僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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 残り五分を切ったから一気に行きましょうと宣言し、視力拡大予想図の紫方向の点線を、千家さんは指さした。
「肉体から出て空中に浮いた猫将軍君を、温度の高い球体ではなく人の姿として捉えるのは、紫外線視力。優れた紫外線視力は人の意識を知覚でき、そして空中に浮く体を形成するのは心だから、会場上空の猫将軍君の姿を見て取れたのは、紫外線視力の持ち主という事になるわ」
 埼玉予選会場には、宙に浮かぶ僕を知覚した人が七人いた。うち四人は存在を朧げに感じ、二人は輪郭をうっすら捉え、完全に目視していたのは千家さんだけだったが、今はそれを伏せ首肯のみに留めた。
「猫将軍君と新忍道部員は、強い絆で結ばれている。そして絆には、双方向という特性がある。その双方向性が、新忍道部員の紫外線視力を伸ばしたと私と教育AIは予想している。『チームメンバーの意識を感じながらモンスターと戦う猫将軍君』がチームにいると、双方向の絆を介してチームメンバーも、猫将軍君と同じことをし易くなるのね」
 ある閃きが脳裏を駆けた。
 ――モンスターに行動予測ゴーグルなしで勝つには、チームメンバーと心を一つにするのが絶対条件だ。新忍道部がそれを一年以上続けてきたことを咲耶さんは知っていたから、インハイに臨む僕らをあれほど厚遇してくれたのかな――
 この閃きが心の水となって瞳から湧き出ぬよう、僕は腹筋に渾身の力を込めねばならなかった。
「猫将軍君と同じことをし易くなっている率は、紫外線視力の拡大量に比例する。視力拡大予想図が示すように、点線が紫外線まで伸びている部員は、今のところ一人しかいないわ。さっき猫将軍君は、思い当たる二つのうち、一つを話してくれたよね。その残り一つは、この部員に関する事なんじゃないかな」
 心の水の阻止に強力な助っ人が現れたことに感謝しつつ、僕は胸を張って答えた。
「はい、そうです。そいつは僕がこの人生で初めて得た、親友なんです」
 それから暫く頂眼址ちょうがんしについての説明と、関連事項及び背景知識をやり取りする時間が続いた。
「北斗が所沢に引っ越してきた小学三年生の四月の時点では、北斗の頭蓋骨に窪みはありませんでした。でも僕と一緒にいると、北斗は松果体に律動的な心地よい痛みを感じるようになり、さっき触ってもらった頭頂のやや後ろが少しずつ窪み始め、頂眼址が形成されました。頂眼址が後天的に生じたのは僕の知る限り北斗しかおらず、僕と同じく先天的にこの窪みを持つ輝夜さんはそれを、僕と北斗の松果体が共鳴したからだと推測しています」
「ホルモンが体を劇的に変化させるのは、第二次成長期の実体験によって広く認知されている。でも松果体が最も活発なのは第二次成長期に入る前だから、松果体ホルモンが心と体にどう作用しているかを、実体験で知っている人は少ない。ううん、『理路整然と覚えている人は少ない』の方が適切で、北斗君はその数少ない例外なのでしょう。人付き合いのあまりない私でさえ、北斗君が学年一の頭脳の持ち主と謳われているのを知っているのだから、北斗君にとっての小学三年生は、理論思考を獲得した後だったのでしょうね」
 我が意を得たり、と僕は北斗の頭脳の優秀さを列挙し、しかもその過程で発見したことも大興奮でまくし立てたため、ドン引きされて当然な場面だったと思う。にもかかわらず、千家さんは感情的にも脳の性能的にもそれらを苦もなく処理し、しかも最高の情緒的理解力をもってまとめてくれた。
「猫将軍君と北斗君の松果体にかつて共鳴が起きたという白銀さんの推測と、モンスター戦によってその共鳴が再発したという猫将軍君の推測の、両方に同意するわ。新忍道サークル時代からみんなの活動を見てきた私には、わかるの。青春を捧げられるものに出会い、それを分かち合える仲間に出会えた若者が、短期間でどれほどの成長を果たすのかをね」
 僕は極度の感動屋で、中でも深い理解を示されることに弱く、しかも理解の対象がかけがえのない戦友達にも及んでいると来れば、心の水の阻止などできる訳がない。僕は感動に促されるまま涙と鼻水のグチョグチョ状態になり、千家さんはそんな僕にティッシュを握らせ、続いて部屋の隅からゴミ箱を持ってきて、僕の背中を優しく叩いてくれた。ことここに至りようやく、この女性にこうも気を許している自分に不可解さを覚えるも、しかし次の瞬間には、その理由を僕は理解していた。正確には、思い出すことができた。ああこの人は、かつて僕の・・・
「新婚旅行は出雲にいらっしゃい。猫将軍君と白銀さんを、私が責任を持って案内するから」
「はい、その節はよろしくお願いし、しっ、しししし新婚旅行!」
 感動屋と双璧を成す驚愕屋を発動させ驚愕する僕に、
「アハハハ!!」
 イタズラが成功した年頃娘の笑みを千家さんは振りまいた。その笑みに助けられ、輝夜さんと新婚旅行に行けない悲しみを隠すことができたが、油断はできない。子細は思い出せずとも、戦国時代に僕は千家さんの義理の息子だった事があり、その頃の勘を働かせられたら隠し事など到底不可能になるはずだからだ。よってそれを防ぐべく、先手を打つことにした。
「教育AIが気を利かせて、着色終了の電子音を鳴らさないでくれましたが、甘えてばかりじゃ恩を仇で返すことになります。千家さん、視力拡大の話題を終らせましょう」
 頂眼址について意見交換している最中、着色機器の上に「終了したけど静かにしておくね」との2D文字が浮かび上がった。それ以降の十数分という時間は、機械の負担にならずとも心理的負担になる時間だったので、隠れ蓑を兼ねそれを提案してみたのである。
「そうね、終わらせましょう」
 その声に、この人は勘を働かせたからこそ何も尋ねないでいてくれたのだと直感した僕は、背筋を伸ばすことしかできなかった。
 それを、話を聴く姿勢を整えたことに、かつての母はしてくれる。
「インターハイが終わった後も、私とアイは視力拡大予想を続けたわ。それによると・・・」
 キーボードに十指を走らせ教育AIにある試算を頼んだ千家さんは、得られた結果に大きく頷いた。
「うん、アイも私と同じ意見ね。全国大会二日目の北斗君の紫外線視力では、宙に浮く猫将軍君を、視覚的揺らぎとして捉えることもまだ不可能だったはず。でも、違和感を覚えるくらいならできた。そこに猫将軍君の親友として過ごした五年間と優秀な頭脳が加わると、宙を漂う違和感に猫将軍君を結び付けたのはほぼ間違いないって、教育AIも言っているわね」
 僕ら二年生トリオは、北斗を中心に右が京馬で左が僕という並び順になることが多い。あの日も僕らはそう並んでおり、つまり北斗にとって僕は左側にいて、そして僕は右側の人より左側の人を敏感に感じられるから、宙を漂い肉体に戻ってきた僕を北斗も感じやすかったのかもしれない。
 という見解を耳にした千家さんは、キーボードから指を離し僕と正対するよう椅子に座り直して、眼光鋭く言った。
「私と教育AIは、宙に浮く猫将軍君の輪郭を北斗君が朧気に知覚できるようになる時期を、来年の夏と予想していた。でも、松果体の共鳴を知った今は、もっと早まる気がしてならない。来年の夏の北斗君は、輪郭をはっきり捉えられるようになっていると私は思うわ」
 直感に従い、僕は首を縦に振った。
 その後、悪い癖が出て三分弱を思索に費やしてしまったが、気にすることは無いと千家さんは頬をほころばせていた。
 その笑顔に、小学三年生の一月に刻まれた心の傷を、僕はほんの少し癒してもらえたのだった。
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