僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
46 / 934
二章

4

しおりを挟む
「眠留くん、しっかりして眠留くん」
 輝夜さんの声が耳に届いた。その銀鈴の声に、混乱の底なし沼から引き上げてもらった僕はそれでも、彼女へ言葉をかけることを憚らずにはいられなかった。彼女の声の高貴さに、ある可能性を思い付いたからだ。家族の中で自分だけが違うと輝夜さんが苦悩し続けてきた、可能性の一つを。
「眠留くん、私は大丈夫。決心が付いたから、もう平気なんだ。だから眠留くんには、気持ちをしっかり持っていてほしい。そして、しっかり判断してほしいの。猫将軍家の翔人として、私の質問にどこまで答えて良いかを」
 彼女の放つ決意が僕のそれの数段上をいっていることに気づき、僕は己を鼓舞した。
 輝夜さんに負けてもいい。だが、
 ――負け続けるな!
「わかった。僕は僕の判断で、全責任を背負って猫将軍家の秘密を明かす。輝夜さん、どうか信じてほしい」
「うん、信じる。眠留くんに、全てお任せします」
 輝夜さんはそう言って、豊かに笑った。脈絡がなさ過ぎると分かっていても、僕は思わずにいられなかった。豊饒の神は、やっぱ女神様だよなあ、と。
「じゃあ続きを話すね。家康は、天海の条件を確約した。それを受け天海は、家康の家臣とその家族から翔人の素質を持つ者を集め、教育を施し、二つの翔家を新設した。それが白銀家と、御剣家。両家には、天海が翔化技術を身に付けてから設けた子供が一人ずついて、その子たちが白銀家と御剣家の二代目当主になったから、二つの家には天海の血が流れている。白銀家は天海の直接の子孫と言ったのは、そういう意味なの」
 表面上、僕は静かに頷いた。だが心の奥底では、炎が激しく渦巻いていた。御剣家という名前を、僕は今日初めて聞いた。そのはずなのにその名が耳に届くなり、心に怒りと闘志の炎が猛然と湧き起こったのである。翔人としての血が僕に告げた。御剣家は危険だ、と。
 しかしこれも血のなせる技なのか、僕は輝夜さんに心の猛火を気づかせなかったようだ。彼女は僕に相槌を打ち、話を再開した。あるいは彼女も翔人だから、僕の猛火に気づいたことを、僕に気づかせなかっただけなのかもしれないけどね。
「新設した白銀家と御剣家が落ち着くのを待ち、天海は両家の者達を一堂に集め言った。『海道一の弓取りと名高い戦上手の御館おやかた様なら、天下分け目の大戦おおいくさ以外でそなた達に翔化を命じることは無いだろう。だが天下太平になってからも、御館様の子孫が約束を守るなどと考えてはならぬ。いくさという真の悲劇を知らぬ為政者達から、二翔家は些末な翔化を命じられるようになるだろう。だがそれを拒めば、そなた達はあらぬ嫌疑をかけられ死罪。かといって翔化できなくなれば、両家は断絶の憂き目に遭う。そなた達は些末な翔化でその能力を失いつつも、その技術を保ってゆかねばならぬのだ。然るに私は、一族として翔化技術を維持する方法をここにしたためた。努々ゆめゆめこれを、軽んじる事なきように』 天海はそう言って、両家の当主に巻物を渡した。その巻物のお陰で、白銀家と御剣家は能力消滅の危機に度々遭いながらも、それを何とか維持してこられたの。でも‥‥」
 でも? 僕は目で問いかけた。しかし彼女は首を横に振り、今話すと長くなっちゃうからまた今度聞いてください、と寂しげに笑った。そして、今日話そうと思っている天海のエピソードはあと一つだけだからこのまま続けるね、と言った。
「徳川家康が関東に国替えされると、翔家に関するある問題が生じた。それは、鎌倉時代から続く三翔家への処遇だった。家康は三翔家を嫌っても恐れてもいなかったけど、政治に関わる翔人は少なければ少ないほど良いと天海に教えられていたため、三翔家を表向き敬遠する決定を下した。新領主である家康から敬し遠ざけられている印象を皆に植え付けることで、三翔家を『触らぬ神に祟り無し』の状態にし、三翔家が俗事に邪魔されず魔物討伐を続けていけるよう家康は図ったのね。天海もそれに賛成し、三翔家の神社の遷座せんざを家康に進言した。その候補地を聞いた家康はさすが海道一の弓取りと謳われただけあり、天海の意図を即座に理解し許可を出した。こうして三翔家は関東と、伊豆半島及び伊豆諸島を含む広大な地域を隈無く守れる場所に、巨大な正三角形を描いて配置される事となった。その際、天海は二翔家に連なる者達を全員集め、厳しく言い渡したと伝えられているわ。『御館様の深慮により、三翔家は表向き敬遠される運びとなった。だが三翔家は我ら二翔家より主筋に近い格上の家であるゆえ、そなた達は三翔家へ、密かに礼を尽くすべし』と」
 心の中で音がするのを僕は聞いた。
 それはパリンという、心の一部が砕ける音だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたはマザコンだけれども、きっと私に恋をする

ふみのあや
キャラ文芸
無趣味マザコン主人公があざとい系後輩とフロム厨のギャルと廃墟愛好家の不思議ちゃんロリ(先輩)から入部を迫られてなんやかんや残念系ラブコメをします!!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

あの日の誓いを忘れない

青空顎門
ファンタジー
 一九九九年、人類は異世界からの侵略者テレジアと共に流入した異界のエネルギーにより魔法の力を得た。それから二五年。未だ地球は侵略者の脅威に晒されながらも、社会は魔法ありきの形へと変容しつつあった。  そんな世界の中で、他人から魔力を貰わなければ魔法を使えず、幼い頃無能の烙印を押された玉祈征示は恩人との誓いを守るため、欠点を強みとする努力を続けてきた。  そして現在、明星魔導学院高校において選抜された者のみが所属できる組織にして、対テレジアの遊撃部隊でもある〈リントヴルム〉の参謀となった征示は、三年生の引退と共に新たな隊員を迎えることになるが……。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

放課後オカルトばすたーず!!

サイコさん太郎
キャラ文芸
下校の時間だ!逢う魔が時だ!帰りたい!帰れない!なんか居るし! 神無川県 多魔市の高校に通う、米斗 理(こめっと おさむ)彼は下校途中たまに宇宙人にアブダクションされたり、妖怪に追い回されたり、UMAに靴を奪われたりする、ごく普通の一般的な男子高校生だ。 頼りになる先輩、水城 英莉(みずき えいり)と共に放課後に潜む様々な謎に挑む!!

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

処理中です...