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六章
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「スリッパとビニール袋は、持ってきたかい?」
一瞬呆けるも、HAIの指示でその二つをバッグに入れたことを思い出し、慌ててそれを取り出した。にっこり微笑む真山に先導され、僕はワクワク顔で非常口に近づいて行った。
が、僕のワクワク顔はある場所を境に、理由のまるで異なるワクワク顔へと変わった。非常口を中心に半円を描いて広がるスロープまであと少しという場所で、美味しそうな匂いが鼻孔を直撃したのである。
「食欲をそそる匂いだろ」
「うん、胃にガツンとくる匂いだね」
どこか誇らしげな真山に、僕は胃の上を両手で押さえて答えた。にっこり顔にますます磨きをかけ、真山は続けた。
「こうなると逸る気持ちを抑えきれなくなるのだけど」
「うんうん、なるのだけど?」
「ルールを破ると非常口を三日間使わせてもらえなくなるから、落ち着いてね眠留」
「どわっ、はい落ち着きます、落ち着きますったら!」
言葉とは裏腹の僕の様子に、真山は麗しさの極みたる笑みを零した。より落ち着きをなくさせる、その宝玉のような笑みを目の当たりにしたお蔭で、僕はルール違反への動揺をうっちゃる事にめでたく成功する。道すがら教えてもらった非常口での作法を頭の中でおさらいしつつ、僕はスロープを昇った。
それは非常口とは思えない、大きくて立派な出入り口だった。屋根と壁にきちんと囲まれた幅12メートルの入り口をまたぐと、木をふんだんに用いた奥行4メートル、高さ7メートルの空間が現れた。しかもその入り口は、食欲をそそる美味しそうな匂い付きで、僕を出迎えてくれたのである。思わず「ただいま」と口ずさみそうになる温かなその気配に、こりゃ猛が寮に帰るって言って当然だよなと、僕は心から納得したのだった。
重厚な天然木で作られた上り框を避け、その向こう側にスリッパを置き足を通す。クルッと振り返り靴を手に取り、ビニール袋に入れる。袋の口を手際よく閉じてから、僕は食堂に足を踏み入れた。そこで目にした光景に、非常口で醜態を晒さなかったことへの安堵を忘れ、僕は呟いていた。
「うわあ広いね、それに落ち着くね」
40メートルほどの奥行と、80メートル以上ある横幅と、高さ7メートルの食堂は、木を基調に内装を施されていた。淡い光を放つ床こそ人工大理石だが、壁は基本的に木製で、目にとても優しかった。シャンデリアを模した照明がキラキラ輝くこの広々とした食堂を、僕は一瞬で好きになったのである。
「気持ちは解るし誇らしくもあるけど、こっちに来て。人はいなくても入り口に立ちつくすのは、マナー違反だからさ」
高い声と低い声で和音を奏でたような真山の声に促され、右へ歩を進める。壁際の邪魔にならない場所に立ち、真山は食堂の説明をしてくれた。
「第八寮には今、268名の寮生がいる。椅子は定員の288脚あるから座る場所がなくなる事はないけど、朝はそれなりに混むから注意が必要だね。36人掛けの長テーブルが東西に四台ずつあって、東側が男子で西側が女子。ただ夕食と休日の昼食だけは別で、長テーブルの南側半分は男女の区別なく座れることになっている。十組の女の子たちは皆、眠留と一緒に食事ができることを、凄く楽しみにしていたよ」
いやいやそれは僕じゃなく、真山と一緒なのが嬉しいんだろという僕の突っ込みに、真山は「いや~」と照れていた。真山の事だからきっと、女の子にわんさか囲まれて夕ご飯を食べているんだろうなと思っても嫌味の一つも湧いてこないのは、真山の特別な事情を僕だけは知っているからだ。女の子の顔が案山子に見えていたという、彼の事情を。
なんてことを考えていた僕の耳元に口を寄せ、
「安心して。この寮の子たちは先輩方も含めて全員、普通になったから」
真山はそっと囁いた。それに照れてしまったことを誤魔化すべく、僕は自分でも意味不明な理由をでっちあげ、真山をヘッドロックした。
「なにっ、なら美鈴に変わって、僕が真山をお仕置きしてくれる!」
「えっ、ええっ、えええっっ!」
けど予想を大きく外れ、真山は顔を真っ赤にして大慌てになった。
その慌てぶりに普段の自分を見た気がした僕は、この友がいつも僕にしてくれるように、ありったけの笑顔で真山をヘッドロックしたのだった。
とその時、
「俺も混ぜやがれコノヤロウ!」
寮での再会を待ちわびていたもう一人の友が乱入してきた。やあ猛、と挨拶した僕へ、
「で、コイツは何をやらかしたんだ?」
早くも真山のわき腹をくすぐりまくっている猛は、さも楽しげに訊いてきた。僕は芝居っ気たっぷりに眦を釣り上げ答える。
「その説明は後回しにするとして、僕は今、美鈴の代わりに真山をお仕置きしてるんだよ」
そのとたん、
「コノヤロウ! 俺が美鈴ちゃんからどれだけ世話になってると思ってやがんだ!」
芝居っ気の欠片もなく眦を釣り上げた猛はくすぐりを直ちにやめ、真山に卍固めを仕掛けようとした。腹ペコ状態で月に四度夕ご飯を食べにくる育ち盛りの猛の、その膨大な食事を毎回にこにこ顔で作る美鈴を、猛はとても大切にしてくれていた。美鈴が大の果物好きと知るなり、猛は果樹園を営む宮崎の実家に事情を説明し、最高品質の果物で埋め尽くした荷物を毎月送るよう頼んだ。それ以来我が家では、日差しをたっぷり浴びて育った味も香りも格別なフルーツが、台所のテーブルに毎日並べられるようになった。美鈴の喜びようと言ったらなく食べる時はもちろん、色鮮やかな果物を眺めているだけの時も、いつも幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。そんな美鈴を目にするたび、祖父母は瞳を潤ませていた。生命力溢れる年頃の孫娘が、同じく生命力溢れる瑞々しい果物を嬉しそうに眺める光景は、言葉では語り尽くせない喜びを祖父母へもたらしたのである。そんな三人の様子に猫達も負けず劣らず大喜びしたため、猛は我が家を訪れるたび、家族総出の大歓迎を受けていた。兄として孫としてそして友として、これほど嬉しい事は滅多にない。真っ白い歯と日焼けした肌に短髪がよく似合う、苦み走った顔と底抜けの笑顔を併せ持つこの漢の友になれた幸運を、僕は胸の奥深くで常に感じているのだった。
とはいえ、鞭のようにしなる筋肉と豊富なバネに恵まれた猛が本気モードの卍固めを真山に繰り出そうとする光景は、ヘタレの僕をヘタレモードへ移行させてしまった。だって真山も僕にとって、かけがえのない大切な友だからね。
という僕の心中を察知したのか猛はピタリと動きを止め、真山に尋ねた。
「そう言えば、お前いつの間に、美鈴ちゃんと連絡を取り合えるようになったんだ?」
僕は頭が真っ白になった。ええっ、二人は連絡を取り合ってないの??
「そ、そんなこと俺にできる訳ないだろ! だってあの子は、あの子は・・・」
真っ赤な顔でしどろもどろの真山に、再度いつもの自分を見た気がして胸がほっこりするも、ここは兄として厳格な対応をせねばならぬと己を叱咤し、作り顔で猛へ問いかけた。
「猛、それどういう事?」
「ああコイツは、美鈴ちゃんにだけはマジピュアでな。メアドさえ聞けない自分の不甲斐なさを、俺はコイツから何度打ち明けられたか知れん」
完成間近の卍固めをほどき、仰天必死の真実を猛は明かした。せっかく作った厳格顔を完全放棄し仰天真最中の僕へ、今度は猛が問う。
「そう言えば、お前はなんで、コイツにお仕置きをしてたんだ?」
「ああ、それはさあ」
僕は話した。モテモテの真山のことだから、いつも女の子をしこたま侍らせて、夕ご飯を食べているのだろう、と。
すると猛は、合点した顔と早合点した顔を、まだらに混ぜた顔をした。器用なのか不器用なのか判断付きかねるその様相に吹き出しかけるも、今はそれどころではない。子細の説明を求める僕に、「眠留の予想は一割当たって九割外れといったところだろう」と前置きし、猛は真山の事情を話してくれた。
「入寮初日の入学式前日、同級生の女の子たちに請われ、真山は窓側で夕食を取った。その時は男も混ざっていたが、三日と経たず男達は全員駆逐され、真山は二十一人の同級生女子に包囲される事となった。四日目の夜、深刻な顔の真山に困っていることを打ち明けられた俺は、教育AIに相談した。アイは断言したよ。『このままでは全寮を巻き込む一年女子の内戦が勃発するでしょう』ってな」
湖校創設間もない頃、真山に比肩するモテ男が同じ第八寮にいた。一週間を待たず「アンタだけいつも彼の近くに座ってんじゃないわよ」と、女子達は陰で言い合うようになった。半月後には「第八寮の子だけ彼を独占してズルイ」と、一年女子の寮生は陰で言い合うようになった。いたたまれなくなったモテ男は、夕食と休日の昼食を、毎回必ず部屋で取るようになった。その結果、「アンタ達のせいで彼が食堂に来られなくなったじゃない」と、全寮を巻き込む一年女子の大喧嘩が発生したのだと言う。猛と真山は顔を青くし、第八寮の同級生女子二十一人にその出来事を話した。実際に話したのは猛で、真山は項垂れていたそうだが、女の子たちは真山以上に項垂れ、押し黙っていたそうだ。しかし第八寮の一年女子長である九組の一条さんが自らを犠牲にし、真山の近くに座らない宣言をして、それに女の子たちが同意してくれたお蔭で、内戦は事前に回避されたのだと言う。
「それ以降一条さんは、寮でもサッカー部でも真山から距離を置いている。一条さんが女子からああも人気があるのは、きっとそれも関係しているんだろうな」
ということを猛は教育AIの助けを借り、相殺音壁の中で話してくれた。僕は真山へ向き直り、腰を直角に折った。
「すまん真山、僕はバカ過ぎたよ」
「ねえ眠留」
後頭部に掛けられたその声の優しさに僕は姿勢を正す。真山は、恥ずかしげに言った。
「今の眠留のように、俺がいつか体を直角に折ったら、眠留は俺を許してくれるかい?」
「もちろん許すさ、許さない訳ないじゃん」
「うん、俺も同じ。俺が眠留を許さない訳ないんだよ。というか俺は今、全然怒っていないんだよね。なあ猛、こういう場合はどうすればいいのかな?」
顔を向けられた猛は、まあ見ていろと胸をそびやかした。
そして驚くべきスピードで背後に回り込むと、僕に卍固めをかけた。
すかさず真山が満面の笑みで、僕のわき腹くすぐりを開始する。
まったくしょうがないわねえとため息を付くも、教育AIは僕ら三人を、再び相殺音壁で包んでくれたのだった。
一瞬呆けるも、HAIの指示でその二つをバッグに入れたことを思い出し、慌ててそれを取り出した。にっこり微笑む真山に先導され、僕はワクワク顔で非常口に近づいて行った。
が、僕のワクワク顔はある場所を境に、理由のまるで異なるワクワク顔へと変わった。非常口を中心に半円を描いて広がるスロープまであと少しという場所で、美味しそうな匂いが鼻孔を直撃したのである。
「食欲をそそる匂いだろ」
「うん、胃にガツンとくる匂いだね」
どこか誇らしげな真山に、僕は胃の上を両手で押さえて答えた。にっこり顔にますます磨きをかけ、真山は続けた。
「こうなると逸る気持ちを抑えきれなくなるのだけど」
「うんうん、なるのだけど?」
「ルールを破ると非常口を三日間使わせてもらえなくなるから、落ち着いてね眠留」
「どわっ、はい落ち着きます、落ち着きますったら!」
言葉とは裏腹の僕の様子に、真山は麗しさの極みたる笑みを零した。より落ち着きをなくさせる、その宝玉のような笑みを目の当たりにしたお蔭で、僕はルール違反への動揺をうっちゃる事にめでたく成功する。道すがら教えてもらった非常口での作法を頭の中でおさらいしつつ、僕はスロープを昇った。
それは非常口とは思えない、大きくて立派な出入り口だった。屋根と壁にきちんと囲まれた幅12メートルの入り口をまたぐと、木をふんだんに用いた奥行4メートル、高さ7メートルの空間が現れた。しかもその入り口は、食欲をそそる美味しそうな匂い付きで、僕を出迎えてくれたのである。思わず「ただいま」と口ずさみそうになる温かなその気配に、こりゃ猛が寮に帰るって言って当然だよなと、僕は心から納得したのだった。
重厚な天然木で作られた上り框を避け、その向こう側にスリッパを置き足を通す。クルッと振り返り靴を手に取り、ビニール袋に入れる。袋の口を手際よく閉じてから、僕は食堂に足を踏み入れた。そこで目にした光景に、非常口で醜態を晒さなかったことへの安堵を忘れ、僕は呟いていた。
「うわあ広いね、それに落ち着くね」
40メートルほどの奥行と、80メートル以上ある横幅と、高さ7メートルの食堂は、木を基調に内装を施されていた。淡い光を放つ床こそ人工大理石だが、壁は基本的に木製で、目にとても優しかった。シャンデリアを模した照明がキラキラ輝くこの広々とした食堂を、僕は一瞬で好きになったのである。
「気持ちは解るし誇らしくもあるけど、こっちに来て。人はいなくても入り口に立ちつくすのは、マナー違反だからさ」
高い声と低い声で和音を奏でたような真山の声に促され、右へ歩を進める。壁際の邪魔にならない場所に立ち、真山は食堂の説明をしてくれた。
「第八寮には今、268名の寮生がいる。椅子は定員の288脚あるから座る場所がなくなる事はないけど、朝はそれなりに混むから注意が必要だね。36人掛けの長テーブルが東西に四台ずつあって、東側が男子で西側が女子。ただ夕食と休日の昼食だけは別で、長テーブルの南側半分は男女の区別なく座れることになっている。十組の女の子たちは皆、眠留と一緒に食事ができることを、凄く楽しみにしていたよ」
いやいやそれは僕じゃなく、真山と一緒なのが嬉しいんだろという僕の突っ込みに、真山は「いや~」と照れていた。真山の事だからきっと、女の子にわんさか囲まれて夕ご飯を食べているんだろうなと思っても嫌味の一つも湧いてこないのは、真山の特別な事情を僕だけは知っているからだ。女の子の顔が案山子に見えていたという、彼の事情を。
なんてことを考えていた僕の耳元に口を寄せ、
「安心して。この寮の子たちは先輩方も含めて全員、普通になったから」
真山はそっと囁いた。それに照れてしまったことを誤魔化すべく、僕は自分でも意味不明な理由をでっちあげ、真山をヘッドロックした。
「なにっ、なら美鈴に変わって、僕が真山をお仕置きしてくれる!」
「えっ、ええっ、えええっっ!」
けど予想を大きく外れ、真山は顔を真っ赤にして大慌てになった。
その慌てぶりに普段の自分を見た気がした僕は、この友がいつも僕にしてくれるように、ありったけの笑顔で真山をヘッドロックしたのだった。
とその時、
「俺も混ぜやがれコノヤロウ!」
寮での再会を待ちわびていたもう一人の友が乱入してきた。やあ猛、と挨拶した僕へ、
「で、コイツは何をやらかしたんだ?」
早くも真山のわき腹をくすぐりまくっている猛は、さも楽しげに訊いてきた。僕は芝居っ気たっぷりに眦を釣り上げ答える。
「その説明は後回しにするとして、僕は今、美鈴の代わりに真山をお仕置きしてるんだよ」
そのとたん、
「コノヤロウ! 俺が美鈴ちゃんからどれだけ世話になってると思ってやがんだ!」
芝居っ気の欠片もなく眦を釣り上げた猛はくすぐりを直ちにやめ、真山に卍固めを仕掛けようとした。腹ペコ状態で月に四度夕ご飯を食べにくる育ち盛りの猛の、その膨大な食事を毎回にこにこ顔で作る美鈴を、猛はとても大切にしてくれていた。美鈴が大の果物好きと知るなり、猛は果樹園を営む宮崎の実家に事情を説明し、最高品質の果物で埋め尽くした荷物を毎月送るよう頼んだ。それ以来我が家では、日差しをたっぷり浴びて育った味も香りも格別なフルーツが、台所のテーブルに毎日並べられるようになった。美鈴の喜びようと言ったらなく食べる時はもちろん、色鮮やかな果物を眺めているだけの時も、いつも幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。そんな美鈴を目にするたび、祖父母は瞳を潤ませていた。生命力溢れる年頃の孫娘が、同じく生命力溢れる瑞々しい果物を嬉しそうに眺める光景は、言葉では語り尽くせない喜びを祖父母へもたらしたのである。そんな三人の様子に猫達も負けず劣らず大喜びしたため、猛は我が家を訪れるたび、家族総出の大歓迎を受けていた。兄として孫としてそして友として、これほど嬉しい事は滅多にない。真っ白い歯と日焼けした肌に短髪がよく似合う、苦み走った顔と底抜けの笑顔を併せ持つこの漢の友になれた幸運を、僕は胸の奥深くで常に感じているのだった。
とはいえ、鞭のようにしなる筋肉と豊富なバネに恵まれた猛が本気モードの卍固めを真山に繰り出そうとする光景は、ヘタレの僕をヘタレモードへ移行させてしまった。だって真山も僕にとって、かけがえのない大切な友だからね。
という僕の心中を察知したのか猛はピタリと動きを止め、真山に尋ねた。
「そう言えば、お前いつの間に、美鈴ちゃんと連絡を取り合えるようになったんだ?」
僕は頭が真っ白になった。ええっ、二人は連絡を取り合ってないの??
「そ、そんなこと俺にできる訳ないだろ! だってあの子は、あの子は・・・」
真っ赤な顔でしどろもどろの真山に、再度いつもの自分を見た気がして胸がほっこりするも、ここは兄として厳格な対応をせねばならぬと己を叱咤し、作り顔で猛へ問いかけた。
「猛、それどういう事?」
「ああコイツは、美鈴ちゃんにだけはマジピュアでな。メアドさえ聞けない自分の不甲斐なさを、俺はコイツから何度打ち明けられたか知れん」
完成間近の卍固めをほどき、仰天必死の真実を猛は明かした。せっかく作った厳格顔を完全放棄し仰天真最中の僕へ、今度は猛が問う。
「そう言えば、お前はなんで、コイツにお仕置きをしてたんだ?」
「ああ、それはさあ」
僕は話した。モテモテの真山のことだから、いつも女の子をしこたま侍らせて、夕ご飯を食べているのだろう、と。
すると猛は、合点した顔と早合点した顔を、まだらに混ぜた顔をした。器用なのか不器用なのか判断付きかねるその様相に吹き出しかけるも、今はそれどころではない。子細の説明を求める僕に、「眠留の予想は一割当たって九割外れといったところだろう」と前置きし、猛は真山の事情を話してくれた。
「入寮初日の入学式前日、同級生の女の子たちに請われ、真山は窓側で夕食を取った。その時は男も混ざっていたが、三日と経たず男達は全員駆逐され、真山は二十一人の同級生女子に包囲される事となった。四日目の夜、深刻な顔の真山に困っていることを打ち明けられた俺は、教育AIに相談した。アイは断言したよ。『このままでは全寮を巻き込む一年女子の内戦が勃発するでしょう』ってな」
湖校創設間もない頃、真山に比肩するモテ男が同じ第八寮にいた。一週間を待たず「アンタだけいつも彼の近くに座ってんじゃないわよ」と、女子達は陰で言い合うようになった。半月後には「第八寮の子だけ彼を独占してズルイ」と、一年女子の寮生は陰で言い合うようになった。いたたまれなくなったモテ男は、夕食と休日の昼食を、毎回必ず部屋で取るようになった。その結果、「アンタ達のせいで彼が食堂に来られなくなったじゃない」と、全寮を巻き込む一年女子の大喧嘩が発生したのだと言う。猛と真山は顔を青くし、第八寮の同級生女子二十一人にその出来事を話した。実際に話したのは猛で、真山は項垂れていたそうだが、女の子たちは真山以上に項垂れ、押し黙っていたそうだ。しかし第八寮の一年女子長である九組の一条さんが自らを犠牲にし、真山の近くに座らない宣言をして、それに女の子たちが同意してくれたお蔭で、内戦は事前に回避されたのだと言う。
「それ以降一条さんは、寮でもサッカー部でも真山から距離を置いている。一条さんが女子からああも人気があるのは、きっとそれも関係しているんだろうな」
ということを猛は教育AIの助けを借り、相殺音壁の中で話してくれた。僕は真山へ向き直り、腰を直角に折った。
「すまん真山、僕はバカ過ぎたよ」
「ねえ眠留」
後頭部に掛けられたその声の優しさに僕は姿勢を正す。真山は、恥ずかしげに言った。
「今の眠留のように、俺がいつか体を直角に折ったら、眠留は俺を許してくれるかい?」
「もちろん許すさ、許さない訳ないじゃん」
「うん、俺も同じ。俺が眠留を許さない訳ないんだよ。というか俺は今、全然怒っていないんだよね。なあ猛、こういう場合はどうすればいいのかな?」
顔を向けられた猛は、まあ見ていろと胸をそびやかした。
そして驚くべきスピードで背後に回り込むと、僕に卍固めをかけた。
すかさず真山が満面の笑みで、僕のわき腹くすぐりを開始する。
まったくしょうがないわねえとため息を付くも、教育AIは僕ら三人を、再び相殺音壁で包んでくれたのだった。
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