僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 ――救命救急四級の資格を三月に取りました!
 との短い返信が届き、僕と三人娘は飛び上がって喜んだ。提示された条件の中で最も時間の掛かるものを、渚さんが既に満たしていたからである。「さすが渚さん!」「これは運命よ運命!」的な爆発的盛り上がりを経て、「でもどうして資格を取ったのかな?」という順当な疑問を皆が抱いた丁度その時、分量のある追伸が送られて来た。その冒頭に、
 ――資格取得の経緯を説明します
 という一文があったので、それを声に出して読んでみる。「ナイス眠留くん!」系のお褒めの言葉を複数かけられ、僕は意気揚々とメールを読み進めていったのだけど、それは途中で途切れる事となった。あろうことか、資格取得のきっかけを作ったのは、僕だったからだ。しかしそれを知っているのはメールを受け取った僕しかおらず、つまり娘達と祖父母はそれを知らず、よって途切れたことをみんな心配し詰め寄ってきたため、僕は諦めて続きを読んだ。
「湖校新忍道部がインターハイを制した日の昼食時、気絶した眠留さんに私は適切な対応を一つもできませんでした。反省し調べたところ、救命救急の存在を知りました。旅館経営に有用な資格であることと、大勢の研究学校生がこの資格を取得することを知り、眠留さん達が長野を去った日の夜から勉強を始めました。家族も応援してくれて、お客様の役に立つ資格なのだから経営者として助力して当然と言われ、試験料や交通費を親が出してくれました。ですから合格した時はとても嬉しく、家族も喜んでくれましたが、両親と祖父母は今、あのとき以上に喜んでいるかもしれません。眠留さん、重ね重ね、ありがとうございました」
 僕が気絶した個所でお叱りの眼差しになった三人娘は、経営者として助力して当然の箇所で目元を赤く染め、そして読み終えた今は三人揃ってハンカチを目に押し当てていた。祖母と貴子さんは娘達より早くハンカチを必要とし、正直言うとその理由を僕は推測することができなかった。それでも目元を赤くしていたのは皆と変わらず、それは祖父も同じだったけど、「ここは儂が収めないと渚さんと颯太君のご家族に顔向けできんな」と前置きし、祖父は有言実行の人となった。
「翔家の次世代を担う優秀な若手翔人が、ここに四人もいる。儂はそれを誇りに思うが、それと同等の罪悪感も儂は常に抱いている。翔人の責任を背負わせ、四人の子供時代と青春時代を歪めてしまった事を、儂は片時も忘れたことがないのだ」
 咄嗟に反論しようとするも、祖母と貴子さんがハンカチを畳み背筋を伸ばす様子に胸を射られ、僕は何も言うことができなかった。
「儂は新忍道部の合宿中、小笠原姉弟の祖父母と沢山語り合ってな。お二人は、素晴らしい孫に恵まれた幸せと、その孫に旅館の責任を背負わせてしまった罪悪感を、切々と語っていた。それは儂らも同じだったので、四人で慰め合っていたのだ。それ故、自分のことのように解る。旅館のためを思って取得した資格が、渚さんの夢を助ける資格になった事。旅館の責任に歪められ、失われる寸前だった青春を、渚さんが取り戻そうとしている事。それを、渚さんのご家族がどれほど喜んでいるのかを、儂らは自分のことのように理解できるのだよ」
 三人娘は感極まり椅子に座っているのがやっとの状態になり、それは僕も変わらなかったけど、ここは僕が収めないと祖父に顔向けできない。祖父はそこまで見越して、今の話をしてくれたはずだからね。
 との想いのもと、僕達四人を大切にしてくれているお礼を僕はまず述べた。続いて、僕らも大人になったら、今聴いた話と同じ心境になれるよう努力していくことを誓った。祖父母と貴子さんはしきりに頷くだけで口を開けず、それは僕らも同じだったけど、僕はもうひと踏ん張りして食事を再開した。すると祖父が「負けてなるものか」的な表情をわざと作って食事を再開し、祖母と貴子さんもそれに続き、数十秒かかったけど娘達もどうにかお箸を動かせるようになった。ようやく安心した僕はご飯を掻っ込み、お代わりをよそうべく立ち上がろうとした。が、
「お兄ちゃん、私がよそってくるよ」
 美鈴に先んじられてしまった。悪いと思うもやはりそれ以上に嬉しく、お礼を言ってご飯茶碗を渡す。美鈴はにっこり笑い、釣られて僕もにこにこしたのだけど、それは三秒続かなかった。美鈴が去り際、爆弾を残していったからである。
「お兄ちゃんは去年、輝夜さんから誕生日のプレゼントをもらった時、私達に散々ヘンタイって言われても気絶癖が治らなかったのに、渚さんに介抱してもらったらピタリと治ったのね。憧れの鈴蘭のお姫様に介抱してもらって、良かったねお兄ちゃん!」
「ちょっと待って美鈴それは誤解だって! 確かに僕は、おでこからずり落ちたタオルを受け止めた渚さんの白魚の指にかつてのお姫様を思い出したけど、それと気絶をしなくなったのは別の話であって」
 慌てて訂正する僕の耳に、昴の冷ややかな声が届く。
「ふ~ん、おでこからずり落ちたタオルを受け止めたってことは、渚さんは眠留が気絶している間ずっと、眠留のすぐそばに座っていたのね。それはさぞ、良い香りがしたでしょうね。ふ~~ん」
 反射的に訂正しようとするも、昴の指摘に訂正箇所を一つも見つけられなかった僕は、ちょっと待っての「ちょ」の形に口を開けたまま固まっていた。その残念極まる僕の鼓膜を、銀鈴の声がためらいがちに震わせる。
「眠留くん、去年の誕生日に気絶した眠留くんを介抱しなかったこと、怒ってる?」
「怒るなんてありえない、怒ってなんていなかったって僕は誓うよ!」
 これは本心だったので言葉がスラスラ出て来た。そんな僕に安心したのだろう、輝夜さんは胸に手を添えて息を吐き、柔らかな気配をまとう。けどそれも束の間、輝夜さんは胸に添えた手をテーブルに戻し、寂しげに呟いた。
「もう気絶しないって決めた眠留くんを、私は応援する。でもごめんなさい。眠留くんが最後に気絶したとき寄り添っていたのが私達じゃないのは、少し寂しいな」
 ガバッッ
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