僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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三章

リレー予選、1

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 体育祭午後の部は、それから程なく始まった。
 最初に行われた男子100メートル決勝を、僕は四位で終えた。中盤までは六位だったけど残り30メートルで二人抜き、三位を抜く寸前にゴールしたから、個人的には満足している。来年こそは表彰台に昇ってみせるぞと、僕は静かに気炎を上げた。
 間抜け極まる事態にみまわれ見逃してしまったが、次に行われた女子100メートル決勝を征したのは、なんと昴だった。「輝夜に触発されちゃって」と昴は頭を掻いていたが、それだけで自己ベストを0.5秒も縮められるものなのかなあ・・・
 それは脇に置くとして、昴が一位の80点とボーナス30点の計110点を獲得し、十組は総合一位を維持した。湖校体育祭の得点は競技の参加人数によって変化しても、三位に10点、二位に20点、一位に30点のボーナスが付くのは全競技共通。30点を超えるボーナスもあり、学年新記録と湖校歴代同率一位へ40点、そして湖校新記録へは80点のボーナスが与えられた。なにげに僕も反応速度で湖校新記録を出したけど、輝夜さんの神業があまりにセンセーショナルだったお陰で、ほぼ全員が忘れてくれたみたいだ。かぐや姫パニックが無事解決した今、僕は胸を張って言おう。忘れてくれて、ありがたやありがたや。
 男子1500メートル、女子1000メートル、走り幅跳び、そして走り高跳びの決勝に出場したクラスメイトはいなかった。決勝出場選手のみに得点が付く昔風の体育祭では決勝毎に総合順位が大変動するものだが、現代の体育祭は出場選手全員に得点が付くため総合順位はじりじりとしか変わらない。しかしこの六競技で決勝進出を逃した十組はさすがに大幅な順位後退を余儀なくされ、七位に転落した。よってストラックアウト決勝への僕らの期待はいやがうえにも高まり、そして齊藤真山ペアは見事それに応え、優勝を果たした。お隣の九組も三位だったから、僕ら合同応援団はメチャクチャ盛り上がった。特に十組の大天使のサポートは、白組全体の注目を集めていた。
 遙か上空から舞い降りた大天使ミカエルが、齊藤さんと真山に両手を差し伸べた。すると二人の前に3Dのボタンが一つずつ出現し、カウントダウンが始まった。カウントゼロで二人は呼吸を合わせ、ボタンをバンッと叩く。齊藤さんと真山は、この練習も懸命にやってきたのだろう。二人はほぼ同時にボタンを押すことに成功し、九分割されたゴールは一気に四倍の面積へと拡張された。そのど真ん中へ、ヘルプに入った齊藤さんが渾身のシュートを決める。白組全体が大いに沸き立った瞬間だった。
 続くフリースロー決勝も終了し、十組の村上・松本ペアの七位が確定した。この二つの競技で優勝と七位という好成績を残した十組は、総合五位へ浮上。そしてついに総合順位を大きく左右する、得点三倍競技の呼び出しアナウンスが入ったのだった。

「プログラムナンバー二十一番、クラス対抗男女混合リレーの予選を行います。出場選手は白ゲート及び赤ゲートまでお集まりください」
 うわあ、とうとう来ちゃったよ、という言葉を吞み込み僕は立ち上がった。行ってきますと級友たちへ手を振り、四人で応援席を後にした。
 体育祭午後の部は二時間半しかなく、プログラムはさくさく進行してゆく。それでもクラス対抗リレーとぐるぐるバットリレーという目玉種目には比較的余裕が与えられていて、応援席では今、チアガールズとチアボーイズによる白熱した応援合戦が繰り広げられていた。それを遠目で眺めつつ、できればあっちに加わりたかったなあなんて僕はヘタレ全開で考えていた。そんなヘタレ男へ「つまらない男になったらどうなるか、眠留はわかっているのよね」と、昴が氷の眼差しを向ける。僕は秒間四回の高速まばたきののち、同じく秒間四回の高速首肯でそれに応えたのだった。
 白ゲートに集合したリレー選手40人は、第二走者、第三走者、第四走者の順にゲートをくぐり、それぞれの場所へ向かった。しかし第一走者だけはゲートをくぐらず、回れ右をして、白ゲートの遥か後方に作られたリレー専用スタートラインに歩いて行った。
 グラウンドの東端ギリギリに作られた通常より40メートル後方のスタートラインに、僕を含む第一走者10人が並び終えた。このスタートラインはトラックと直角ではなく、内側の第一レーンから外側の第十レーンへ行くに従い、進行方向へ倒れるように僅かな丸みを帯びて作られていた。もし直角に真っ直ぐラインを引いたら、外側の選手は内側の選手より長い距離を走らねばならなくなるからだ。AIによる厳密な測量を経て引かれた曲面スタートラインの、最も内側の第一レーンが僕の場所。親指を認証板に当て、僕はスタブロを自分用に調整した。
 第一走者の10人は、100メートル走の速い順に第一レーンから並べられる。それに加え、この競技に限りトラックを10メートル西へ移動させているので、第二走者は先頭から最後尾までばらけた状態でトラックの西コーナーへ進入することができる。この「西コーナーへ進入するまでに選手をなるべくばらけさせる」という措置は、10人が一斉にスタートを切るリレーを安全に行うべく、一期生の先輩方が考案したと伝えられていた。
 などと考えながら、スタブロを調整し終えた僕は、さりげなく右側へ目をやる。右隣の第二レーンの選手こそ僕と同じ男子だが、それ以外の八つのレーンには全員、女の子たちが並んでいた。そう、第一走者には、男子が二人しかいないのである。これこそが「できれば応援席で応援合戦をしていたかったなあ」と思わずにいられない最大の理由。僕は五月六日の、クラス対抗リレーの走者順を決めた臨時HRを思い出していた。
 
 当初、僕は三番手を走る予定だった。湖校体育祭のクラス対抗リレーは第一走者が100メートル、第二走者が200メートル、第三走者が300メートル、第四走者が400メートルを走るので、短い方の二つに女子を、長い方の二つに男子を配置するのが一般的だからだ。しかし北斗の策略により、いや遠謀深慮により昴が三番手を走ることとなり、僕は問答無用で第二走者に変更された。でもまあ、ここまでは良かった。第二走者もほぼ女の子なのは容易に想像できたが、昴に1000メートル二本とリレー二本を走らせるのは忍びなかったし、何より一番手よりは全然ましだと思えたからである。けれどもここで猛が挙手し、言った。「眠留は第一走者の100メートルを走ったほうが良いんじゃないか」と。
 僕はまさしく「ブルータス、お前もか」の心境だった。でもこの件に関し猛に遠慮のあった僕は、すぐ反論することができなかった。根っからの短距離走者の僕に、300メートルもしくは400メートルを走る競技へのオファーなど、本来ありはしない。脚を痛めていなかったらリレー選手に選ばれていたのは、400メートル学年一位の猛のはずだったからだ。その一瞬の遠慮を突き、猛が畳み掛けた。
「眠留は直線はバカ速くても、トラック周回は苦手だからな」
 今度こそ反論するつもりだったのに急所を突かれ、僕はまたもや沈黙した。猛の指摘通り、高速ストライド走法を使えないトラックのコーナーを、僕は苦手としていた。骨盤をでんでん太鼓のように回転させるこの走法が実力を発揮するのは、実は直線だけ。曲線を走る状況では、高速ストライド走法はあまり意味を成さないのである。という次第でまたもや反論できずにいると、フリースローで活躍した女子バスケットボール部の松本さんが、ここぞとばかりに手を挙げた。言葉の用法は間違っているがこの一手で、僕はトドメを差される事となった。
「私も龍造寺君の意見に賛成。それに私、100メートルより200メートルの方が成績いいのよね」
 この発言を受け、進行役を務める古屋さんが体育祭実行委員十組代表の権限でデータを閲覧した。彼女は、大きく頷いた。
「調べてみたところ、松本さんは100メートルより200メートルの方が得意なようです。よってクラス対抗リレーは、猫将軍君、松本さん、天川さん、真山君の走者順がベストと思われます。皆さん、異議はありますか?」
「異議無し」「異議ありません」「同じく無し」「それでいいと思う」「腹も減ったしな」「私もおなか空いちゃった」「よし、飯にしようぜ!」
 ドリルの選考に手こずりそろそろ四限が終わろうとしていたので、皆こぞって異議無しを唱えた。
 こうして、口をパクパクさせるだけで一度も反論できぬまま、僕は第一走者を走るハメになったのだった。

 リレーの準備がすべて完了したのだろう、3Dで映し出されていた白ゲートが光の粒となり消滅した。僕から見て白ゲートのあった場所の左側、トラックがカーブしはじめて少しの所に、第三走者と第四走者が綺麗に並んでいる。第一グウンドのトラックは一周300メートルなので、300メートルを走る三番手とアンカーの四番手が控えるのは同じ場所。つまり第一走者以外は全員、カーブを走りながらバトンを受け渡さねばならないのだ。カーブの苦手な僕は一番手でむしろ良かったんだ、と心の中で自分に繰り返し言い聞かせた。そうでもしないと女の子たちと一緒に走る自分が、ズルをしているように思えて仕方なかったのである。しかも非常に抜かれにくい第一レーンを走るなんて・・・などと考えているうち、
「位置について」
 体育祭実行委員の声がした。慌ててスタブロに足を乗せるも、焦っているせいか足の位置がなかなか決まらず、僕は一人モゾモゾした。するとモゾモゾする選手のいるうちは掛からないはずの、
「用意」
 の声が聞こえた。気が動転し、パニックがグイッと鎌首をもたげた。しかしすんでの所で幼馴染の声が心に轟いた。
『 つまらない男になったらどうなるか、眠留はわかっているのよね』
 ああ僕は一生、昴に頭が上がらないんだろうな。
 ま、いいけどさ!
 パ――ン!
 僕は何故か今日一番の、脊髄反射スタートを決めることができたのだった。
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