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四章
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午前五時四十分。制服を着て境内に現れた輝夜さんと、朝の挨拶を交わした。
「おはよう眠留くん。境内のお掃除、今日もお疲れ様です」
「おはよう輝夜さん。翔薙刀術の訓練、今日も励んでください」
輝夜さんが翔薙刀術の訓練のためAICAに乗り神社へ毎日やって来るようになってから、今日で三日目。母屋の北東に設けられた駐車場にAICAを停めると彼女は必ず、こうして真っ先に僕を尋ねてくれるのである。
「はい、励みます。眠留くん、またすぐ」
「輝夜さん、またすぐ」
輝夜さんは手を振りつつ母屋へ去ってゆく。朝六時から午前十一時までが、翔薙刀術の訓練。そして午後一時から午後四時までが、薙刀部の部活。これが彼女の、夏休みの予定だと言う。生命力追加の可能な彼女であっても、これはかなりのハードスケジュールのはずだ。輝夜さんが母屋に入るのを確認し、僕は拝殿に向かっていつもどおり手を合わせた。
どうか輝夜さんが、体調を崩しませんように。
今日も一日、健やかでありますように。
どうかどうか、よろしくお願いします。
それから数分経ったころ、薙刀衣に着替えた輝夜さんと、同じく薙刀衣を着た昴が、母屋の玄関に二人並んで現れた。最近昴は午前四時半ごろ神社にやって来て、水晶の指導のもと翔化の練習をしているらしい。「あれ面白いね~」といつもウキウキ顔だから、この破格の幼馴染は、翔化の天分もしこたま与えられていたのだろう。昴、良かったな!
「お早う眠留」
「お早う昴」
昴との朝の挨拶はいつもこれだけ。表情や声に気持ちを込めたりせず、あっさりしたものである。自力では解決できない何かに苦しめられているなら、この幼馴染は僕にそれを必ず伝えるはず。だからいつもと変わらぬ挨拶をよこすということは、いつもと変わらず健やかだという事。僕はそれで、充分なのだ。
「さあ、挨拶をしましょう。はい並んで並んで」
その代わり拝殿への挨拶は打って変わって積極的で、毎朝こうして音頭を取ってくれる。輝夜さんと笑って頷き合ってから、三人で拝殿前に並んだ。並ぶ順番は右から僕、輝夜さん、昴。この並び順を提案したのは昴だけど、これは当初、少しもめた。私は左端になるべきと、輝夜さんが異を唱えたのである。
三日前の七月二十日。輝夜さんと昴が水晶の弟子になった日の夕方。「私は左端になるべきだと思う」と意見を述べた輝夜さんへ、昴が顔を向けた。
「輝夜、なぜそう思うの?」
「この神社に御縁のあった順に右から並ぶのが、正しいと思うの」
そのとき僕は、胸中大いに感心していた。輝夜さんの主張を聴くまで、どういう順番で並べば良いか僕にはまったく判らなかったからだ。神社の第一子という社会通念では僕が右端なのだろうが、そのたった一点を除き、この二人の女性より僕が上席になる理由を僕は何一つ思いつけない。昴の幼馴染になり、輝夜さんの隣席に偶然なったから二人と仲よくなれただけで、本来この二人は高嶺の花どころか、神々の住まうオリンポス山の花のような存在。よって僕が末席たる左端になることを僕は信じて疑わなかったのだけど、なら右端は誰かと考えたとたん、脳がフリーズしてしまう。二人に席次を付けるのは僕にとって、脳の処理能力以上に心の耐久力という意味で、スペックを遥かに凌駕する問題だったのである。
だから輝夜さんの、この神社に縁のあった順という基準に僕は瞠目した。基準とすべきは、社会通念でも学内序列でも、ましてや僕の個人的云々でもない。神社で神に挨拶するのだから、神を基準にし、神と関わって来た順に並ぶ。輝夜さんのこの主張は僕にとって、「快刀乱麻を断つ」以外の何物でもなかったのだ。
しかし昴は、なら輝夜さんはなおさら真ん中にいるべきと主張した。
「輝夜はこの神社に来てまだ数カ月なのだから、私と眠留で挟んで、両側から御縁のパワーをあげる。輝夜には、神様の御縁を沢山いただいてほしいの」
もし僕が神社に生まれたのでなくお寺に生まれたのなら、昴に迷わず五体投地しただろう。いやそんなしがらみを全て脱ぎ捨て、僕はすぐにも五体投地したかった。昴の言葉はそれ程、この胸を打ったのである。
そんな僕に負けず劣らず、輝夜さんも感銘を受けたようだった。だがそれでも逡巡を拭いきれない輝夜さんへ、昴がおどけて言った。
「輝夜、ほら眠留を見て。輝夜が早く同意してくれないと、眠留は数秒を待たず、拝殿前で五体投地しちゃうかもよ」
輝夜さんが顔を僕に向ける。僕は溢れる想いを全身で表現した。
――石畳の上に体を投げ出したい気持ちを今はまだギリギリ抑えられていますが、そろそろ限界です!
輝夜さんの面に最高の笑みがひろがった。
「二人とも、ありがとう。ご厚意に甘えて、真ん中にいさせてもらうね」
そうして僕らは右から僕、輝夜さん、昴の順で、毎朝お参りをすることになったのだった。
「眠留、行ってくるね」
「眠留くん、行ってきます」
「二人とも、行ってらっしゃい」
神様への挨拶を終えた二人はそう言って、今日も仲良く並んで道場へ歩いてゆく。二人とも足取り軽く、本当に楽しそうだ。そんな二人が視界から消えたのを確認し、僕はいつもどおり拝殿へ、本日三度目のお願いをした。
なにを願っているかは、誰にも明かしていない。
「おはよう眠留くん。境内のお掃除、今日もお疲れ様です」
「おはよう輝夜さん。翔薙刀術の訓練、今日も励んでください」
輝夜さんが翔薙刀術の訓練のためAICAに乗り神社へ毎日やって来るようになってから、今日で三日目。母屋の北東に設けられた駐車場にAICAを停めると彼女は必ず、こうして真っ先に僕を尋ねてくれるのである。
「はい、励みます。眠留くん、またすぐ」
「輝夜さん、またすぐ」
輝夜さんは手を振りつつ母屋へ去ってゆく。朝六時から午前十一時までが、翔薙刀術の訓練。そして午後一時から午後四時までが、薙刀部の部活。これが彼女の、夏休みの予定だと言う。生命力追加の可能な彼女であっても、これはかなりのハードスケジュールのはずだ。輝夜さんが母屋に入るのを確認し、僕は拝殿に向かっていつもどおり手を合わせた。
どうか輝夜さんが、体調を崩しませんように。
今日も一日、健やかでありますように。
どうかどうか、よろしくお願いします。
それから数分経ったころ、薙刀衣に着替えた輝夜さんと、同じく薙刀衣を着た昴が、母屋の玄関に二人並んで現れた。最近昴は午前四時半ごろ神社にやって来て、水晶の指導のもと翔化の練習をしているらしい。「あれ面白いね~」といつもウキウキ顔だから、この破格の幼馴染は、翔化の天分もしこたま与えられていたのだろう。昴、良かったな!
「お早う眠留」
「お早う昴」
昴との朝の挨拶はいつもこれだけ。表情や声に気持ちを込めたりせず、あっさりしたものである。自力では解決できない何かに苦しめられているなら、この幼馴染は僕にそれを必ず伝えるはず。だからいつもと変わらぬ挨拶をよこすということは、いつもと変わらず健やかだという事。僕はそれで、充分なのだ。
「さあ、挨拶をしましょう。はい並んで並んで」
その代わり拝殿への挨拶は打って変わって積極的で、毎朝こうして音頭を取ってくれる。輝夜さんと笑って頷き合ってから、三人で拝殿前に並んだ。並ぶ順番は右から僕、輝夜さん、昴。この並び順を提案したのは昴だけど、これは当初、少しもめた。私は左端になるべきと、輝夜さんが異を唱えたのである。
三日前の七月二十日。輝夜さんと昴が水晶の弟子になった日の夕方。「私は左端になるべきだと思う」と意見を述べた輝夜さんへ、昴が顔を向けた。
「輝夜、なぜそう思うの?」
「この神社に御縁のあった順に右から並ぶのが、正しいと思うの」
そのとき僕は、胸中大いに感心していた。輝夜さんの主張を聴くまで、どういう順番で並べば良いか僕にはまったく判らなかったからだ。神社の第一子という社会通念では僕が右端なのだろうが、そのたった一点を除き、この二人の女性より僕が上席になる理由を僕は何一つ思いつけない。昴の幼馴染になり、輝夜さんの隣席に偶然なったから二人と仲よくなれただけで、本来この二人は高嶺の花どころか、神々の住まうオリンポス山の花のような存在。よって僕が末席たる左端になることを僕は信じて疑わなかったのだけど、なら右端は誰かと考えたとたん、脳がフリーズしてしまう。二人に席次を付けるのは僕にとって、脳の処理能力以上に心の耐久力という意味で、スペックを遥かに凌駕する問題だったのである。
だから輝夜さんの、この神社に縁のあった順という基準に僕は瞠目した。基準とすべきは、社会通念でも学内序列でも、ましてや僕の個人的云々でもない。神社で神に挨拶するのだから、神を基準にし、神と関わって来た順に並ぶ。輝夜さんのこの主張は僕にとって、「快刀乱麻を断つ」以外の何物でもなかったのだ。
しかし昴は、なら輝夜さんはなおさら真ん中にいるべきと主張した。
「輝夜はこの神社に来てまだ数カ月なのだから、私と眠留で挟んで、両側から御縁のパワーをあげる。輝夜には、神様の御縁を沢山いただいてほしいの」
もし僕が神社に生まれたのでなくお寺に生まれたのなら、昴に迷わず五体投地しただろう。いやそんなしがらみを全て脱ぎ捨て、僕はすぐにも五体投地したかった。昴の言葉はそれ程、この胸を打ったのである。
そんな僕に負けず劣らず、輝夜さんも感銘を受けたようだった。だがそれでも逡巡を拭いきれない輝夜さんへ、昴がおどけて言った。
「輝夜、ほら眠留を見て。輝夜が早く同意してくれないと、眠留は数秒を待たず、拝殿前で五体投地しちゃうかもよ」
輝夜さんが顔を僕に向ける。僕は溢れる想いを全身で表現した。
――石畳の上に体を投げ出したい気持ちを今はまだギリギリ抑えられていますが、そろそろ限界です!
輝夜さんの面に最高の笑みがひろがった。
「二人とも、ありがとう。ご厚意に甘えて、真ん中にいさせてもらうね」
そうして僕らは右から僕、輝夜さん、昴の順で、毎朝お参りをすることになったのだった。
「眠留、行ってくるね」
「眠留くん、行ってきます」
「二人とも、行ってらっしゃい」
神様への挨拶を終えた二人はそう言って、今日も仲良く並んで道場へ歩いてゆく。二人とも足取り軽く、本当に楽しそうだ。そんな二人が視界から消えたのを確認し、僕はいつもどおり拝殿へ、本日三度目のお願いをした。
なにを願っているかは、誰にも明かしていない。
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