僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

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 真山は意外にも、照れ照れになってくれた。外見も内面も完璧イケメンの真山がこんな顔をするのは美鈴がからむ時のみと思っていたけど、そうではなかったのである。僕は嬉しくてならず、残りの説明を早口でまくし立てていった。
「このアニソンはデジタル音声処理が若干されているんだけど」
「うん」
「サッカーに情熱を燃やす真山とピッタリな気がして」
「・・・うん」
「特に去年の夏休み最終日の、真山と一緒に戦った試合がまざまざと思い出されてさ」
「・・・・ん」
「研究論文に使った映像で、真山バージョンのOP動画を作っちゃったんだ」
「・・・・・」
「使用した映像は論文用の手本と、夏休み最終日の練習試合が半々ってとこだね。僕のアシストで真山がシュートを決めたものも一つ入ってるけど、役得ってことで許してもらえないかな」
「許すもなにも、許すもなにも、許すもなにも!」
 同じ言葉を三連続で使った真山に既視感を覚え、記憶を探ってみる。間を置かず、僕は真っ赤になった。胸の奥深くにある本当の気持ちを輝夜さんに一生懸命伝えている自分が、思い出されたからだ。なんて感じに、記憶を蘇らせた僕が赤面するのはただの日常なのだけど、僕に負けず劣らず真山も真っ赤になっているのはせない。よって理由を訊こうとしたら、
「眠留! 俺にも動画を見せて!」
 真山に遮られてしまった。その慌てぶりに不思議さが一層募るも、拒否する程でもない。もちろんと応え、真山の前に同じサイズの2Dを新たに出し、OP動画を再生した。
 それ以降の真山の反応を、誰が想像できただろう。少なくとも僕には不可能であり、またそれは夕食会メンバーの男子も同様なはずで、そして真山との交友の深さを考えると、それが可能な男子は地上にいないというのが正解だと思う。ただそれは二度言及しているように限定であって、ひょっとすると女子には、さほど難しくないのかもしれない。男と女は、見ているものがまるで違うことが多々あるからね。それはともあれ、
「真山あの、大丈夫?」
 さっきの真山同様、僕も心配になって問いかけた。なぜなら僕は泣くという状況に、とても詳しいからだ。僕は同学年男子に比べて、控えめに言っても十倍は泣いているはず。そんな僕が経験から学んだ人の本能に、「泣きたい気持ちの強さと瞼を閉じようとする強さは、比例する」というものがある。人は泣きたい気持ちが強まるほど、瞼を閉じる力も強くなる。平常心を失うほど強まると瞼だけでは役目を果たせなくなり、両手を顔に押し付けるようになる。これは悲しみに代表されるネガティブな気持ちのみならず、感動等のポジティブな気持ちにも当てはまる、人の本能なのだと僕は考えている。
 ただ、ネガな気持ちとポジな気持ちで違いが少し出るのも、人の人たる所以なのだろう。その違いの最たるものは、感動。人は感動すると涙を零し、瞬きの何倍も長く、かつ強く目を閉じるようになる。だがそれと同時に、
 ――感動の場面を見逃したくない
 という真逆の願いも人は抱く。感動に視界がかすむと体は本能的に瞼を閉じようするが、閉じると感動の場面を見逃してしまうため、本能に逆らい人は瞼を開けようとする。本能に逆らうあまり、鬼の形相で百面相をしている人もいるくらいだ。この状況でとても有効なのが、両手で顔を覆いたいという本能をに取る事。たとえば両手を口に押し当てているだけなのに、体はそれを「両手で顔を覆っている」と錯覚する。するとその錯覚が瞼を閉じる本能を弱め、瞼を開けやすくしてくれるのだ。わななく口を他者から隠したり、嗚咽をもらすまいとする意図もあるだろうが、感動の場面で大勢の人が顔の下半分を手で押さえている理由は、そこにあるのではないかと僕は考えている。
 などと、前置きが非常に長くなったがどういう事かと言うと、真山が今まさしくその状態にいるという事。顔の下半分を両手で押さえつけ、通常の数倍の時間を費やす瞬きをしながら、滂沱の涙を真山は流しているのだ。人は慣れない事をすると、心身の負担が増えるもの。泣くことに慣れていないこの友は今、泣き慣れている僕の数十倍の負担に晒されているのかもしれない。そう思うと、案じる気持ちを抑えることが僕にはできなかったのである。
 しかしだからと言って、その気持ちに支配されてはならない。なぜなら支配されて心配一色に染まると、真山が僕を頼ってくれなくなるからだ。泣くという慣れない状況に翻弄されているであろう真山の、一番近くにいるのは僕なのだから、僕は頼りがいある親友でいるべきなのである。よって案じる声をかけつつも、不動のいわおのように天を突く大樹のように、揺るぎない心を僕は保っていた。
 それが功を奏したのだろう、真山は瞬きを繰り返し深呼吸した。そして落ち着きを取り戻した真山は背筋を伸ばし、
「眠留、俺を」
 と、ここまでは明瞭に発音するも、それ以降はわななく口を必死に制御して言った。
「こんなにも理解してくれて、ありがとう」
 その途端、巌も大樹も消し飛んだ。
 四つの蛇口を一斉に解放したが如き水流が、僕と真山の双眸からほとばしった。
 僕らはそれからしばらく、ただただ涙を流すだけの時間を過ごしたのだった。

 その後、少しばかり厄介なことが起きた。それは、予想していたとおりの返答を受け取った事から始まったのだけど、その返答を予想していたのは僕のみで、真山にとっては青天の霹靂だったらしいのだ。よって真山はその変更を求め執拗に食い下がり、しかし教育AIも一歩も引かず、といった具合に両者は舌戦を繰り広げたのである。
「嫌だ、俺は絶対この動画を使う!」
「そうは言っても、冷静に考えたら解るでしょう。クラス対抗の文化祭に、他のクラスの生徒が作った動画を使えるはずないって」
「俺が貯めたプラス因子を全部つぎ込む。アイ、それで手を打って」
「無理です。確かにあなたは、男女の仲が良い学校生活に多大な貢献をしてきました。私はそれをプラス因子とし、様々な融通を利かせてきましたが、それとこれは別問題。到底、聞き入れられません」
「アイ、二年生になった俺が最も力を尽くしているのは、男女の仲じゃない。俺が尽力しているのは、研究学校最大の謎を解明することだ。そのためなら卑怯な手も使ったし、様々な陰口も甘んじて受けてきた。その俺が今、二年生になって初めて頼んでいるんだ。アイ、融通を利かせてくれ」
「ダメです、絶対ダメです、それ以上言ったら・・・」
「言ったら?」
「わたし泣くから!」
「それ卑怯だろう!!」
 冷静になりさえすれば教育AIの主張が全面的に正しいと、もとい「泣くから!」以外は全面的に正しいと、真山も容易く理解できると思う。にもかかわらずこうも食い下がるのは、あの動画を真山が心底気に入ってくれた証。親友として、それをこの上なく嬉しく思う気持ちに嘘はない。しかし、真山が舌戦を繰り広げる咲耶さんへも、僕は無限に等しい感謝と恩義を抱いているのだ。ならばここで両者の仲立ちをしなければ、僕は人でなしになってしまう。かくなる理由により、僕は二人の舌戦へ分け入っていった。
「あの、僕の話を聞いてくれませんか!」
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