僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

第八寮、1

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「なにっ、猫将軍は寮生活に憧れているのか!」
 寮への道すがら、福井がさも嬉しげな顔を僕に向けた。湖校入学を機にサッカーを始めた福井は、僕がサッカー部に初参加したさい、最初に声を掛けてくれたメンバーの一人だ。その上、なぜか非常に馬が合った僕らは、一対一や三対三で頻繁にコンビを組んでいた。そんなヤツがこうも嬉しげな顔を浮かべたものだから、僕は有頂天になって答えた。
「うん、憧れるよ、憧れないわけないじゃん!」
 それは理由も何もない、感情をストレートに伝えただけの返答だった。けどかえってそれが、寮生達の琴線に触れたらしい。「やっぱお前は話のわかる漢だな」と、僕は八人の寮生から漢認定されるという名誉に浴したのだった。
 概して寮生の多い研究学校の中でも、湖校はとりわけ寮生が多い。全国六十の研究学校の中で三位の、寮生率40%という数値を誇っている。一位の種子島と二位の帯広は寮生率が高くて当然の立地なので湖校は事実上、寮生が最も多い研究学校として認知されていた。それは自立と自律を重んじる湖校生にとって誇るべき特色であり、よって寮の話題は生徒間で普通に交わされていたが、それでも「なら寮に入れよ」との発言が成されることは滅多になかった。家族から離れて暮らすのは十代前半の僕らに極めて大きな決断を強いるというのは、小学校を卒業してすぐの子供にもわかる事。然るに入寮や退寮を軽はずみに口にすべきでないと、研究学校生は入学時に教えられていたのである。
 とはいえ何事にも例外はあるし、またそう教えられているのは研究学校生のみなため、そんなことにこだわっていたら身が保たないという現実もあった。研究学校生になって五カ月しか経たない僕ですらたちに「なぜ入寮しないんだ?」とかれこれ十回以上訊かれているのだから、この学校に六年間在籍することを考えれば、拘ったら身が保たないと思うようになったのである。加えて、その質問をせずにはいられない親達の胸中に気づいた事も、そう思うようになった大きな理由と言えた。「うちの子もひょっとすると小学校を卒業するなり、自分のもとを離れてしまうかもしれない」という想いに居ても立ってもいられなくなる親がいるのは、寮生の親達がそうであったように、自然な事だからね。
 よって入寮に関する質問をされた時は、「僕の家は神社で手伝いを沢山しなければならないのですが、家族の中で一番出来の悪い僕は修行することが多すぎて、寮生活をしたくてもできないのです」と無難に答える事にしていた。翔人の話を伏せていてもそれは紛れもない事実なので、僕はその返答を抵抗なく口にしていた。けど、八人の寮生と一緒にいる今は、それを言ってはならない気がしきりとしていた。正確には、真山だけにはダメだとなぜか強く思っていた。真山も同じ気持ちだったかは判らないが、寮への憧れの話題が、真山主導で今日の練習試合へと替えられたことを勘案するに、それは間違いではなかったのだろうと僕は感じている。

 そうこうしている内、僕らは寮エリアに着いた。夏休み序盤、寮エリアの先の中央図書館に日参していた僕にとって、そこは訪れるのが初めての場所では決してなかったのだけど、それでも僕は今、高まる期待に胸を膨らませていた。そのせいで立ち止まってしまった僕に、福井が不可解な話を振った。
「次は休みの前日に来いよ、猫将軍」
「へ、なんで?」
 意味がわからず聞き返す僕に、やっぱり知らなかったかと彼は肩をすくめた。
「自分の寮じゃない別の寮で飯が食えるのは、休日のお昼だけなんだよ」
「ええ~~っっ、みんなと夕飯を囲むの、僕メチャクチャ楽しみにしてたのに!」
 猛と真山はもちろん、陸上部とサッカー部で仲良くなった奴らと一緒に夕ご飯を食べられるのだと無邪気に信じていた僕は、心底落胆した。そんな僕を、
「そんなに落ち込むなよ」「世界の終わりのように項垂れるなよ」「また次来ればいいじゃんか」「そうだ、また来いよ猫将軍」「待ってるからな!」
 と皆が慰めてくれた。そのお蔭でショックは冷めずとも立ち直ることが何とかできたのだけど、
「じゃあな猫将軍」「あばよ猫将軍」「またな猫将軍」
 そう言い残し、三人が寮へ去って行ったのは堪えた。しかもそのうち一人は真山と同じ第八寮生なのに、「第一寮に用事があるから」などとほざいた福井だったので、僕はせわしなく右へ左へ体を向けオロオロしてしまった。それを憐れんだ真山が残っている四人に呼び掛け、皆を去ってゆく順に並ばせてくれたお陰で、それ以降は別れの挨拶をきちんと交わすことができた。僕は二度とオロオロもせず、真山と猛が籍を置く第八寮に辿り着くことができたのだった。

 湖校は、三つのエリアに分かれている。一つは一年生から三年生までが通う、第一エリア。もう一つは四年生から六年生までが通う、第二エリア。そしてその二つを繋ぐ位置にあるのが今僕のいる、寮エリアだ。寮エリアは二つのエリアの連結部という事もあり、広々とした道が中央を貫いている。その道を挟み、八つの寮が東側と西側にそれぞれ四棟ずつ建てられているせいか、下見に来た親達は大抵「どっちが男子寮でどっちが女子寮なの?」と質問するらしい。よって案内役の上級生は「湖校では一つの寮の東側を男子寮、西側を女子寮にしています」と答えるのが常で、すると親達は必ず不安げな表情になると言う。しかし男子寮と女子寮の間の隙間を指さし、一階の食堂を除き男女は完全な別棟で暮らすことを説明すると、親達は一様に安堵の顔を浮かべるそうだ。そして男の子を入寮させる親は東の男子昇降口から、女の子を入寮させる親は西の女子昇降口からそれぞれ寮に入るのだけど、寮生のほとんどは食堂中央の非常口から「寮に帰る」と猛は話していた。昇降口ではなく非常口を使う理由もさることながら、それより「寮に帰る」という言葉で親と自分達を明確に区別した理由を知りたがった僕に、
「その方が座りがいいんだよ」
 と猛は頬をポリポリ掻きつつ答えた。それは猛が気恥ずかしさを隠す時の仕草だったので話題を替えた事もあり、区別の真相を僕は未だ知らずにいる。それが今ようやく判明するのだと、胸を躍らせて非常口を目指していた僕へ、真山がひょいっと顔を向けて訊いた。
「スリッパとビニール袋は、持ってきたかい?」
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