加させてもらえないかな」
 ああやはりそう来たか、というのが正直な感想だった。六年生と五年生の剣道部員が僕らの選択授業に出席する事は、十中八九ない。しかしそれでも、六年生と五年生の先輩方は、危険性の列挙とその対策を考えることに全面協力してくれると僕は予想していた。四年生以下の剣道部員が世話になるのだからそれくらいさせろと、先輩方は爽やかに引き受けてくれるはずなのだ。清水が深刻顔になった理由はそれであり、そしてきっとコイツのことだから、居住まいを正して頷いた僕を見たとたん、僕の胸中も正確に察してくれたに違いないのである。いやはやホント、
 ――三年生も楽しく過ごせそうだなあ
 としみじみ思いつつ、僕は答えた。
「剣道部が参加してくれたら鬼に金棒だよ。先輩方が提示して下さった対策を正しく実施しているか、いつでも確認しに来てくださいって、先輩方へ伝えて欲しい。清水、頼む」
「任せろ猫将軍、必ず伝えるからな!」
 清水はさも嬉しげに胸を叩いた。その様子に再度思う。
 ああホント、楽しい一年間になりそうだなあ、と。
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