僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 それはさて置き、時間をコンマ数秒さかのぼった「花瓶放り投げ」が行われた直後。
 翔刀術の技である静集錐閃、略して静閃を僕は発動した。
 と言ってもそれは準静閃と呼ぶべき未完成な技で、輝夜さんが得意とする本物の両足踏み出しを、僕はまだ習得していない。本物の両足踏み出しは左右の足を同時に使うが、僕は時間差を設けることで、それっぽい動きをやっとしているに過ぎないのである。けど水晶が「順序として正しい」と言ってくれたし、練習用サタンの単騎戦でも役立ってくれたから、気にしないでおこう。
 という訳で前振りが長くなったが、花瓶放り投げの直後。
 スッッ
 僕は静閃を発動した。箒掛けの途中の、右足の踵の左後ろに左足のつま先があるという両足の間隔を変えぬまま、体をまったく上昇させず前方に30センチ跳んだのだ。そして着地するや、
 スパ――ンッッ
 二度目の静閃を発動。一度目と二度目に用いた技術は変わらずとも、前方へ跳びつつ行った二度目の静閃は、止まった状態の一度目を数倍する飛距離をもたらしてくれた。その滑空中、僕は箒を木刀に見立てて握り直し、そして着地と同時にを前方へ突き入れた。たゆまず磨き続けている「高速移動しながら刀を操る」という翔刀術最大の特徴に助けられ、柄を花瓶の取っ手に差し込んだ僕は、
 クルン
 柄を左回転させた。正確には、花瓶を窓の方向へほんの一瞬加速させ、ちょっぴり漏れ出ていた水を花瓶に戻してから左回転させた。水と一緒に花も花瓶から少し出ていたからそれを戻すためにも、一瞬とはいえ加速する必要があったのである。
 その柄の操作に、高速移動しながら刀を操るという翔刀術の特徴が再び活きてくれた。大抵の刀術が基本としている、腰を落とし両脚を踏ん張って刀を振る方法では、手元から遠く離れた柄の先端で花瓶を動かさねばならなかったが、翔刀術は違う。前方へ跳んだ僕は着地後もそのまま歩を進めていたので花瓶はこちらに近づく一方であり、したがって必要な筋力は益々減少し、そしてその減ったぶんを、精密操作へ振り分ける事ができたのである。
 かくして花瓶は、箒を右手一本で支えられる場所まで無事やって来た。僕は左手を離し花瓶の底をしっかり握り、箒を取っ手から抜いて、大和さんの下へ歩を進める。そして、
「花も水も零れていないと思うけど、もし零れていてもそれは僕が担当する場所だから、僕が掃除しておくよ。だから大和さんは引き続き、この花のお世話をしてあげて」
 花瓶を大和さんに手渡した。いや手渡そうとしたのだけど、大和さんは目を見開き固まったままだったので、しばし逡巡したのち僕は体を左に向けた。
「なあ清水、大和さんと同じ剣道部のよしみで大和さんを手伝ってあげて。という訳で、これを受け取ってくれないかな」
 ホント言うと清水も大和さんと瓜二つの状態だったけど、そこはまあ男同士。清水に花瓶を強引に持たせて回れ右をし、僕は掃除を再開しようとした。
 のだけど、そうはならなかった。ふと周囲を見渡すと十人前後の同級生が、まるで清水と大和さんをコピーしたかのように、目を見開き硬直していたのである。その見開かれた目はどれもこれも同じ場所を見つめており、そしてその場所にいるのが僕だということに気づいたとたん、生来の羞恥心が爆発した。
「なっ、なに? 僕なんか、変なことした??」
 真っ赤な顔で焦りまくりながらそう訊く僕を、不憫と思ったのだろう。皆は盛大な溜息をついたのち、それぞれの場所へ去って行った。僕は安心して掃除を再開する。ただ、
 ―― えっと清水、なぜ僕を親の仇のように睨んでいるのかな?
 僕は大変な苦労をして、清水の視線に気づいていない振りをしつつ、自分の担当場所を箒掛けしたのだった。

 それ以降は何も起こらず、掃除を時間内に終えることができた。花瓶があのまま窓ガラスにぶつかっていたら時間超過は免れなかったはずだから、大和さんと清水だけでなく僕にとっても、あの行動は正しかったのだろう。僕は鼻歌を歌いつつ箒を掃除用具入れに仕舞い、トイレに足を向けた。
 すると、僕を追う足音が背後からした。けどまあそんなのは、日本男児の日常にすぎない。用を足している最中の、心の壁を一段薄くできる状況を利用して、誰かが僕に話しかけようとしているのだ。足音の方角からクラスメイトのはずのソイツは一体誰なのかな、これがきっかけで友達になれたらいいなあ、なんてことをウキウキ考えながら、僕はトイレの敷居をまたいだ。
 結論を言うと、ソイツは清水だった。そしてそれは、半ば以上予想していたことだった。女の子にバレたら大変だけど、足音から体重を推測するという猛の特技を、僕は習得し終えていたのだ。それを用いて導き出した体重60キロという数値と、優秀な剣道部員全般に共通する腰の据わった歩き方と、何より先ほどの出来事から、足音の主は清水でほぼ間違いないと予想していたのである。その清水が、
「よう猫将軍」
 そう呼びかけ、僕の隣にやって来た。足音に緊張をにじませるコイツに、そんな必要はないと知らせるべく、
「よう清水」
 僕はフレンドリーに声をかけた。会話するのは初めてでも同学年の男子だし、藤堂さんから清水の人柄は聴いていたし、そしてこれが最も重要なのだけど、
 ――とっても性格の良い大和さん
 を好きになる男が、嫌なヤツな訳がない。僕らの年齢の男子はその未熟さから異性を外見のみで判断しがちだけど、清水は違う。大和さんの内面の美しさを理解し、好意を持つに至った男なのだ。そんなヤツなら僕としてもぜひ友達になりたかったのでそれを伝えるべく、フレンドリーに声を掛けたのである。
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