僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

新忍道、1

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 それから約二時間半後の、午前八時過ぎ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。眠留、無理しないでね」
 玄関の上がりかまちで僕を見送る小吉へ、OKサインを作って応えた。そして素早く前を向き、歩く速度をグングン上げ、直射日光と蝉の声が降り注ぐ境内を大急ぎで縦断して行く。その途中、
「行ってきます」
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
 社務所前で妹と挨拶を交わした。行ってらっしゃいの声に合わせ、美鈴は今日も花がほころぶように笑い、両手を胸の前で振ってくれた。その可愛らしさと、神々しいまでの巫女姿のギャップに自然と笑みがこぼれる。通常の早歩きになった僕は、鳥居を潜り石段をリズミカルに降りてゆく。そして降り切ったところで足を止め、膝に手を付き前かがみになって言った。
「ふう、これでやっと、普通に呼吸できるぞ」と。

 約二か月前、母屋に一番近い小離れを昴が使い始めて二日が過ぎたころから、僕は頭を抱えるようになった。昴の香りが離れから漂い出でて、渡り廊下を伝い母屋まで届くようになったのだ。事が事なだけに誰にも相談できず悩んでいた僕を救ってくれたのは、小吉だった。小吉は人への変身を歴代最速の十五歳にして成し遂げ、人でいられる貴重な一時間を使い、昴の薙刀衣を洗濯し離れを掃除してくれた。そのお蔭で香りは大幅に薄められ、僕は普段通りの生活を取り戻すことができたのだ。季節が移り暑くなるにつれ、香りは少しずつ明瞭になって行ったが、慣れも手伝い僕はそれを意識することなく日々を送っていた。だが、その平穏な日々は突如終わりを迎えた。輝夜さんが翔薙刀術の訓練を開始し、昴と共に離れを使うようになると、希代の美少女の香りが一挙に倍化したのである。いわゆるお年頃の青少年である僕に、それを無視するなどできる訳がない。普通の呼吸すら困難になった僕は神社から連日逃げ出し、多くの時間を湖校で過ごすこととなったのだった。
 夏のこの時期、討伐の有無に関係なく自由時間になるのが、だいたい朝五時半ごろ。すぐさま外に出て、AICAでやって来る輝夜さんに境内の箒掛けをしつつ挨拶する。道場にゆく輝夜さんと昴を見送り母屋の掃除を始め、朝ごはんを食べ台所の片づけをして、八時過ぎに学校へ向かう。そして体を酷使し青春小僧のアレコレを発散して、腹ペコ状態で午後四時半ごろ帰宅。帰宅と同時に台所へ直行し夕ご飯をたらふく食べ、お風呂にゆっくり浸かり午後六時に寝る。これが僕の、夏休みに入ってからの過ごし方だった。
「さて、今日も頑張りますか」
 石段の下で独りごち、左手を目の上にかざし太陽を見あげる。この日差しを帆に受けたら船が進んだりして、と思わずにはいられない圧迫感を肌に感じた。鎮守の森と道路沿いの木立から響く蝉の大合唱は、まるで超音波攻撃のようだ。
「今日も暑くなりそうだな」 
 再度そう独りごち、バックを背負いなおす。
 そして学校に続く道を、僕は歩き始めた。

 校門をくぐり一年生校舎の前を通過し、第一グラウンド沿いの道を北へ進む。その道の先の、立派な十二面テニスコートの東側に広がる、しょぼい空き地が僕の目指す場所。そこは六月からお世話になっている、新忍道しんにんどうサークルの練習場なのだ。
「お早うございます」
 広場に足を踏み入れるなり、先ずは何より先輩方へ挨拶。するとプレハブの前でストレッチをされていた先輩方が、
「お~す猫将軍」
「う~す猫将軍」
「猫将軍ち~す」
 快く挨拶を返してくれた。このサークルに所属している二年生から五年生までの六人の先輩方は、湖校生活初の身近な先輩。仲良くなれて良かったと、僕は心から思っている。
 ちなみに「お~す」「う~す」「ち~す」というのは、湖校に受け継がれる男子伝統の挨拶。この三つはこの順番で、同級生や下級生に使う習わしになっていた。クラスメイトの男子達とは日常的に交していたが上級生から言われたのはサークルが初めてだったので、「お~す」「う~す」「ち~す」を使ってもらえた時は新鮮かつ非常に嬉しかった。真の湖校生にやっとなれたような、そんな感慨が湧き上がってきたのだ。といっても僕はこのサークルの、正式会員ではないんだけどね。
「おはよう眠留」
「おはよう猫将軍」
「北斗、二階堂、おはよう」
 正式会員でない僕がここに受け入れてもらっているのは、一にも二にも北斗と二階堂がいてくれたから。僕は二人に挨拶し、戦闘服を着用すべくプレハブのドアを開けた。

 新忍道しんにんどうの歴史は、アメリカの傑作3Dスポーツとして名高い、3Dデビルズゲート(略して3DG)から始まる。3D技術の発達は、ゲームにも革命をもたらした。ゲームの世界に飛び込み、それをほぼリアルに体感できる、3Dスポーツを生みだしたのだ。3DGは3Dスポーツの黎明期に発売された、襲いくるモンスターを銃で倒してゆく王道アクションゲームで、そのリアルさと戦術性の高さから世界的大ヒットを飛ばした。しかし様々なソフトが発売されるにつれ、銃大国アメリカを除き3DGはマイナースポーツとなっていくも、ある日本の若者が全米大会で優勝したのをきっかけに、3DGは再び世界中の脚光を浴びる事となった。なぜならその若者が、後ろに目が付いているとしか思えない超人的回避能力を、全米大会で披露したからである。
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