僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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「ダンス素人の僕にはまったく想像できないんだけど、ダンス部は新入部員をどんなふうに育てているの?」
「音楽を体で感じて、それを体全体を使って表現するのがダンスの基本。だからダンス部では柔軟体操などの準備運動も、ダンスに必要な体力をつけるための基礎運動も、音楽を聞きながら各自が自由に行っているの。もちろん未経験の一年生達が無理なダンスをしないように、関節のほぐし方や靭帯の伸ばし方を最初に教えるけど、それも穏やかな曲に合わせて行うのが、湖校ダンス部の特徴ね」
 これは、凄まじく貴重な情報だった。えてして日本人は、特に剣道や柔道などの「道」という字を付けられた格闘技を習う日本人は、良く言えば求道者的な、悪く言えば禁欲主義的な心理状態になりやすいと言える。よって部活もそれに準じて行われることが多く、それはそれで素晴らしい面もあるのだけど、
 ―― 剣道を求めていない火曜日の受講生
 にもそれをそのまま当てはめるのは、果たして正しいのだろうか。そんな根本的な疑問を、北里さんは気づかせてくれたのである。
 という感じのことを皆に説明した僕の脳裏を、極めて恐ろしい疑問がかすめて行った。チラリとかすめただけでも戦慄せずにはいられないその疑問は、僕だけでなく隣に座る男の脳にも飛来したらしい。清水は急に畏まった顔をして、僕に語り掛けた。
「なあ猫将軍。たとえば火曜日の受講生にアンケートを取ったら、全員が猫将軍の刀術を習いたがっていたとしよう。その場合、授業の名前は『剣道の選択授業』でいいのかな?」
 僕は頭を抱えかけた。
 そうなのだ、清水の指摘どおりなのだ。僕は知らず知らずの内に、とんでもなく大それたことを始めてしまったかもしれないのである。それに今更ながら気づき頭を抱えかけるも、どうにか踏みとどまった僕に、大和さんが恐る恐る挙手して問いかけた。
「あのね猫将軍君。教育AIは火曜日の授業について、何か言っていた?」
「ううん、別段なにも言われてないよ。大和さんには、気にかかる事があるとか?」
「えっと、どうか気を悪くしないで聞いてください。根本的な疑問として、猫将軍君は選択授業の講師役を務められるのかな。秘伝の刀術を明かしていいのかなという意味と、研究学校の規則として『生徒に講師役が務まるのか』という意味の、二重の意味で私はそれがずっと疑問だったんだ」
 今度ばかりは耐え切れず、頭を抱えて机に激突した。僕は大それたことを始めてしまったかもしれないのではなく、僕は大それたことを、既に始めてしまっていたのだ。そんな僕に同情してくれたのだろう、北里さんが「教育AIに今すぐ訊いてみる!」と叫ぶように言うも、それは清水のこの発言によって中止された。
「ちょっと待った! 自分達で何も考えず訊くのは絶対マズイ。未経験者が木刀を使う危険性を可能な限り列挙し、その安全対策を一つ一つ立て、その上で授業の大まかな進め方を提示してからでないと最悪の場合、『研究学校初の試みに挑む資格があなた達には無いようですね』との判断を下されてしまうかもしれないぞ!」
 包み隠さず白状すると、僕は教育AIにその判断を下してほしかった。翔刀術をどこまで明かせるかは目安を付けられるので良いとしても、「未経験者が木刀を使う危険性」や「それを排除する安全対策」や「授業の大まかな進め方」等々については、逃げ出したいという想いしか抱けなかったのである。
 ただそれは僕の想いであって、皆の想いではない。それどころかこのまま机に突っ伏していたら、話し合いを一緒に進めてきた三人の想いすら知ることができないだろう。よって僕は両手を膝に戻し、上体を起こして皆へ視線を向けたのだけど、目に飛び込んで来た光景に再び頭を抱えてしまった。あろうことか三人は、こうしてお昼休みを過ごすようになって以来、最も活力漲る表情をしていたのである。それとは対極の心理状態にある僕の鼓膜に、三人の活き活きした声が次々届けられていった。
「凄い! 研究学校初の試みに、私達は挑むことになるのね。剣道未経験でも勇気を出して選択授業を申請して、良かった~」「そうそう、北里さん達がいてくれたお陰ね。北里さんありがとう」「ううん、私達だけじゃダメだったよ。だって私には、木刀の危険性があまり感じられないから。ねえ大和さん、どんな危険があるの?」「確かに想像しにくいでしょうね。足の指に木刀が当たって、骨折することがあるなんて」「え、そんな事あるの?」「大和さんの言うとおり、ある。木刀より軽い竹刀でも、腕が疲れてくると振り下ろした竹刀を止められず自分の足の指を傷つけてしまうくらいだから、未経験者が木刀を持つとなると危険はかなり高いな」「何それ、半端なく怖いんだけど」「ううん、半端ないのは他の誰かを傷つけてしまう事。全力で振った木刀が手をすっぽ抜けて飛んで行ったら、どうなると思う?」「しかも竹刀と違い、木刀の切っ先は鋭くて硬いんだよ」「無理無理、想像しただけで無理無理無理~~!!」
 僕は馬鹿すぎた。未経験者にとって木刀がこれほど危険なことを、完全に失念していたのである。よって皆に、火曜日の選択授業の中止を呼びかけたのだけど、「「「それは無い!」」」と三人揃って即座に反対されてしまった。だがこちらとしても負けていられず、木刀の危険性を思いつくまま次々挙げていった。大和さんがそれをタイピングしてくれて、3D文字で空中に投影してゆく。その中の一つ、
『慣れない袴に足がからみ転倒し、木刀が体に突き刺さる』
 に北里さんは顔を青くするも、それでも中止は断固反対していた。その頑なさに不審を覚え、理由を尋ねてみる。北里さんは「理由は二つある!」と力強く述べ、一つ目を説明した。
「私達はまだ、打開策を一つも考えていない。どんなに頑張っても打開策を見つけられないのなら諦めも付くけど、何もしていないのに諦めるなんて、絶対に嫌!!」
 つい数分前も僕は自分を馬鹿だと思ったが、僕の馬鹿さ加減はそんなものではなかった。僕は木刀の危険性にすくみ上り、逃げていただけだった。つまり僕は、
 ―― 臆病者の考えなし馬鹿
 だったのである。
 それを気づかせてくれた北里さんへ僕は素直に感謝を述べ、ホント言うとこの時点で火曜日中止案を取り下げていたのだけど、それは口にしなかった。臆病者の考えなし馬鹿に、卑怯者も加えたくはなかったのだ。よって二つ目の理由にもしっかり耳を傾け、自分の更なるダメっぷりを直視する覚悟を僕はしたのだけど、
「二つ目の理由は・・・・」
 先ほどまでの勢いはどこへやら、北里さんは肩を竦めてモジモジし始めた。それへ如何なる推測も立てられないダメ人間の僕とは異なり、大和さんはすぐピンと来たらしい。キーボードに十指を閃かせ、僕には見えない指向性2D文字を大和さんは綴った。それを一瞥するや北里さんは顔を赤くし、続いて首を横へ懸命に振った。僕はそれにも推測を立てられなかったのだけど清水は違ったのか「ひょっとして」と呟き、大和さんへ伺いの眼差しを向けた。大和さんは清水に頷き、再び2D文字を綴って北里さんに見せる。打って変わって首を縦にくっきり振った北里さんへ、清水が朗々と語り掛けた。
「北里さん、その役は俺にさせてくれないかな」
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