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六章
最後のサッカー部
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「猫将軍、またいつかな」
先輩方が僕の背中を叩き、部室を去ってゆく。
「猫将軍、また明日な」
同級生達が僕の背中を叩き、部室を去ってゆく。
その光景は僕の心の湿度を急上昇させたため、それが瞳で結露することの無いよう、僕は顔に百面相を強いつつ別れの挨拶をしていた。
のだけど、最後に残った猛と一緒に部室を出たところで大勢の女子部員に、
「猫将軍君、またいつかね」
「猫将軍君、また明日ね」
そう言葉を掛けてもらえた僕の心は、とうとう露点に到達してしまった。女性達に勢いよく頭を下げたのち、本来予定の無かったシャワー室へ、僕は逃げ込んだのだった。
けれどもシャワー室は、緊急避難場所として正解だったらしい。冷水を浴び続けた僕は比較的短時間で、心の湿度を通常値に戻せたのである。僕は気持ちを新たに、サッカー部の部室へ駆けて行った。
男子サッカー部は夏休み最後の日を、部員同士の練習試合に充てるのが伝統だった。いつも隣り合って練習している女子サッカー部は同じことを昨日の内にしていたので、男子サッカー部は第一グラウンドの北半分に学年毎のフィールドを作り伝統に臨んだ。それは20分しかない短い試合でも、後先考えずひたすら全力を尽くすというルールと、試合間休憩を五分しか設けないというルールの相乗効果により過酷極まる時間となった。一年生部員は僕を入れて丁度二十二人だった事もあり、僕は計六回の試合でフォワードとミッドフィールダーとディフェンダーに二回ずつなった。得点こそ無かったもののパスを重点的に鍛えたことが活き、アシストを六回成功させた。そのうち五回は真山のアシストだったため早々にマークされてしまい、最後の一本はすこぶる付きに厳しかった。それでも僕は四人のディフェンダーの裏をかき真山にパスをつなぎ、真山はそのボールをゴールに叩きこんでくれた。喜びと達成感と疲労に加え、仲間チームと相手チームの区別なく揉みくちゃにされたせいで、僕は半分死にそうになってしまった。
それが、五試合目中盤の出来事。そしてそれ以降、僕の活躍の機会は訪れなかった。体力が、尽きてしまったのである。それは僕に限ったことではなく、全員に当てはまる現象だった。僕らは気力で五試合目を終えるも、その気力も最後の六試合目で枯渇した。試合とは到底呼べない惰性の一歩手前で、僕らはプレーしていた。だがその時、
「先輩方を見ろ!」
気迫あるプレーをただ一人続けていた真山の怒声がグラウンドに響いた。僕らは弾けるように先輩方へ顔を向けた。二年の先輩方が、隣のフィールドで気力を振り絞ったプレーをしていた。三年の先輩方がその向こうで、夏の最終日を一瞬も無駄にするものかと全力全開のプレーをしていた。ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。僕は、なんて愚かなことをしていたんだ!
「ウオオ―――!!!」
誰かが吠えた。そう、それは誰ともつかない、自分自身への怒声だった。なぜなら一年生の誰もがその時、同じように吠えていたからだ。僕は脇目も振らずボールへ駆けて行った。時間もポジションも練習試合であることも忘れ、僕らはボールを追い続けた。そしてディフェンダーをしていたはずの僕が、相手チームのディフェンダーである真山とゴール前で死闘を繰り広げている最中、試合終了のホイッスルが鳴った。一人残さずフィールドにぶっ倒れ、呼吸の苦しさに喘ぐだけの数十秒を過ごした。けどふと、心地よい温かさを背中に感じ、瞼を開けた。
夏の初めとは明らかに異なる、夕暮れの兆しに染まる空が、視界いっぱいに広がっていた。
サッカー部の皆と過ごした最初で最後の夏を締めくくるこの空を、僕は一生忘れない。
サッカー部員総出でグラウンドの整備を終えた。
練習後のグラウンド整備は普段は一年生の仕事だが、誰言うことなく僕らは総出でそれを終わらせた。そして、
「グラウンドに、礼!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
誰言うことなく再び集合した僕らは再度、グラウンドへ感謝を捧げる。
これをもち、僕の夏はすべて、終わったのだった。
何もかも出し尽くして練習したから今回は湿っぽくならないだろうな、という僕の予想は半ば当たり、そして半ば外れた。当初は予想どおり、皆いつもよりカラッと乾いた空気で帰り支度をしていた。けど半ばを過ぎたころ、「来年の夏は眠留にアシストしてもらえないんだな」と真山が呟くや、外れに転がり落ちた。僕はヘッドロックとくすぐりの集中砲火を浴びるハメになり、そのくすぐのせいで目尻に溜まった笑いの涙を、
「泣くなよ猫将軍」
と誰かが誤解した。それを皮切りに一年生部員全員が、すすり泣きを始めてしまったのである。もともと涙腺のゆるい僕に、それが飛び火せぬ訳がない。僕らは土手の上、帰宅組と寮組に分かれ手を振り合うまで、湿っぽい空気をまとい続けた。
でもまあ最後は、
「また明日な~」
「猫将軍、また明日会おうな~」
「「「じゃあな~~!!」」」
といつも以上に明るく手を振り合えたのだから、結果オーライという事でいいんじゃないかと、僕は考えている。
先輩方が僕の背中を叩き、部室を去ってゆく。
「猫将軍、また明日な」
同級生達が僕の背中を叩き、部室を去ってゆく。
その光景は僕の心の湿度を急上昇させたため、それが瞳で結露することの無いよう、僕は顔に百面相を強いつつ別れの挨拶をしていた。
のだけど、最後に残った猛と一緒に部室を出たところで大勢の女子部員に、
「猫将軍君、またいつかね」
「猫将軍君、また明日ね」
そう言葉を掛けてもらえた僕の心は、とうとう露点に到達してしまった。女性達に勢いよく頭を下げたのち、本来予定の無かったシャワー室へ、僕は逃げ込んだのだった。
けれどもシャワー室は、緊急避難場所として正解だったらしい。冷水を浴び続けた僕は比較的短時間で、心の湿度を通常値に戻せたのである。僕は気持ちを新たに、サッカー部の部室へ駆けて行った。
男子サッカー部は夏休み最後の日を、部員同士の練習試合に充てるのが伝統だった。いつも隣り合って練習している女子サッカー部は同じことを昨日の内にしていたので、男子サッカー部は第一グラウンドの北半分に学年毎のフィールドを作り伝統に臨んだ。それは20分しかない短い試合でも、後先考えずひたすら全力を尽くすというルールと、試合間休憩を五分しか設けないというルールの相乗効果により過酷極まる時間となった。一年生部員は僕を入れて丁度二十二人だった事もあり、僕は計六回の試合でフォワードとミッドフィールダーとディフェンダーに二回ずつなった。得点こそ無かったもののパスを重点的に鍛えたことが活き、アシストを六回成功させた。そのうち五回は真山のアシストだったため早々にマークされてしまい、最後の一本はすこぶる付きに厳しかった。それでも僕は四人のディフェンダーの裏をかき真山にパスをつなぎ、真山はそのボールをゴールに叩きこんでくれた。喜びと達成感と疲労に加え、仲間チームと相手チームの区別なく揉みくちゃにされたせいで、僕は半分死にそうになってしまった。
それが、五試合目中盤の出来事。そしてそれ以降、僕の活躍の機会は訪れなかった。体力が、尽きてしまったのである。それは僕に限ったことではなく、全員に当てはまる現象だった。僕らは気力で五試合目を終えるも、その気力も最後の六試合目で枯渇した。試合とは到底呼べない惰性の一歩手前で、僕らはプレーしていた。だがその時、
「先輩方を見ろ!」
気迫あるプレーをただ一人続けていた真山の怒声がグラウンドに響いた。僕らは弾けるように先輩方へ顔を向けた。二年の先輩方が、隣のフィールドで気力を振り絞ったプレーをしていた。三年の先輩方がその向こうで、夏の最終日を一瞬も無駄にするものかと全力全開のプレーをしていた。ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。僕は、なんて愚かなことをしていたんだ!
「ウオオ―――!!!」
誰かが吠えた。そう、それは誰ともつかない、自分自身への怒声だった。なぜなら一年生の誰もがその時、同じように吠えていたからだ。僕は脇目も振らずボールへ駆けて行った。時間もポジションも練習試合であることも忘れ、僕らはボールを追い続けた。そしてディフェンダーをしていたはずの僕が、相手チームのディフェンダーである真山とゴール前で死闘を繰り広げている最中、試合終了のホイッスルが鳴った。一人残さずフィールドにぶっ倒れ、呼吸の苦しさに喘ぐだけの数十秒を過ごした。けどふと、心地よい温かさを背中に感じ、瞼を開けた。
夏の初めとは明らかに異なる、夕暮れの兆しに染まる空が、視界いっぱいに広がっていた。
サッカー部の皆と過ごした最初で最後の夏を締めくくるこの空を、僕は一生忘れない。
サッカー部員総出でグラウンドの整備を終えた。
練習後のグラウンド整備は普段は一年生の仕事だが、誰言うことなく僕らは総出でそれを終わらせた。そして、
「グラウンドに、礼!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
誰言うことなく再び集合した僕らは再度、グラウンドへ感謝を捧げる。
これをもち、僕の夏はすべて、終わったのだった。
何もかも出し尽くして練習したから今回は湿っぽくならないだろうな、という僕の予想は半ば当たり、そして半ば外れた。当初は予想どおり、皆いつもよりカラッと乾いた空気で帰り支度をしていた。けど半ばを過ぎたころ、「来年の夏は眠留にアシストしてもらえないんだな」と真山が呟くや、外れに転がり落ちた。僕はヘッドロックとくすぐりの集中砲火を浴びるハメになり、そのくすぐのせいで目尻に溜まった笑いの涙を、
「泣くなよ猫将軍」
と誰かが誤解した。それを皮切りに一年生部員全員が、すすり泣きを始めてしまったのである。もともと涙腺のゆるい僕に、それが飛び火せぬ訳がない。僕らは土手の上、帰宅組と寮組に分かれ手を振り合うまで、湿っぽい空気をまとい続けた。
でもまあ最後は、
「また明日な~」
「猫将軍、また明日会おうな~」
「「「じゃあな~~!!」」」
といつも以上に明るく手を振り合えたのだから、結果オーライという事でいいんじゃないかと、僕は考えている。
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