僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 予想に反し、ほっこり温かな笑顔の翔子姉さんが、
「お帰りなさい眠留」
 僕を玄関で出迎えてくれた。去年の五月末に人化を初めて成したころの翔子姉さんは「人外の美貌」と形容せずにはいられなかったが、今はそれが薄まり、「人とは俄かに信じがたい美貌」ほどになっている。それは翔子姉さんがより豊かな心を獲得した証なので、ほっこり温かな笑顔を向けられると、僕はいつもこんなことを考えてしまう。
 ――翔子姉さんが湖校生だったら、どんな二つ名を献ぜられたのかな?
 そしてどうもそれは、この姉にとっても多少気になる事柄らしい。約一週間前の四月三日、朝露の白薔薇が翔人だったことを初めて知った僕は、それを夕食時の話題に取り上げた。水晶の計らいで僕より一日早くそれを明かされるも、薙刀部の合宿に参加していたため話題にしようにもできなかった輝夜さんと昴は、待ってましたとそれに飛び付いた。そのさい翔子姉さんが、もとい小吉がふと顔を上げ、「今年の女子生徒の二つ名はもう決まったの?」と僕らに問いかけたのである。多少驚くも、湖校の目と鼻の先で十六年近く過ごしてきた小吉なら知っていて当然と思い直し、僕は今年の二つ名を告げようとした。が、それは叶わなかった。なぜなら、
「小吉も女の子だから気になるよね!」「ちょっと昴、誤解を招くようなこと言わないで」「小吉さん大丈夫、私も昴も誤解なんてしない。だって私達、女の子じゃない」「輝夜まで・・・でも降参かな。静香の二つ名が朝露の白薔薇に決まったと知ったとき、私とても嬉しかったから」「「「わかる~~」」」
 こんな感じに美鈴も加えた女子四人がキャイキャイ始めたと来れば、僕は開けた口を閉じるしかなかったのだ。けどそれは僕にとって、幸せな一時だった。小吉が初めて纏った女子特有の気配に、教えられたのである。猫であっても小吉が一人の女の子であることに変わりはなく、そして輝夜さんと昴がいれば、小吉は年頃娘だけに訪れるキラキラした時間を、存分に楽しめるのだと。
 ちなみに今年の二つ名は、四季島の蓮華。しかもその人は真田さんの恋人なのだけど、それはまた次の機会にして、僕は帰宅の挨拶をした。
「ただいま、翔子姉さん」
 続いて、
「翔子姉さんの二つ名は来年の四月までに、僕が一生懸命考えるからね」
 あの日以降、この姉の内面的美しさに触れるたび、僕はそう約束するようになった。気恥ずかしくてついつい軽い口調になってしまうのだけど、
「はいはい、期待しないで待ってるね」
 翔子姉さんも軽口で応じるから、それで良いのだと考えている。
 なぜなら僕は知っているからだ。
 パタパタパタ♪
 軽口で応じながらも、翔子姉さんのスリッパはその後しばらく、いつにも増して軽やかな音を奏でるのだと。
 その、軽やかな心浮き立つ音に先導され足を踏み入れた台所でも、
「「「お帰り~~」」」
 娘達の華やかな声が僕を出迎えてくれた。すると僕も、
「ただいま~」
 心労云々のあれこれを全部忘れ、すぐさまウキウキ気分になるのだから笑うしかない。まあこの子たちになら、全然いいんだけどさ。
 そして楽しい時間が数分経ったころ、
「眠留、昴、輝夜、大御所様のお呼び出しがあったわ。大離れに向かいなさい」
 翔子姉さんが、格調高くも柔和な声で僕らの出立を促した。輝夜さんと昴は思わず、
「「やった――!!」」
 と跳び上ってしまい、肩をすくめて不始末を詫びる。そのはずなのに詫びる方も叱る方もまるで正反対の表情をしてして、僕はそんな三人に、極上の笑みを浮かべたのだった。

 台所を後にするや、大離れでの席次の映像が水晶からテレパシーで送られてきた。三日前は罰を受ける者がいたためその者を先頭にして、つまり昴を三角形の頂点にして水晶と対面したが、今回は輝夜さんと昴が横並びでその後ろに僕が控えるという逆さまの形になっていた。映像が送られてきた際のほがらかな気配とその席次から、今回の対面が前回とは意味合いとしても逆さまであることを悟った僕らは、ますます足取り軽く大離れを目指した。
 昴、輝夜さん、僕の順で大離れのドアをくぐり、床に正座する。前回同様、戸を閉め切り照明が灯っていたが、窓を開け放ったお昼以上の明るく開放的な雰囲気に室内は満たされていた。
 ほどなく空中に、水晶のみが成しうる原光の渦が生じた。間を置かず反応したのは僕だけだったが、原光を目視できずともその清浄さを朧げに知覚できるようになったのか、渦の発生から半拍遅れて直弟子二人も居住まいを正した。その心根を寿ぐように、清浄そのものの原光に優しい波長が加わる。ハッとした二人は宙を見つめたまま三つ指つく。その健気さに原光は優しさを一段増し、そしてその中心に、優しさの根源たる水晶が出現した。限りない敬意と愛情を込め娘達が頭を下げる。僕もそれに倣い、上体を深々と折った。
 その後、水晶からお褒めの言葉を賜る時間がしばし続いた。直弟子二人は有頂天にならぬようあらん限りの自制心で己を律していたが、家族の愛情で語られた結びの言葉により、その努力は潰える事となった。
「最も高き波長へと続く最も細き道を、確信を持って歩むそなたらを観るのが、儂は嬉しくて誇らしくて堪らなかった。三人とも、お礼を言わせておくれ」 
 感極まり泣き崩れる二人の元へ移動し、水晶は茶目っ気たっぷりに言った。
「ふむふむ、この身では小さすぎて、愛弟子達を支えてやれぬようじゃ。大きな体になる故、二人とも気遣い無用じゃからの」
 ことさら強い光を放ち、水晶の輪郭がぼやけてゆく。と同時に、大きな大きな猫の姿が空間に浮かび上がってきた。少しずつ形を鮮明にしてゆく水晶の真身の、その余りの神々しさと美しさを、娘達は泣くことを忘れて見つめている。後方に控える形で真身降臨に臨んでいた僕は、今回が二度目だったことも手伝い、大離れ自体がいと高き波長へ移行してゆく様子をつぶさに観察することができた。半透明に揺らめく蜃気楼と化した大離れが、気づかせてくれる。あの日、真身を纏った水晶の背から降りた僕は、蜃気楼を通り抜けこの世界へ戻って来たのだと。
 その、本来なら全く異なる次元にいる存在が、愛情たっぷり娘達へ語りかけた。
「昴、輝夜、なにを躊躇っておる。気遣い無用じゃと申したであろう」
 姿は変われど、この上なく優しい水晶のいつもの声を耳にした娘達は、躊躇いを一瞬で飛び越え真身の首元に抱き付いた。そして、
「柔らかい!」
「ふかふか!」
「この世のものとは思えない!」
「天上の肌触り!」
「ああもう本当に!」
「「天国にいるみたい!!」」
 娘達は真身の首元を覆うひときわ豪華な長毛に顔をうずめ、頬ずりし、その言葉どおり天国にいるとしか思えない表情を浮かべた。「僕の時は一瞬で終わったし場所も額だったから二人ほどモフモフを堪能できなかったよ、良かったね」と胸中お祝いを述べていると、
 ――そのモフモフとは、この子らがしきりに頬ずりしている、これを指すのかの。
 水晶がテレパシーで問いかけてきた。その浮き立つ声音から、娘らと同じく水晶も天上の幸せを味わっていると知った僕は、三人に負けぬ笑顔でテレパシーを送った。
 ――はいそうです。年頃の女の子は特に、モフモフが大好きですね。
 そうかそうかと頷き、水晶は首元の娘達へ言った。
「そなたらは、この背に乗せた初めての子ではないが、この身でモフモフさせた初めての子じゃ。二人とも、それで勘弁してくれるかの」
「もちろんですお師匠様!」
「お師匠様のモフモフ、最高です!」
「「キャ――ッッ!!」」
 背に乗るよりこの方が断然いいとばかりに、娘達は頬ずりを繰り返す。
 そんな二人へ、僕は湧き上がってきた想いを呑み込んだ。それは、
 ――でもね二人とも、真身の背から眺めると、世界はまるで違って見えるんだよ。
 という想いだった。
 うっかり水を差し二人の幸せを妨げぬよう、いや水を差すのではなく対抗心を芽生えさせてしまわぬよう、僕はその想いをしっかり封印したのだった。
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