僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
410 / 934
十二章

愛し子ら、1

しおりを挟む
 それから約三時間後の、帰宅中。
 芹沢さんが寂しい想いをしていたかもしれない可能性を示唆する僕に、北斗は「香取さんがらみか」と、確認の意味での問いかけをした。コイツの脳味噌はマジどうなっているのだろうと呆れる間もなく、北斗は説明を始める。
「芹沢さんは去年の六月半ばから、体操の選択授業も取るようになった。それを知った時、新忍道サークルのお蔭で体育会系のノリに俺も乗っかれるようになったと話したら、芹沢さんは喜んでな。心構えを教えてほしいと訊く芹沢さんへ、心を開く機会を逃さないことと答えたら、それなら十組で鍛えたから自信あるって顔をパッと輝かせたよ。だから俺は心配しなかったし、実際その必要もなかったようで、楽しいし友達も大勢できたから今年も体操を取るって芹沢さんは先日嬉しげに話していた。香取さんの件を知ったら、芹沢さんは張り切って助けてくれるだろうな」
 俺の出番はないと思うが何かあったらいつでも言え、という言葉を別れの挨拶にして、北斗は自宅の玄関に消えて行った。駅へ向かう加藤さん、三枝木さん、そして新入部員の松井と竹の四人と別れた後の一分少々で、北斗は状況把握と回答を十全にしてのけたのである。
「とても及ばないと首を横に振った、香取さんが正しいのかなあ」
 僕はそう、溜息まじりに呟いた。それが、自分の低スペック脳への項垂れに繋がってゆく。
 けどそれは、別件の項垂れを誤魔化す格好の材料でもあったから、僕は自分の残念脳味噌を大袈裟に嘆きつつ、昨夕の出来事を振り返っていた。
      
 昨日の夕方。
 夕食の準備が整い食事を開始するまでの、ほんの僅かな時間。
 詰め寄る輝夜さんと昴と美鈴に堪りかね、僕は脱兎の如く台所から逃げ出した。
 が、台所を出てすぐの場所で待ち構えていた貴子さんと翔子さんに行く手を阻まれ、僕はすぐさま夕食の席に連れ戻されてしまう。幸い、といって良いのか微妙だが幸い、首根っこを掴まれ引きずられるという情けないにも程がある僕を目にした三人娘は追及を中断したため、それ以降はいつもと変わらぬ時間を過ごすことができた。三人娘は上座にいずとも賓客でなくとも本人達が意識せずとも、そこに彼女達がいる限り、場を支配する真の主役は彼女達となる。僕にとっては尚更そうだから、彼女達が楽しそうにしてさえいれば、それだけで僕は幸せに満たされるのだ。よってそのまま全てが元通りになると思われたが、それは甘かった。水晶が「今日の夕食はいつにも増して美味しいのう」と顔をほころばせるや、彼女達は料理中の出来事を嬉々として説明し、そしてその最後に「今度は逃がさないからね」という鋭い眼差しを僕に向けたのである。それに釣られ台所にいる全員が僕を見つめる中、三人娘は先程の状況をそっくりそのまま再現して、詰め寄った。
「眠留くんはどう思う!」
「眠留の意見を聴かせて!」
「時間がないんだからお兄ちゃん呆けないで!」
 あの時の気持ちを、僕はどう表現すれば良いのだろう。三人は怒っていたのではなく、また僕に非があった訳でもないのに、なぜ僕はああも逃げ出したかったのかを、あの時も今もまったく理解できないのである。ただそれでも大抵の場合、二回目は一回目より冷静に対処できるもの。その冷静さが活き、逃げ出したいという気持ちを押さえて僕は返答を必死で探し、そしてそれが奇跡を呼んだのだと思う。詰め寄る娘達へ、僕はこんな返答をした。
「一つの体に一つの心が宿る制限を撤廃する方法は、心を外側へ広げることと、心を内側へ収束することの、二通りがあるのかもしれない。事象の因果関係を最初から知覚できる能力はそのどちらでも獲得できるけど、外側は形而下けいじか的知覚力を鋭利にし、内側は形而上けいじじょう的知覚力を鋭利にするのかもしれない。外側へ広げた三人は料理という形而下を、内側へ収束させた僕は法則という形而上をそれぞれ担当し、そしてどちらも今回が初めての経験だったから、似通う部分を認めつつもピッタリ符合しないというもどかしさが、僕らの間に生じているのかもしれない」
 半ば自動的に口が動いたので、話し終えて初めて「かもしれない」を連発し過ぎたことに気付いた僕は、それを詫びようとした。
 でも、それが成される事はなかった。三人娘のみならず祖父母と翔猫たちもポカンとしていることに羞恥心が爆発したまさにその瞬間、水晶がこう呟いたからだ。
「年頃の少年少女の成長速度には毎度驚かされるが、ここ一年の眠留ほど儂を驚かせた若者は、かつて一人もおらなんだ。さすがは我が真身の背に乗せた、ただ一人の人間じゃのう」
 思わず真情を漏らしてしまったわい、というていを装っていても、それが通じるワケがない。水晶の真身に乗ったという事実が公表された途端、
 ガタンッッ
 テーブルが激しく揺れた。十六人掛けの大テーブルゆえ床から浮き上がりこそしなかったが、祖父母と三人娘だけで巨大なテーブルを大いに揺り動かしたのだから、水晶の呟きに五人がどれほど驚愕したかが知れるというもの。それだけでもいたたまれない気持ちが溢れてきたのに、当然と言えば当然なのだけど、それで終わるはずなかった。
「水晶に真身を見せてもらっただけでなく!」
「その背に、乗ったと言うのですか!」
「お師匠様の背中に乗ったの眠留くん!」
「眠留、今度ばかりは許せない!」
「お兄ちゃんの、無礼者!」
 という絶叫に近い言葉を祖父母と三人娘が放つなり、
「ごっ、御所の背に!」
「翔描になって三十年以上経っても、真身すら拝見したことないのに!」
「眠留あなた、自分がどれほど大それたことをしたか理解しているのですか!」
「シンミが何なのかオイラは知らないけど、眠留が不届き者だってことは、オイラにも理解できたのにゃ」
 翔猫たちからも非難され、僕は罪悪感ではち切れそうになってしまった。水晶のとりなしにより僕を否定する言葉や仕草こそ止んだが、感情というものは表面をどれほど取り繕おうと、外に染み出るのが人の常。その染み出た感情が昨夕から今朝にかけ重くのしかかった結果、僕の心は友人達が危ぶむほど、疲れ果ててしまったのだった。

 そして、今。
 思い出すだけで項垂れずにはいられない回想を終えた僕は、
「けどなあ」
 そう独り言ち、鳥居の手前で立ち止まる。そして顔を上げ、母屋の向こうの大離れを視野の中央に収めた。
「三日間のうち二日をお気楽に過ごしたのだから、残り一日を心労に苛まれて過ごしても、仕方ないよなあ」
 三日前、大離れで待つ水晶の元を訪れたさい、僕は昴と共に罰を受ける覚悟をしていた。にもかかわらずそれをすっかり忘れ、輝夜さんと昴が水晶の言いつけを守る様子を見物気分で眺めていたのだから、その分が追加されて当然。智樹と那須さんと香取さんという、新たに得たかけがえのない友人達のお蔭で、僕はそう考えられるようになったのである。ならせめて、
 ――三人に恥じぬ自分になるぞ!
 パンパンッッ
 頬を両手で小気味よく叩き、自分に喝を入れる。
 そして胸を張り歩幅を大きく取って、罰のクライマックスが待つであろう母屋を、僕は目指したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アドヴェロスの英雄

青夜
キャラ文芸
『富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?』の外伝です。 大好きなキャラなのですが、本編ではなかなか活躍を書けそうもなく、外伝を創りました。 本編の主人公「石神高虎」に協力する警察内の対妖魔特殊部隊「アドヴェロス」のトップハンター《神宮寺磯良》が主人公になります。 古の刀匠が究極の刀を打ち終え、その後に刀を持たずに「全てを《想う》だけで斬る」技を編み出した末裔です。 幼い頃に両親を殺され、ある人物の導きで関東のヤクザ一家に匿われました。 超絶の力を持ち、女性と間違えられるほどの「美貌」。 しかし、本人はいたって普通(?)の性格。 主人公にはその力故に様々な事件や人間模様に関わって行きます。 先のことはまだ分かりませんが、主人公の活躍を描いてみたいと思います。   どうか、宜しくお願い致します。

裕也の冒険 ~~不思議な旅~~

ひろの助
キャラ文芸
俺。名前は「愛武 裕也」です。 仕事は商社マン。そう言ってもアメリカにある会社。 彼は高校時代に、一人の女性を好きになった。 その女性には、不思議なハートの力が有った。 そして、光と闇と魔物、神々の戦いに巻き込まれる二人。 そのさなか。俺は、真菜美を助けるため、サンディアという神と合体し、時空を移動する力を得たのだ。 聖書の「肉と骨を分け与えん。そして、血の縁を結ぶ」どおり、 いろんな人と繋がりを持った。それは人間の単なる繋がりだと俺は思っていた。 だが… あ。俺は「イエス様を信じる」。しかし、組織の規律や戒律が嫌いではぐれ者です。 それはさておき、真菜美は俺の彼女。まあ、そんな状況です。 俺の意にかかわらず、不思議な旅が待っている。

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

どのみちヤられるならイケメン騎士がいい!

あーす。
BL
異世界に美少年になってトリップした元腐女子。 次々ヤられる色々なゲームステージの中、イケメン騎士が必ず登場。 どのみちヤられるんら、やっぱイケメン騎士だよね。 って事で、頑張ってイケメン騎士をオトすべく、奮闘する物語。

おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香
キャラ文芸
私、三浦由衣二十五歳。 付き合っていた筈の会社の先輩が、突然結婚発表をして大ショック。 不本意ながら、そのお祝いの会に出席した帰り、家の近くの神社に立ち寄ったの。 お稲荷様の赤い鳥居を何本も通って、お参りした後に向かった先は小さな狐さんの像。 狛犬さんの様な大きな二体の狐の像の近くに、ひっそりと鎮座している小さな狐の像に愚痴を聞いてもらった私は、うっかりそこで眠ってしまったみたい。 気がついたら知らない場所で二つ折りした座蒲団を枕に眠ってた。 慌てて飛び起きたら、袴姿の男の人がアツアツのうどんの丼を差し出してきた。 え、食べていいの? おいしい、これ、おいしいよ。 泣きながら食べて、熱燗も頂いて。 満足したらまた眠っちゃった。 神社の管理として、夜にだけここに居るという紺さんに、またいらっしゃいと見送られ帰った私は、家の前に立つ人影に首を傾げた。

あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない

有沢真尋
キャラ文芸
☆第七回キャラ文芸大賞奨励賞受賞☆応援ありがとうございます! 限界社畜生活を送るズボラOLの古河龍子は、ある日「自宅と会社がつながってれば通勤が楽なのに」と願望を口にしてしまう。 あろうことか願いは叶ってしまい、自宅の押入れと自社の社長室がつながってしまった。 その上、社長の本性が猫のあやかしで、近頃自分の意志とは無関係に猫化する現象に悩まされている、というトップシークレットまで知ってしまうことに。 (これは知らなかったことにしておきたい……!)と見て見ぬふりをしようとした龍子だが、【猫化を抑制する】特殊能力持ちであることが明らかになり、猫社長から「片時も俺のそばを離れないでもらいたい」と懇願される。 「人助けならぬ猫助けなら致し方ない」と半ば強引に納得させられて……。 これは、思わぬことから同居生活を送ることになった猫社長と平社員が、仕事とプライベートを密に過ごし、またたびに酔ったりご当地グルメに舌鼓を打ったりしながら少しずつ歩み寄る物語です。 ※「小説家になろう」にも公開しています。

便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~

卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。 店主の天さんは、実は天狗だ。 もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。 「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。 神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。 仲間にも、実は大妖怪がいたりして。 コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん! (あ、いえ、ただの便利屋です。) ----------------------------- ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。 カクヨムとノベプラにも掲載しています。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...