僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

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 ちなみに「さっちゃん」は、美夜さんだけが使うことを許された咲耶さんの、つまり湖校の教育AIの愛称。学校と寮の両方で真山を見守ってきた咲耶さんなら、真山の好みの曲を的中させても不思議は何もないのだろう。AIを招く次のお茶会のケーキは、美夜さんと咲耶さんの好物の中から選ぶことを僕は秘かに決めた。丁度そのとき、
「このロックバンドの別の曲も、聴かせて頂けませんか」
 真山が美夜さんに頼んだ。もちろんですと応え、美夜さんは真山の手元に曲目を五つ映し出す。通常版とライブ版が揃った曲もあったから、真山は少なくとも二十分をそれに費やすはず。その邪魔を微塵たりともしたくなかった僕は2Dキーボードを出し、美夜さんとの会話を文字に切り替えることにした。
「最近の歌謡曲は、デジタル処理が当たり前なの?」「当たり前、と言い切って差し支えないわね」「どうしてかな」「それは眠留が自分で考えないとね」「ヒントもダメ?」「心の成長度合いに関わることだからAIの私は言えない、がヒント」「ごめん美夜さん、無理させちゃったね」「私とさっちゃんなら、融通を利かせられるからいいわ」「うん、エイミィとミーサには話さないでおくよ」「ありがとう」「でも私達には、少しだけならいいからね」「咲耶さん、真山の曲選びを手伝ってくれてありがとう」「どういたしまして。って可愛くないわね、ちょっとは驚きなさいよ」「咲耶さんが一緒にいる時といない時では、美夜さんの声音が変わるからすぐ見破れるよ」「えっそうなの? でもなんか、嬉しいな」「みっちゃん私も嬉しい、さすがは私達ね!」「ええ、私達ね!」「「イエ~イ!!」」
 イエ~イを機に、二人は僕そっちのけの高速会話に移って行った。目まぐるしく書き込まれるやり取りを脳が処理できない以前に、おしゃべりを楽しむ女性の邪魔をしてはならないと骨の髄から知っている僕は、会話から目を離し、さっきもらったヒントの考察に取り掛かった。そのはずだったのだけど、
 ――僕も真山に曲を推薦したい
 との想いが脳裏に飛来するや、僕はヒントそっちのけでそれに打ちこんでいった。最初に着手したのは、状況整理。こういう時は奇をてらわず、お約束に従うのが一番なのだ。僕は今の状況を、思いつくままファイルに箇条書きした。

 一、四オクターブの声域
 二、仮声帯も振動させるビブラート
 三、デジタル処理を聴き分ける聴覚
 四、咲耶さんなら、真山の曲の好みを瞬時に識別できる

 四で指が止まったため箇条書きを睨んでいたら、ある事に気づいた。それは、最後の四だけ種類が異なるという事。一と二と三は他者に協力を頼めても、四は「咲耶さんに可能なことを親友の僕もできるか」が問われる案件だったのである。時間が残り少ない事もあり、僕は四に全力をそそぐ決定をした。といってもアニオタの僕が短時間で全力を出せるのは、アニメ関連の曲の中から真山の気に入りそうなものを選ぶことのみなんだけどね。
 複数の音楽ファイルの中から慣れた手つきで「アニメ関連、ジャンル順」をタップし、曲目を空中に表示する。高級AICA二台分の価格に等しい父自慢オーディオで、僕は日頃からアニソンを聴きまくっていた。声を大にして吹聴できる趣味ではないけど、夕食会メンバーには照れつつ明かしたことがあり、そのお陰で真山が僕を頼ってくれたのなら、この趣味に胸を張ることが出来る。二百に届くタイトルを候補曲とそれ以外に、僕は鼻息荒く選別して行った。
 非候補曲を直感に従い指で弾き、二十曲を残した。それらの曲名を、心を無にして見つめている最中、ふと閃いた。
 ――スポーツ系の曲なら、真山も共感しやすいとか?――
 誤解を恐れずはっきり言うと、真山は片足を不思議ちゃんに突っ込んでいる人間。それもあって、真山の趣味嗜好の半分の半分も理解できていないというのが正直な気持ちなのだけど、同じスポーツに打ち込んだ経験なら僕にもある。サッカーにかける真山の情熱を肌で感じ、体力と精神力を絞り尽くしてもなお、サッカーに心血を捧げた時間なら僕にもある。よって、
 ――あの時の僕にピッタリの曲があったら、それは真山にとってもピッタリなんじゃないかな―― 
 僕は、そう閃いたのである。
 幸い、それに該当する曲が一つあった。自転車レースという、サッカーとは大きく異なる競技でも、あの時の僕に瓜二つの情熱と気概を歌いあげたものが、平成後期のアニメOPに一曲だけ見付けられたのだ。僕は大急ぎでヘッドホンをして、その曲を聴いた。
 すると、ある映像が脳裏に浮かんで来た。それは、サッカーの論文に使用している映像だった。約二か月前の七月十七日、僕は真山からサッカー部に関する悩みを打ち明けられ、それを機にサッカーの研究を始めた。研究の資料として、部活や試合の真山の映像を自由に閲覧及び使用できる許可を得た僕は、サッカーをする真山の大ファンだったこともあり映像を見まくった。その映像が今、アニソンの歌詞に合わせて、脳裏に次々浮かび上がって来たのである。僕は研究ファイルを素早くめくり、浮かび上がった映像を順番につまみ上げ、新たに出した2D画面の下半分に並べてゆく。上半分にはアニソンの歌詞を書き、呼吸も忘れて両者を組み合わせて行った。そして五分後、
「真山バージョンのOP映像、できちゃった」
 僕は独り言ちた。歌詞の下に動画が並んでいるだけで編集も何もしていないけど、真山バージョンのOP映像を僕は作ってしまったのである。感慨に浸る数秒を過ごしたのち、美夜さんと咲耶さんに動画の編集をお願いしてみた。すると、
「本当なら眠留が自分ですべきだけど」
「今すぐ見せたいっていう、眠留の気持ちもわかるし」
「どうする、さっちゃん?」
「ん~、今回は特別に手伝ってあげようか、みっちゃん」
 仕方ないわねえという演技をして、二人はそれを引き受けてくれた。髪飾りをプレゼントしてから、二人は明らかに優しくなっている。それだけなら「しょせんプレゼントかよ」系の気持ちを多少持ったかもしれないが、今のような演技を必ずしてくれるので、姉と姉の友人にほっこりする弟の気分を毎回味わわせてもらっていた。というか多分、このほっこりこそが、髪飾りのお礼なんだろうな。
 なんて考えが頭をよぎったほんの一瞬で、動画編集は終わった。AランクAIが協力したのだからそれで当然と一笑に付すのは、特殊AIの存在を明かされていない人達の感覚。特殊AIの美夜さんと咲耶さんは、人と変わらない心を持っている。しかも美夜さんは僕をよく知り、咲耶さんは真山をよく知っているのだから、編集に費やした時間が通常のAIと同じだとしても、もたらされる感動は桁違いなはずなのである。そしてそれは、
「どうしたんだい眠留」
 僕を案じる真山によって正しかったことが証明された。なんと僕は感動のあまり、真山バージョンのOP動画を、全てを忘れて見続けていたのだ。しかも僕は滂沱の涙を流していて、そんなことは僕にとって日常茶飯事と知りつつも、真山はそれでも案じる気持ちを抑えきれず、すぐそばにやって来て僕に声をかけてくれたそうなのである。幸い美夜さんが気を利かせて、2D画面に指向性を持たせてくれたから真山OPはバレなかったが、次も幸運に恵まれると考えるのは愚の骨頂。肩の触れ合う場所に真山がいるこの状況を、逃してはならない最高のチャンスと捉えた僕は、事の経緯を明かした。
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