僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十章

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「猫将軍、合格。残り時間は、AIの指示に従いなさい」
 先生が後ろから僕の肩を叩いた。訳が分からず呆けていると先生のアシスタントAIが3Dで現れ、僕を教室の隅に誘導し、種明かしをしてくれた。
「人は料理を、一人では作れません。様々な調理器具の力を借り、調理器具と二人三脚で作るのが、料理なのです。それを肌で学ぶべく、先生はあなた達を洗い場に立たせ、厨房へ連れてゆき、再び洗い場に立たせました。あなたはその、初合格者だったのです」
 それを聴いている最中、輝夜さんが僕の隣に座り同じレクチャーを受け始めたので、昴への感謝の気持ちで僕は一杯になってしまった。僕ごときが輝夜さんより早くここに連れてこられたのは、一から十まで昴のお蔭。昴が調理器具を洗う姿に、調理師さんのそれがピッタリ重なったからこそ、僕は初合格者になれたのである。胸に迫る想いを百面相で凌ぐ僕に、何かを感じたのだろう。「できれば話して頂けませんか?」と請うアシスタントAIへ、もったいなさ過ぎる幼馴染と、同じくもったいなさ過ぎる妹について僕は話した。AIは全身で頷き、「幼馴染と妹さんへ恩返しをしたいなら、高難度カリキュラムを組まねばなりません。覚悟はできていますか」と厳格な声を投げかけてきた。僕は胸を張り、どんな困難にも打ち勝ってみせると誓った。その時の話題が出るたび、僕の放出した気に当てられ教室にいた皆が一斉にビクッとしたことを輝夜さんが暴露するので、僕は毎回必ず北斗達からもみくちゃにされてしまう。まあでも、みんな僕を応援してくれるし、何より昴が嬉しげに微笑んでくれるから、それでいいかなと僕は考えている。
 アシスタントAIと相談して決めたカリキュラムは一見厳しそう思えたが、実際にやってみると予想より断然楽だった。当初僕はその理由を、翔刀術の過酷さに求めた。翔刀術と比べたら苦労を感じないのだろうと、見当を付けていたのだ。しかし程なく、それは間違いだったことを知った。翔刀術で培った身体能力は、調理器具の精密操作を大いに助けてくれた。翔刀術で磨いた五感の鋭さは火加減や味付けに役立ち、同じく肉体と精神の耐久力は下拵えなどの地道な作業に効果を発揮してくれた。そう翔刀術は、料理と対比させるような、離れた場所にある無関係の技術ではなかった。翔刀術は、美味しい料理を作ることに活かせる、僕の財産だったのである。
 それに気づいてからは、料理の授業は厳しい要素など欠片もない、喜びと嬉しさの溢れる時間になっていった。すると興味深いことに、味と出来映えが変わった。僕ごときの作る料理ゆえそれはほんの些細な変化だったが、先生と輝夜さんはそれをきちんと知覚し、かつその理由を教えてくれた。「自分の味覚の起源を知った猫将軍は、精進次第で恩返しを叶えられるかもな」 嬉しげにそう言って僕の肩を叩く先生と、「昴の料理を長年食べてきた眠留くんに先を越されるのは当然だけど、当然だけど~」と悔しがる輝夜さんが、教えてくれたのである。僕の味覚の土台は昴の料理で、そして昴の料理の土台は、僕に作ってくれたお惣菜にあったのだと。
 小学三年生の一月から二月に掛け、僕は食欲を失っていた。ベッドの中で丸くなり体をほとんど動かさなかったのが功を奏し、無理やり飲まされる流動食だけで生きながらえていたが、あの状態が続けば、体重の落ち続けていた僕は遠からず危険な状況に陥っただろう。けど僕は、そうならなかった。北斗と昴がそばにいる時だけ、僅かな空腹を覚えたからだ。それを知った北斗がおにぎりを、昴がお惣菜を作ってくれて、僕らは毎日夕食を共にした。料理の才能に目覚めた昴は驚愕すべき速度で腕を上げてゆき、それに触発された北斗が「おにぎり道」なるものを創設したことは、夕食に笑いをもたらした。体にとっても心にとっても、あの夕食は僕の命の源だった。だがそれだけではなかった事を、料理教室の授業が教えてくれた。あの頃の僕が唯一「美味しい」と感じたのは、昴のお惣菜だった。それを察したからこそ北斗はおにぎり道を創設し、それをネタにすることで食卓に唯一の「笑い」をもたらしてくれていたのだけど、それでも口に含んだ瞬間「美味しい」と感じさせてくれたのは、昴の料理だけだった。然るにそれは、僕の味覚の土台となった。命に係わるほど栄養が枯渇していたのに食欲がまるで湧かない体が唯一求めたその料理は、細胞や神経の原料となることで、僕の味覚を新たに造り直していたのである。
 そしてそれは、昴も同じだった。昴の母親が僕をとても可愛がってくれたように、僕の母も昴をとても可愛がっていた。よって母が他界した時は昴も心を激しく揺さぶられただろうに、昴はそれを、僕に食事をさせる原動力として使ってくれた。僕は昴ではないから昴の心の詳細はわからないが、しかしそれでも、体重が減り続け会うたびにやつれてゆく僕を昴がどれほど案じたかなら、確信を持てる。激情を胸に秘めた昴が僕を餓死させないためどれほど心を尽くしたかなら、揺るぎない自信を持てる。昴は真に己の全てをかけ、美味しい料理を作ることを願い、それを実行し続けた。それが実り、僕は別れ際、明日もお惣菜を食べたいと伝えるようになった。思い返すと、それが契機だった。それを境に、昴は驚異の速度で料理技術を向上させて行った。だから、土台となった。僕の命を繋いだお惣菜を通じ、心を込める喜びと美味しいと言ってもらえる嬉しさを知った昴は、その二つを、料理の土台として確立したのである。
 これが、僕の味覚の起源。味覚のルーツとも呼べるそれを、先生は僕の料理の変化から、知覚してくれたのだ。
 後で知ったのだけど、輝夜さんから先生の人となりを聞いていた昴は、輝夜さんと一緒に職員室を訪れ、先生と様々な話をしたという。その過程で昴が料理を作るきっかけになった小学三年生の出来事を知り、先生はしみじみこう言ったそうだ。
「猫将軍が料理に臨む姿には、天川の面影があった。そしてそれがとうとう味に出た時、味覚の起源という言葉を彼にかけたが、それは正解だったらしい。教育者としても料理の道を行く者としても、ほっとしたよ」
 昴は、大層胸を打たれたのだろう。個人プロフィールの将来の目標を、料理関係という漠然としたものから「研究学校の料理の先生」という具体的な職業へと変えた。それは七月初旬のことで、それについて尋ねたから僕は職員室の話を知れたのだけど、夕食の話題として取り上げたためそれは家族全員の前で明かされてしまった。良い話だと頭では理解していても僕はお尻がむず痒くて仕方なく、そしてそれを知っているからこそ皆はその話を延々とし続け、僕は大汗をかくハメになったのだった。
 豊川先生と昴の交流はその後も続き、教育者になるという将来の目標が確固たるものとなっていった昴は、五分プレゼンの題材にもそれを選んだ。美鈴に料理を教える様子から、昴は教育者としても優秀だと何年も前に気づいていた僕は、それに賛成した。輝夜さんが手を叩いて喜んだこともあり、昴は張り切ってそれに臨んだ。しかしいざ始めてみると、壁が次々現れ昴を阻んだ。まず立ちふさがったのは、冷凍食品の世界的開発者という身分を伏せねばならない事だった。これまで私的に料理を教えてきた美鈴と輝夜さんと芹沢さんはそれを知っていたから、冷凍食品の開発者として得た技術と知識を惜しみなく提供できたが、五分プレゼンはそうはいかない。昴にとっては無数のコツの一つでしかなくとも、それは法的には特許に他ならず、不特定多数の目に触れるプレゼンに盛り込むと、100%の確率で昴の素性が割れてしまう。世界的ヒット商品を数多く生み出し莫大な利益を得ているのが十三歳の少女であることは、たとえその少女が薙刀の天才だろうと伏せるに越したことは無い。しかもそれが、飛び切りの美少女なら尚更だ。警察庁のSランクAIが保安上の理由からそれを推奨した事もあり、昴は五分プレゼンに、ささやかなコツさえ盛り込むことができなかったのである。
 だが、それはまだいい。美味しい料理を作るために必要な四番目の要素でしかない技術と知識を紹介できずとも、より大切な三要素を十全に伝えられれば、不満を感じなかったはずだからだ。しかし昴は、それも諦めざるを得なかった。三番目に大切な、
 ――調理器具の声を聴く
 に限ってはまだ希望があった。豊川先生の授業の基礎を成す「料理は調理器具と二人三脚で作るもの」を会得した生徒なら、抵抗なく受け入れると思われるからだ。とはいえそれ以外の生徒には不可解な話に相違なく、そして先生の生徒をもってしても二番目に大切な、
 ――食材の声を聴く
 には疑念を覚えるのが正直なところだろう。昴がありったけの熱意でその二つを説明したとしても、社会通念上それは、オカルトにすぎないのである。
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