僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

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 練習を終え、プレハブ北側の絨毯スペースで車座になり皆でお弁当を食べている最中、サークル長の真田さんが僕ら一年生トリオに声を掛けた。
「北斗、京馬、眠留、最高評価の三連続獲得、おめでとう。これで次回から、一段高い難度のゲームに臨めるな」
 その嬉しげな様子に僕らは箸を止め、ありがとうございますと声を揃えた。
「ったくお前らはここんとこ、成長が速すぎんだよ。調子に乗って、怪我すんじゃねーぞ」
 一見口は悪いがその実、僕らの成長を喜び、そして僕らの怪我を気づかう副サークル長の荒海さんへ、僕らは再度声を揃え謝辞を述べた。すると荒海さんに続いて、
「ふくちょーの言うとおりです。北斗さん、京馬さん、眠留さん、調子の良い時こそ、怪我に注意してくださいね」
 輪になって昼食を摂る皆の中心で3Dのドックフードを食べていた嵐丸が、すくっと立ち上がり僕らに体を向け、尻尾を振り振り言った。プレハブに明るい笑い声が満ちる。と同時に期待も満ちるのを察した四年の黛さんが、皆を代表し、最近サークルで大流行している頼みごとを口にした。
「なあ嵐丸。文字付きで、真田さんと荒海さんの役職を呼んでくれないか」
 黛テメェと荒海さんが目つきを鋭くするも、それが演技であることは一目瞭然なので、二人の間に座る真田さんが笑って荒海さんをなだめる。北側の上座に真田さんと荒海さん、そして北東の準上座に黛さんという、サークル三巨頭の様子を首を傾げて見つめていた嵐丸が、機を見計らい真田さんに正対し、直立不動で言った。
「おさ」
 嵐丸の頭上に、「長」という漢字が浮かび上がる。むれでの生活を基本とする犬にとって、サークルメンバーから絶大な信頼を寄せられる真田さんは、サークルという枠を超えたおさなのだろう。その想いを直立不動で示す嵐丸へ、真田さんは群を統べる長に相応しい、太くおおらかな笑みを浮かべた。それが嬉しかったのか、嵐丸はピタリと静止させていた尻尾を振り始める。そして尻尾を振ったまま、真田さんの右隣に座る荒海さんへ体を向けた嵐丸は、さっきより楽しげな声で高らかと言った。
「ふくちょー!」
 その、聞いただけで語尾にビックリマークが付いていると分かる呼びかけだけでも吹き出しかけたのに、一拍置いて浮かんだ「ふくちょー!」という平仮名に、僕らは腹筋がつるほど笑い転げた。だが、ただ一人苦い顔をしていた荒海さんは素早く立ち上がり、
「こらテメェ、なんで俺だけ平仮名なんだよ!」
 と嵐丸に詰め寄った。
 いや詰め寄ったのだけど、待ってましたと床に寝転び腹を見せ全身で喜びを示す嵐丸に、荒海さんは苦い顔を一秒も保っていられなかった。
 破顔した我らが副長は、喜び転げまくる嵐丸のお腹を、両手で優しく撫でてあげたのだった。

 嵐丸がサークルにやって来たのは、僕ら一年生トリオが秋葉原で紫柳子さんと出会った三日後だった。そう、紫柳子さんはたった三日で、新公式AIに嵐丸を組み込んだのである。
「犬たちの3D映像を趣味で作っていたのが役立ってね。現身を組み込むのは一日もかからなかったよ。その後まる二日を検査に充て、誤作動がないことを確認したから安心してほしい」
 その日の午前九時半、冷房機能付きの最新スーツをモデルのように着こなした紫柳子さんが湖校にやって来て、新公式AIについて説明した。新忍道本部執行役員であり、日本最大の3DGショップのオーナーであり、そして超絶ナイスバディーの美女である紫柳子さんは当初、先輩方を緊張でガチガチにしていた。けれどもそれは、長く続かなかった。紫柳子さんの気さくさが、打ち解けた空気をすぐ作り出したのである。
「よし、準備完了だ。起動するぞ」
 紫柳子さんがハイ子にコマンドを送った数秒後、淡く揺らめく白光が空中に出現し、僕らは驚きの声をあげた。実を言うと僕だけは、それが二度目の対面だったんだけどね。
「湖校新忍道サークルのみなさん、初めまして。これから皆さんと共に歩んでゆく、新公式AIです。どうぞ、よろしくお願いします」
 そう挨拶したのは姿を変えたエイミィなのだと、僕は昨日の夕方、エイミィ自身から教えてもらっていたのだ。
「湖校新忍道サークル代表、真田です。我ら一同、新公式AIを歓迎します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
 真田さんの号令一下、かかとを打ち鳴らし全員で最敬礼した。柔らかく揺らめきそれに応えた白光の、その優しげな光に、皆の心身から硬さが取り除かれてゆく。従来の公式AIには「AIの姿」が用いられていなかったので、身構える気持ちが幾分あったのである。
「では現身に移ろう。アイ、よろしく」
 日本人は一般的に、名前を持たないAIをアイと呼ぶ。愛と同じ響きを持つこの呼び方を好むあまり、日本人はAIの命名に最も興味を示さない民族と言われていた。
 とはいえ、何事にも例外はあるもの。紫柳子さんに促され出現した、新公式AIの現身である愛らしい子犬にも名前を付けないなんて事は、さすがにない。地面にちょこんとお尻を下ろし、不安げな様子でこちらを見つめる3D子犬に、僕らはハートをわしづかみにされた。しかも、「この雄の子犬にはまだ名前が無い。皆で付けてあげてくれないか」と、頬を朱色に染めた紫柳子さんに頼まれたものだから、僕らは先を争い名前の候補を口にしていった。
「ストレートに、わんこ」「燃えるような明るい茶色だから、赤」「柴犬だから、柴」「ちっちゃい豆柴で、小豆あずき」「サイズは小さくても少し成長した豆柴だから、大豆だいず」「ちょいひねって、豆太」「なら豆助」「豆太郎」「更にひねって納豆」「俺、豆腐も好き」「甘納豆も美味しいよね」「テメェら、しばくぞ」「「シバ犬なだけに!!」」
 とまあこんな感じにセンスの欠片もない名前で言い争っていたため、子犬は不安げな様子を一層募らせていた。いや、違う。ただ一人荒海さんだけが、不安を募らせる子犬に気づいたのだ。荒海さんは僕らの方へ体を向けつつ一歩前に進みでて、全員注目のハンドサインを出した。阿吽の呼吸で真田さんが「副長に注目」のサインを出す。僕らは静止し、目だけを副長へ向けた。荒海さんは戦闘中の潜め声で、言った。
「子犬が不安がってる。皆、気配を消せ」
 ここで子犬へ視線を向ける者は、このサークルに一人もいない。僕らは自我を消し、己を大気と同化させた。目の端に、満足そうに頷く紫柳子さんが映る。ミッション開始のハンドサインを出し、荒海さんは自然に回れ右をし地に片膝着いて、子犬に話しかけた。
「オイわんこ、俺は副長の荒海だ。不安がらせて、すまなかったな」
 フレンドリーな声音に子犬は気配を一新させ、興味津々の眼差しを荒海さんへ向けた。その様子に、何かを感じ取ったのだろう。荒海さんは僕らから少し離れた場所に立つ、紫柳子さんを見あげた。
「紫柳子さんの名字を、一字お借りしてもいいですか?」
 紫柳子さんは小さく、けど喜びを隠さず頷いた。荒海さんは子犬へ顔を戻す。
「オイわんこ。俺達はお前に名前を付けたい。そして今、紫柳子さんから許可を頂いた」
 子犬は耳をピンと立て、座ったまま尻尾を盛んに振り始めた。期待に胸を膨らませる子犬の姿に、僕らは気配を消すことも忘れ荒海さんの言葉を待つ。満を持し、我らが副長は告げた。
「お前は、狼嵐紫柳子さんが連れてきた、勇敢なわんこ。だからお前の名前は、嵐丸。で、どうよ」
 子犬は弾けるように立ち上がり、尻尾をちぎれんばかりに振って言った。
「はい、ぼくのなまえは嵐丸です、ふくちょー!」
 それ以来、名付け親である荒海さんは、嵐丸から平仮名で「ふくちょー」と、呼ばれ続けているのだった。

 あの日から約二週間が経った、今日。
「それにしても嵐丸はよくできている」
 僕の左隣に座る菊本さんが、膝の上の嵐丸をじゃらしながら呟いた。その左隣の、お弁当の最後の一口を掻っ込み終わった竹中さんが、こっちに来いと嵐丸へ両手を差し出す。菊本さんの膝で仰向になり愛嬌を振りまいていた嵐丸は素早く立ち上がり、竹中さんにダイブした。「そろそろシャワーだから弁当を済ませちゃいな」と目で促す竹中さんへ無言で頷き、菊本さんは半分近く残っていたお弁当を黙々と食べ始める。そんな三年生ペアの様子に、僕と昴の日常が重なり、失礼かなと思いつつも口にしてしまった。
「お二人は、新生児室から一緒なんですよね」
「ああ、俺らは疑似二卵性双生児だからな」
 三年生一の社交性男と名高い竹中さんが開けっ広げの笑顔でそう答える横で、三年生一の寡黙男と名高い菊本さんが、親指を黙ってグッと立てる。それが何とも微笑ましくほのぼのしていると、僕の右隣に座る京馬が会話に入って来た。
「同じ日のほぼ同じ時刻に生まれて、家もほぼ同じ場所にあって、親同士も仲が良く、何より先輩方が大の仲良しでずっと一緒に育った。マジ疑似双子っすね」
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