僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

戦友達への影響、1

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 僕の視力の考察方法なら、幾つか想像つく。例えばこれだ。  

『体育祭の100メートル走の身体能力を基に、量子AIが仮想空間に造った僕を、仮想僕とする。それに対し、新忍道部でモンスターと戦う僕を、新忍僕とする。仮想僕は普通視力のみの僕だから、この僕を仮想空間でモンスターと戦わせても、新忍僕より弱くなってしまう。よって仮想僕に様々な特殊視力を付与して性能アップし、新忍僕と等しくすれば、付与した特殊視力と新忍僕の特殊視力もほぼ等しいと予想される』

 こんなふうに僕の特殊視力を予想し、その予想に基づいて塗装したのが、標本右端のミッドナイトブルーなのではないか。みたいな感じのことを、僕は想像していたのである。
 しかし、その想像は間違っていた。それを教えてくれたのが、「猫将軍選手の特殊視力考察と、他選手への影響」というファイル名だった。千家さんがファイル名で示したとおり、僕がモンスター戦で特殊視力を使うのは、他選手のみだったのである。
 新忍道のモンスターに、僕は特殊視力を使わない。あのモンスター達は微量の赤外線を放射しているだけなので、赤外線と紫外線を知覚してもあまり役に立たないからだ。一方、戦友達の思考と生命力を知覚するのは、とても役立つと言える。たとえば「京馬が今バランスを崩したのは、モンスターを陽動するための演技かな? それとも本当にバランスを崩したのかな?」という情報がどれほど重要なのかは、容易く理解できるだろう。そしてこの件で最も重要なのは、戦友達が視界外にいてもそれらを大まかに感じ取れるが、視界内にいた方が、やはり明瞭に感じ取れるという事。つまり僕の特殊視力を予想するには、戦友達が視界外にいた時と視界内にいた時の差を精査しなければならないのだと、僕はやっと気づけたのである。
 そしてそれを、千家さんは僕より早く気づいていた。だからこそ、戦闘中に戦友が視界に偶然入りそのお陰で的確な対応ができたという場面を、教育AIに嘘を付いてまで集めようとした。千家さんのファイル名に「他選手」という語彙が含まれているのが、その証拠だろう。ならば、他選手に続く語彙にも注目せねばならない。そうこのファイルには、他選手へのと記されていたのである。
 千家さん本人が語ったところによると、精査した戦闘映像は、去年六月から今年五月までの一年間に及ぶと言う。その過程で、千家さんは発見した。僕がチームに加わると、チームメンバーの視力に影響が出ることを、千家さんは発見したのだそうだ。それについて、僕は思い当たることが二つあった。その一つは全国大会決勝の戦闘終了時、翔体の僕が控室に帰って来たとき覚えた、「誰かに見られたかな?」という感覚だった。
 真田さんと荒海さんと黛さんが、絶対負けられない埼玉予選で狒々に臨むと知った僕は、無意識に心を二つに分け一方を翔化し、フィールド上空へ移動してしまった。その時と全国大会の一戦目では何も起こらなかったが、全国大会の決勝では帰って来た僕を知覚した人が控室にいたと、一瞬感じた。喜びの余り深く考えず、また大会後の部活に目立った変化も現れなかったため忘れていたが、冷静に振り返ると僕は翔体を、戦友に三度も晒したことになる。あれは僕が新忍道部の一員になり一年二か月以上経った日の出来事であり、かつ三度目ともなれば、翔体の僕を朧げに知覚する戦友がいても何ら不思議はなかった。僕はそれに、ようやく気づいたのである。しかも思い当たる節は他にもあった。その二つ目は・・・
 と、ここまで考えたとき、
「猫将軍君、着色終了まで二十分ほどしか残ってないから、そろそろ話していい?」
 申し訳なさげな千家さんの声が耳に届いた。どうやら僕は「誰かに見られたかな?」の感覚について、数十秒も思索に耽っていたらしい。詫びる僕を「そうも真剣に考えてもらえて私は嬉しかったよ、だから謝らないで」と諭し、千家さんはファイルに向き直った。
「このファイルは、猫将軍君に全てを打ち明ける時の資料として、去年から少しずつ書き進めて来たものなの。お礼にもなって、良かったわ」
 千家さんはいったん言葉を切り姿勢を正し、豊かな色彩を世に溢れさせようとしたという僕の見解へ、感謝の言葉を述べてくれた。「とんでもないです」「ううんこれは私の真情だから」と互いに頭を下げ合う数十秒を経て、白魚の指がファイル名を指さした。
「猫将軍君は、他選手への影響という個所を射抜くように見つめながら、思索に励んでいたよね。思い当たる事があるのかな?」
 時間があまり残されていないことを留意しつつ、思い当たる一つ目を僕は話した。当たっていたようね、と頷き千家さんはファイルをめくり、新忍道男子部員十三名の可視域拡大の予測図を映し出した。図の横線は左が一年生で右が六年生、縦線は下が赤外線で上が紫外線になっていた。
「猫将軍君との関りが短い一年生は、まだ誤差の範囲に留まっている。でも二年生以上は、誤差を逸脱して久しい。可視域の拡大が発生していると、教育AIも認めているわね」
 人の可視域は、赤外線の境界である750nmナノメートルから、紫外線の境界である380nmまでとされている。といっても個人差はもちろんあり、750nmから380nmまでの全域に実線が引かれている部員はおらず、皆がその少し手前で点線に替わっていた。千家さんによるとこの実線は、確実に見えている範囲を示しているのだそうだ。
「実線は言い替えると、モンスターと戦い始めたころの可視域、になるわね。けど猫将軍君と肩を並べて戦うにつれ、可視域拡大を要素に加えないと整合性が取れない事態が増えていったの。その拡大域を点線で示すと、点線の長さは、猫将軍君と同じチームになった回数に符合することが判明したわ」
 点線には共通する特徴があり、赤方向より紫方向へより長く伸びていた。3DGのモンスターは微量の赤外線を放射しているから、戦闘をこなすに従い赤方向へ伸びるなら道理に適うが、実際は逆の紫方向へ伸びていたのである。然るに戦闘回数以外の要素を探さねばならず、それに符号したのが、僕と同じチームになった回数だったのだそうだ。
「この図のとおり、赤外線まで点線が伸びている部員はいない。けどもし赤外線が見えたとしても、会場の上空に浮いていた猫将軍君を『猫将軍君』として捉えるのは不可能なの。猫将軍君の浮いている場所は空気の温度が上がるけど、それが起こるのは脳にあたる部分だけで、輪郭は上昇しない。つまり赤外線のみを知覚可能な人は、周囲より温度の高いボールが空中に浮いているようにしか、見えないのね」
 千家さんが述べたことは感覚的に知っていただけだったので、学術的説明へのお礼として、蠅の実験で得た脳の映像を千家さんの手の届く場所に映し出した。でも千家さんは予想に反し、「お礼をしている最中に予想外のプレゼントを出さないで」と慌てて目を手で覆う。だがそれは指の隙間から幾らでも見ることのできる覆い方だったため、そのお約束ぶりに、僕は失礼と思いつつも吹き出してしまった。
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