僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
697 / 934
十九章

2

しおりを挟む
 規格外の実力を有し、かつ一致団結した女性陣三人に、男二人が立ち向かうというこの戦況において、祖父は切り込み隊長の役目を果たしてくれたと言えなくもない。もしくは女国の要塞から放たれる致命必死の弾幕を、祖父は体を張って防いでくれたと、表現できないことも無いのである。それに何より、社務所に静けさが戻ったこの機を逃すなどあり得ない。僕は深呼吸して女性陣へ向き直る。そして、「ひょっとすると常装に着替えたのは、今この時のためだったりして」などと考えつつ、岬静香さんがこの神社で翔人の訓練をできなかった仕組みを解き明かした。
 祖父母は僕の話に、幾度も異議を唱えようとした。けどそのつど奥歯を噛みしめ、口を突こうとする異議を飲み込んでいた。そんな祖父母を無視するようなことを、輝夜さんと昴は決してしない。然るに二分とかけず僕は仕組みを解き明かし、そして間髪入れず輝夜さんと昴に問いかけた。
「例えばの話、神崎さんと紫柳子さんの結婚の報告に、鋼さんが付き添いとして神社にやって来たとする。そこに居合わせた岬さんが、神崎さんに一目ぼれをしてしまうような事はあるかな。僕は岬さんをあまり知らないから、確証を持てないんだ」
 二人は考えるまでもないとばかりに、それは無いと声を揃えた。二人曰く、女は元々そっち系に勘が働き、翔人の訓練によって勘は更に鋭くなっているから、太鼓判を押せる。神崎さんに片思いして貴重な十代を浪費する運命を、静香さんは持っていない。二人は同じ原稿を交互に読み上げるように、そう力説したのだ。
「じゃあ今回の件で重要なのは、鋼さんの人となりだね。美夜さん、紫柳子さんとまだ3D電話で話してる?」
「はい、楽しくお話ししています。姉弟仲がよほど良いのでしょうね、鋼さんの人柄をお聞きしたら、嬉しくて仕方ないといった感じに教えてくださいました」
 美夜さんはさすが、いきなり問いかけても僕の意図を十全に理解し、3D映像で社務所に現れてくれた。美夜さんへ感謝を述べたのち、輝夜さんと昴へ顔を向ける。
「紫柳子さんの都合が合えば、鋼さんのお人柄を台所で教えてもらおうと思うんだけど、どうだろう?」
「「いいねそれ!」」
 二人は即答し、祖父母にペコリとお辞儀して、こうしちゃおられんと母屋へ駆けて行った。その元気溌剌ぶりに、自然と頬が緩む。それに助けられ、じいちゃんとばあちゃんも一緒に聴こう、社務所を閉める作業は僕がしておくからと、気負いなく提案することができた。祖母は何か言いたげだったが、その肩を祖父が抱きよせる。そして「よろしくな」と祖父は一言だけ言い、祖母を促し母屋へ帰って行った。
 多くの神社は午後四時半に社務所を閉め、お守りやお札の販売を終える。と言ってもよほど有名な神社でない限り、お守りなどの縁起物を夕刻に買おうとする人はいない。ここもそれに漏れず、鎮守の森が落とす陰に一足早い夜を迎えた境内に、参拝客はいなかった。午後四時半を告げるチャイムが、壁に掛けた時計から流れる。社務所のシャッターを閉める時刻を迎えるも、僕は境内を臨む椅子に座り、もうすぐ現れる人を待っていた。
 タンタンタンッ、と軽やかな足音が石段の方角から聞こえて来る。平地をスキップしているかのようなその音に、憂い顔で出迎えてしまのではないかという危惧が、溶けて消えていった。石段越しに弾む黒髪が見て取れ、続いて現れた輝く双眸に社務所が照らされた錯覚を覚える。その途端、
「お兄ちゃ~ん!」
 美鈴は手を振りながらこっちに駆けて来た。中央図書館に活動拠点のある撫子部は午後四時まで部活に励むと、帰宅は丁度この時間になる。日の長い春や夏以外は、校門まで迎えに行きたいというのが本音でも、それをすると「恥ずかしいよお兄ちゃん」という本音を美鈴に我慢させる事になるので、僕は相当な努力をして妹への配慮を優先していた。
 しかし暗がりの中を駆けてくる美鈴を認めるや、配慮が足りなかったことを悔いた。普段は祖父母がいる場所に今日は僕がいて、加えてこんな服装をしているとくれば、美鈴が走って当然なのである。僕は立ち上がり、危ないからゆっくりおいでと、馬鹿のように繰り返していた。いやホント、馬鹿なんだけどさ。
「お兄ちゃんただいま」
 幸い何事もなく、美鈴の健やかな声を聴くことができた。お帰りと返し、台所に紫柳子さんが3Dでいるはずと告げ、そうなった経緯を話して聞かせる。岬静香さんが神社で修業できなかった仕組みはもちろん伏せたが、美鈴は首を傾げて僕を見つめ、「何かあったの?」と問いかけてきた。僕は両手を挙げ降参し、けどこれは譲らないという意思を声に乗せる。
「後回しにできる話だから、今夜すべて説明する。安心してくれるかい?」
 とても珍しいことに、美鈴は唇を尖らせてブーブー文句を垂れた。販売台に身を乗り出すその姿に笑みがこぼれ、無意識に頭を撫でてしまう。もうそんな年齢じゃないと機嫌を悪くするかと思いきや、美鈴は陽だまりの猫のように目を細めたのち、スキップしながら母屋へ帰って行った。
 シャッターを閉め、更衣室で私服に着替える。いつもはそんなこと絶対しないのに、僕は姿見の前に立ち、私服に戻った自分をまじまじと見つめた。もっと良く見ねば、との強い衝動をなぜか覚え、目と鼻の先まで鏡に近づき、自分の顔を穴の開くほど観察する。そしてようやく、ああなるほどと得心した。
 世界一大切な姉を送り出す鋼さんの立場になって発言できるのは、僕だけなのだと。

 僕にしか書けない文を大急ぎでしたため、台所に顔を出したころには、鋼さんと静香さんを引き合わせるきもと、それに基づく計画が既に決まっていた。お兄ちゃん遅いと再び唇を尖らせた美鈴に、肝の部分を教えてもらう。
「豪華なお見合いの場で出会うのも運命を感じるけど、もっともっと強い結びつきを感じるのは、自然な出会いを果たした時なの。縁結びの神様が特別なおぜん立てをしてくれたように、女の子は考えるのね。だから私たち翔人にとって福の神のような存在の、水晶にお願いしてみたら、水晶は快く引き受けてくれたの!」
 美鈴、輝夜さん、昴、紫柳子さんの四人に「「「ありがとう!」」」と声を揃えられた水晶は福の神というより、にこにこ神の方が適切としか思えないにこにこ顔で、宙にふわふわ浮いていた。四人にはそれがドストライクだったらしく、水晶を褒め称える黄色い声が台所に溢れた。計画の肝に異論は微塵もないけど、計画はどうなっているのかな? と言うか、鋼さんの人柄の件はどこに行っちゃったのかな? けどこの様子じゃ、とてもじゃないけど訊けないなあ。などとウジウジ考えているのが、祖父母にバレバレだったのだろう。祖母が人柄を、そして祖父が計画を、それぞれ教えてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アドヴェロスの英雄

青夜
キャラ文芸
『富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?』の外伝です。 大好きなキャラなのですが、本編ではなかなか活躍を書けそうもなく、外伝を創りました。 本編の主人公「石神高虎」に協力する警察内の対妖魔特殊部隊「アドヴェロス」のトップハンター《神宮寺磯良》が主人公になります。 古の刀匠が究極の刀を打ち終え、その後に刀を持たずに「全てを《想う》だけで斬る」技を編み出した末裔です。 幼い頃に両親を殺され、ある人物の導きで関東のヤクザ一家に匿われました。 超絶の力を持ち、女性と間違えられるほどの「美貌」。 しかし、本人はいたって普通(?)の性格。 主人公にはその力故に様々な事件や人間模様に関わって行きます。 先のことはまだ分かりませんが、主人公の活躍を描いてみたいと思います。   どうか、宜しくお願い致します。

社畜がひとり美女に囲まれなぜか戦場に~ヘタレの望まぬ成り上がり~

のらしろ
ライト文芸
 都内のメーカーに勤務する蒼草秀長が、台風が接近する悪天候の中、お客様のいる北海道に出張することになった。  移動中の飛行機において、日頃の疲れから睡魔に襲われ爆睡し、次に気がついたときには、前線に向かう輸送機の中だった。  そこは、半世紀に渡り2つの大国が戦争を続けている異世界に直前に亡くなったボイラー修理工のグラスに魂だけが転移した。  グラスは周りから『ノラシロ』少尉と揶揄される、不出来な士官として前線に送られる途中だった。 蒼草秀長自身も魂の転移した先のグラスも共に争いごとが大嫌いな、しかも、血を見るのが嫌いというか、血を見て冷静でいられないおおよそ軍人の適正を全く欠いた人間であり、一人の士官として一人の軍人として、この厳しい世界で生きていけるのか甚だ疑問だ。  彼を乗せた輸送機が敵側兵士も多数いるジャングルで墜落する。    平和な日本から戦国さながらの厳しいこの異世界で、ノラシロ少尉ことヘタレ代表の蒼草秀長改めグラスが、はみ出しものの仲間とともに仕出かす騒動数々。  果たして彼は、過酷なこの異世界で生きていけるのだろか  主人公が、敵味方を問わず、殺さずに戦争をしていく残酷シーンの少ない戦記物です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

裕也の冒険 ~~不思議な旅~~

ひろの助
キャラ文芸
俺。名前は「愛武 裕也」です。 仕事は商社マン。そう言ってもアメリカにある会社。 彼は高校時代に、一人の女性を好きになった。 その女性には、不思議なハートの力が有った。 そして、光と闇と魔物、神々の戦いに巻き込まれる二人。 そのさなか。俺は、真菜美を助けるため、サンディアという神と合体し、時空を移動する力を得たのだ。 聖書の「肉と骨を分け与えん。そして、血の縁を結ぶ」どおり、 いろんな人と繋がりを持った。それは人間の単なる繋がりだと俺は思っていた。 だが… あ。俺は「イエス様を信じる」。しかし、組織の規律や戒律が嫌いではぐれ者です。 それはさておき、真菜美は俺の彼女。まあ、そんな状況です。 俺の意にかかわらず、不思議な旅が待っている。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香
キャラ文芸
私、三浦由衣二十五歳。 付き合っていた筈の会社の先輩が、突然結婚発表をして大ショック。 不本意ながら、そのお祝いの会に出席した帰り、家の近くの神社に立ち寄ったの。 お稲荷様の赤い鳥居を何本も通って、お参りした後に向かった先は小さな狐さんの像。 狛犬さんの様な大きな二体の狐の像の近くに、ひっそりと鎮座している小さな狐の像に愚痴を聞いてもらった私は、うっかりそこで眠ってしまったみたい。 気がついたら知らない場所で二つ折りした座蒲団を枕に眠ってた。 慌てて飛び起きたら、袴姿の男の人がアツアツのうどんの丼を差し出してきた。 え、食べていいの? おいしい、これ、おいしいよ。 泣きながら食べて、熱燗も頂いて。 満足したらまた眠っちゃった。 神社の管理として、夜にだけここに居るという紺さんに、またいらっしゃいと見送られ帰った私は、家の前に立つ人影に首を傾げた。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...