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二十三章
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とは言うものの、大和さんは地味な印象があるだけで普通に可愛い女の子だから、見た目が好みだった可能性も否定できない。大和さんはいわゆる自己評価の低い子であり、美容ファッション部の同学年エースの白鳥さんによると、このタイプの子は容姿にプラス要素を加えることを怖がると言う。凝った髪型にしてお洒落な服を着て化粧をバッチリするという、容姿の可算要素として認知されていることを、意識して遠ざける傾向があるらしいのだ。年頃の女の子にとってそれはやはり少数派に属し、よって相対的に地味な印象を持たれがちになるのだけど、
――そこがいい!
と感じる男子も確実にいるから、それもファッションの一つに数えられているとの事だった。その見地からすると白鳥さんは大和さんを、かなりの強者と評していた。ただそれには一長一短があり、「地味な振りをしているだけで本当は可愛いことを見抜いた俺ってスゲー」系の、ナルシスト崩れの男子が大和さんタイプの子に好意を寄せることが多々あるため、注意せねばならないそうだ。「どわっ、それ解る!」「でしょ!」 なんて突っ込んだ話ができる白鳥さんは僕のかけがえのない友人に違いないのだけどそれはひとまず置くとして、僕がなぜこうも長々と考えられたかと言うと、
「・・・・・」
清水が一向に話しかけてこなかったのである。
白状すると、この状況はかなりの難問だった。挨拶した方から話を切り出すのが筋なので待つという選択肢と、それが筋なのは理解していてもそれでも切り出せないようならこちらから話を振るという選択肢の、どちらが正しいのかが僕には判らなかったのだ。正解を選べばその瞬間友人になれるだろうが、不正解を選べばそれは持ち越しになるだけでなく、こうして横に並んでくれた清水の行動を無下にすることにもなってしまう。しかも更に加えて、清水には別件の難しさもあった。それは、清水と同じ剣道部の藤堂さんが僕に幾度か語った、
―― 清水は基本いいやつだが変人
に集約されていた。そうなんとコイツは、変人だったのである。藤堂さんが下したその評価について、なぜもっと詳しく訊いておかなかったのかと、僕は生命力圧縮に準じる加速された意識のなかで繰り返し自分を責めていた。
が、時間は無限ではない。トイレに向かい用を足している演技をこれ以上続けるのは流石に無理な時間が、刻一刻と迫って来ていた。というか今この瞬間に切り出したとしても、五限が始まるまでに話を終えられるのだろうか? そうとは思えないので、清水とこうして横並びになっているのはただの偶然なのではないか? 掃除の時間にあんな事があったから話があるはずとの考え自体が、僕の決めつけではなかったのか? 系の疑問が最後の悪あがきのように加速された意識の中で繰り返され、それでも清水は無言を貫き、あもうダメだ時間になっちゃったと僕が諦めかけたまさしくその時、
「やはり大物は、用を足す時間も長いんだな」
清水はチンプンカンプンな言葉を呟いた。あっけにとられる僕をよそに清水は身繕いをして、隣を離れようとする。僕は身繕いを慌ててしながらそれを訂正した。
「そんなことないよ、僕はいたって普通のサイズだよ!」
冷静に考えれば、チンプンカンプンなのは僕の方だった。日本語では人を指す場合も大物のように「物」が使われるのに、それを失念したのは僕だったからだ。いやそれどころか、仮に清水が女性だったら「普通のサイズだよ」などと返した僕は、セクハラ認定されても文句を言えない。場合によっては同性でもそれは免れず、清水は大和さんを好きだから大丈夫だと思うが、そういうのは気心の知れた友人になってからの方がやはり無難だろう。とまあそんなこんなで、普通サイズを強調してようやく僕は自分のチンプンカンプンさに気づき、顔を真っ赤にしたのだけど、
「ギャハハハ! 猫将軍は聞いていたとおり面白れぇヤツだな!」
幸い清水にウケたみたいだ。僕らの年頃の男子にとって、面白いヤツというのは時に最高の賛辞となる。大物に端を発する今のやり取りは僕の勘違いにすぎず、上手いボケをかました訳ではないが、
「ウケて良かったよ」
最高の賛辞を贈られ、僕は照れて頭を掻いた。そんな僕に清水は一層笑い、釣られて僕も笑って、遠慮が急速に剥がれ落ちてゆく。僕らは男友達特有の小突き合いをしながら教室に向かい、その途中で五限開始のチャイムが鳴った。チャイムは30秒あるし、教室はもう目の前だから、このペースで歩いても遅刻はしないはず。僕は最後に伸びをして、教室に足を踏み入れようとした、その時。
「五限が始まってすぐ、猫将軍にメールしていいか?」
隣を歩いていた清水が立ち止まり、そう訊いてきた。僕は立ち止まらず回れ右をしてそのまま後ろ向きに歩きながら、
「もちろん!」
親指をグイッと立てる。藤堂さん曰く変人のはずの清水は廊下に立ち止まったまま、
「ありがとう」
僕に向かって丁寧に、腰を折ってくれたのだった。
三年生以降の進級初日の五限は、一限で前期委員と体育祭実行委員を決められなかった時のための、予備の臨時HRとして利用されるのが湖校の慣例らしい。僕の一組は前期委員のクラス代表に井上さんがあっさり選ばれたように、二つの委員も極めてサクサク決まったので、五限は通常授業になっていた。といっても研究学校のことだから、教師がやって来て授業を行うようなことはまったく無いんだけどね。
チャイムが鳴り終わる前に着席し2D画面を立ち上げ、そしてチャイムの余韻が消える前に、教育AIを経由して清水からメールが届いた。相手のアドレスを知らなくても教育AIが承認すれば、今はこのようにメールを受け取ることができる。量子AIへの感謝を胸に、僕はそれを開いた。
――そこがいい!
と感じる男子も確実にいるから、それもファッションの一つに数えられているとの事だった。その見地からすると白鳥さんは大和さんを、かなりの強者と評していた。ただそれには一長一短があり、「地味な振りをしているだけで本当は可愛いことを見抜いた俺ってスゲー」系の、ナルシスト崩れの男子が大和さんタイプの子に好意を寄せることが多々あるため、注意せねばならないそうだ。「どわっ、それ解る!」「でしょ!」 なんて突っ込んだ話ができる白鳥さんは僕のかけがえのない友人に違いないのだけどそれはひとまず置くとして、僕がなぜこうも長々と考えられたかと言うと、
「・・・・・」
清水が一向に話しかけてこなかったのである。
白状すると、この状況はかなりの難問だった。挨拶した方から話を切り出すのが筋なので待つという選択肢と、それが筋なのは理解していてもそれでも切り出せないようならこちらから話を振るという選択肢の、どちらが正しいのかが僕には判らなかったのだ。正解を選べばその瞬間友人になれるだろうが、不正解を選べばそれは持ち越しになるだけでなく、こうして横に並んでくれた清水の行動を無下にすることにもなってしまう。しかも更に加えて、清水には別件の難しさもあった。それは、清水と同じ剣道部の藤堂さんが僕に幾度か語った、
―― 清水は基本いいやつだが変人
に集約されていた。そうなんとコイツは、変人だったのである。藤堂さんが下したその評価について、なぜもっと詳しく訊いておかなかったのかと、僕は生命力圧縮に準じる加速された意識のなかで繰り返し自分を責めていた。
が、時間は無限ではない。トイレに向かい用を足している演技をこれ以上続けるのは流石に無理な時間が、刻一刻と迫って来ていた。というか今この瞬間に切り出したとしても、五限が始まるまでに話を終えられるのだろうか? そうとは思えないので、清水とこうして横並びになっているのはただの偶然なのではないか? 掃除の時間にあんな事があったから話があるはずとの考え自体が、僕の決めつけではなかったのか? 系の疑問が最後の悪あがきのように加速された意識の中で繰り返され、それでも清水は無言を貫き、あもうダメだ時間になっちゃったと僕が諦めかけたまさしくその時、
「やはり大物は、用を足す時間も長いんだな」
清水はチンプンカンプンな言葉を呟いた。あっけにとられる僕をよそに清水は身繕いをして、隣を離れようとする。僕は身繕いを慌ててしながらそれを訂正した。
「そんなことないよ、僕はいたって普通のサイズだよ!」
冷静に考えれば、チンプンカンプンなのは僕の方だった。日本語では人を指す場合も大物のように「物」が使われるのに、それを失念したのは僕だったからだ。いやそれどころか、仮に清水が女性だったら「普通のサイズだよ」などと返した僕は、セクハラ認定されても文句を言えない。場合によっては同性でもそれは免れず、清水は大和さんを好きだから大丈夫だと思うが、そういうのは気心の知れた友人になってからの方がやはり無難だろう。とまあそんなこんなで、普通サイズを強調してようやく僕は自分のチンプンカンプンさに気づき、顔を真っ赤にしたのだけど、
「ギャハハハ! 猫将軍は聞いていたとおり面白れぇヤツだな!」
幸い清水にウケたみたいだ。僕らの年頃の男子にとって、面白いヤツというのは時に最高の賛辞となる。大物に端を発する今のやり取りは僕の勘違いにすぎず、上手いボケをかました訳ではないが、
「ウケて良かったよ」
最高の賛辞を贈られ、僕は照れて頭を掻いた。そんな僕に清水は一層笑い、釣られて僕も笑って、遠慮が急速に剥がれ落ちてゆく。僕らは男友達特有の小突き合いをしながら教室に向かい、その途中で五限開始のチャイムが鳴った。チャイムは30秒あるし、教室はもう目の前だから、このペースで歩いても遅刻はしないはず。僕は最後に伸びをして、教室に足を踏み入れようとした、その時。
「五限が始まってすぐ、猫将軍にメールしていいか?」
隣を歩いていた清水が立ち止まり、そう訊いてきた。僕は立ち止まらず回れ右をしてそのまま後ろ向きに歩きながら、
「もちろん!」
親指をグイッと立てる。藤堂さん曰く変人のはずの清水は廊下に立ち止まったまま、
「ありがとう」
僕に向かって丁寧に、腰を折ってくれたのだった。
三年生以降の進級初日の五限は、一限で前期委員と体育祭実行委員を決められなかった時のための、予備の臨時HRとして利用されるのが湖校の慣例らしい。僕の一組は前期委員のクラス代表に井上さんがあっさり選ばれたように、二つの委員も極めてサクサク決まったので、五限は通常授業になっていた。といっても研究学校のことだから、教師がやって来て授業を行うようなことはまったく無いんだけどね。
チャイムが鳴り終わる前に着席し2D画面を立ち上げ、そしてチャイムの余韻が消える前に、教育AIを経由して清水からメールが届いた。相手のアドレスを知らなくても教育AIが承認すれば、今はこのようにメールを受け取ることができる。量子AIへの感謝を胸に、僕はそれを開いた。
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