僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

狼嵐姉弟と猫将軍兄妹、1

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 紫柳子さんのメールには、弟の鋼さんに関する心配事が、愚痴に偽装されて書かれていた。今年三月に筑波の研究学校を卒業した狼嵐鋼さんは学校を代表するイケメンだったらしく、姉の贔屓目抜きに欠点らしい欠点が一つもない好青年中の好青年にもかかわらず、女性とお付き合いしたことが一度もないのだそうだ。といっても女性が嫌いとか苦手だとかは一切なく、フレンドリーかつ紳士な対応を極々自然にできる人で、また年頃男子相応の異性への関心も持っているのに、年齢イコール彼女いない歴をひた走っていると言う。「後継ぎの弟がこれでは安心してお嫁に行けない」とメールには愚痴っぽく綴ってあったが、シリウスの名を冠する本家の娘が他家へ嫁いだのは鎌倉以来たった一例あるのみらしく、しかも紫柳子さんは歴代一の青星あおぼしなのだから、アレコレ言う親族が現れるのは想像に難くない。かくいう僕の中にも、アレコレに類する想いが確かにあった。神崎という姓は凄まじくカッコ良いが「狼嵐隼人」も正直まったく負けてないし、お婿さんと言えど翔人になった隼人さんが本家当主になるのは間違いないし、そして何より、
 ――狼嵐の嫡流に隼人さんの遺伝子が加わったら、マジ超人がポンポン生まれてくるのではないか?
 という妄想を、僕も抱かずにはいられなかったのだ。これは、魔想と命懸けの戦いを八百年間繰り広げてきた、翔人のごうと言えよう。すなわち愚痴に偽装されているだけで、紫柳子さんはこの件を真剣に悩んでいたのである。そのせいでメールにポロっと漏れてしまい、それを妙な引っ掛かりとして感じ取ったというのが、今回の真相に僕は思えたのだ。いや・・・・
 真相は、別の所にあるのかもしれない。
 僕には、責任があったのかもしれない。
 複数のダメ要素を抱えた僕が猫将軍本家にいなかったら、岬静香さんはこの神社に足しげく通っていたはずで、すると祖父母は何年も前に、
 ――鋼さんに静香さんを紹介する
 ことを思い付いた可能性が極めて高い。ほぼ毎日顔を合わせる静香さんを祖父母は孫娘のように可愛がり、静香さんも祖父母を慕うようになって、「実は年齢イコール彼氏いない歴なんです」と打ち明ける。すると祖父母は、こんなに素晴らしい娘さんが何故なんだと衝撃を受けると共に、
 ――そう言えば狼嵐本家の長男もそうだったな
 との閃きを得る。二人は同学年の研究学校生なのだから、お見合いなんて堅苦しい場を設ける必要もない。気軽に紹介できるし、それどころか実際に会う必要すらなく、精霊猫に頼み討伐後に引き合わせればそれで充分。翔体の方が相手の人となりを直感的に理解できるのだから、後は二人に任せればそれで良いのである。鋼さんに静香さんを紹介するのは、年齢的にも翔人としても、非常に容易なことだったのだ。
 しかし、それを僕が台無しにした。僕は長老会議に取り上げられるレベルの、超級の運動音痴だった。静香さんが小学六年生の時それは発覚し、そして翌年、湖校に入学した静香さんの夢枕に水晶が現れ、静香さんは翔人の道を歩むこととなった。そう、僕が超級の運動音痴でなければ、静香さんは祖父母の孫同然の人になっていたに違いないのである。

 1、だから僕には責任があった。
 2、鋼さんに静香さんを紹介することを最初に思い付く、責任があった。
 3、こうして常装を身に付けているのも、せめて神職として二人の仲を取り持たせようという、創造主の優しさだった。

 考えれば考えるほど、この三つが正しいとしか思えなくなってくる。祖父母に正対し、鋼さんに静香さんを紹介する件の返答を待っている間、僕は表面的に静けさを保っていても、心の中では自責の巨大な竜巻が荒れ狂っていた。
 のだけど、
「まあ、お見合いね!」
 祖母が女学生のような華やいだ声を出したものだから、ズッコケそうになってしまった。辛うじて踏みとどまり、いやあの、もっと気軽な紹介の場を設けるだけに留めてですね、と僕は口をゴニョゴニョ動かした。のだけど、
「お見合い! おばあちゃん、神社でお見合いをするの!!」
「おばあちゃん、誰と誰がお見合いをするんですか!!」
 部活から丁度帰って来た昴と輝夜さんが、僕のゴニョゴニョを素粒子レベルで消し飛ばしてしまったのである。
 新忍道部では黙っていたが、荒海さんが千家さんの実家を今日訪ねることを、僕は八月の時点で知っていた。下っ端とはいえ神職を務める僕には守秘義務があり、皆にその件を伝えられなかったのだ。ただその話は撫子部の感謝会の日に神社の台所でなされ、輝夜さんと昴も同じ夕飯を囲んでいたため、荒海さんの今日の大仕事を二人も知っていた。よって二人は帰宅の道すがら結婚の話題に花を咲かせ、かつ社務所に着くやお見合いという単語を耳にしたので、
「神社でお見合いをするの!」
「誰と誰がお見合いをするんですか!」
 と、過剰反応したのである。そのあまりの過剰っぷりに、僕は根源的な冷や汗をかき後ずさった。だがそれは男特有の現象らしく、祖母は文字どおりすっ飛んで行き、静香さんの名を二人に伝えた。その直後、
「「キャ――ッッ!!」」
 花火の爆発の如き姦しさが耳を貫いた。続いて高密度の超高速トークが押し寄せてきて、お見合いに異を唱えるのは無理と僕は諦めたのだけど、それは早計だった。祖父が三人のもとへ歩いてゆき、お見合いが難しい理由を柔らかく説いたのである。
 祖父曰く、お見合いをする両家の中間に東京という大都市があるのに、岬家のある川越から程近い所沢をお見合い場所にすると、岬家は狼嵐家より家格が上なのだと周囲は捉えかねない。もしくは、猫将軍家は両家より家格が遥かに高いので、自分の地元に双方を呼びつけたと考える人も出てくるだろう。よってお見合いは狼嵐家と岬家の中間に位置する東京で行うのが最善だが、研究学校を出たばかりの若い二人なのだから、もっと気軽な出会いの場にしても良いのではないか。という説明を、祖父は穏やかな声でゆっくりしたのである。
 ここまでは、僕は祖父へ多大な敬意を捧げていた。あの高密度超高速トークに割って入れるのは歴代最強翔人の祖父のみと、尊敬しまくっていた。けどそれは、締めくくりの場面でひっくり返った。あろうことか祖父は女性陣を説き伏せる役を、最後の最後で放棄したのだ。いや放棄どころか祖父は申し訳なさげにこちらへ顔を向け、
「そもそも、この話を持ってきた眠留自身が、気軽な紹介にしようと言っているのだし」
 などと、僕に全てをぶん投げやがったのである。祖父への尊敬の念が、みるみる崩壊してゆく。僕は祖父を睨みつけようとした。けど・・・
 ――これも役割分担なのかな
 胸の中で、僕はそう思い返した。
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