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しおりを挟む「僕と結婚してください」
パーティーを抜けて、私は温室で息抜きをしていた。
十八歳になったばかりの私の目の前に男が立ち、花を差し出す。
彼はこの間のパーティーで踊ったけれど、ほとんど話をしていない。
私に第一王子派だった冷酷な兄がいたことはみんな知っている。
それでも第二王子派の従兄が私の後見人をしているからか、釣り書ではなく直接結婚を申し込んでくるようになった。
「……ごめんなさい。まだあなたのことを知らないんです」
「それなら僕と朝の公園を駆けませんか? カブリオを新しくしたんです。風を感じて気持ちいいですよ。僕のことも教えますから」
ほぼ知らない人の馬車に乗るのは怖い。
特に彼の目は蛇みたいで。
「実はカブリオは怖くて……」
「あぁ、それなら一緒に新しくできたティールームに行きましょう。女の子って甘いものが好きでしょ?」
ぐいぐいくるのは、みんな、私に成人したら受け取れる財産があることを知っているから。
従兄はちゃんと私名義の財産を守ってくれていて、恋愛結婚を勧めてくる。
「どうでしょうか……」
正直、お金目当てが多く現れている気がして、従兄の私を結婚させる作戦は失敗だと思う。
リリーさんに何度求婚の場面から助け出されたことか。
「ふぅん? 好きじゃないのか。じゃあ、ブルートヴルストをプレゼントするよ。晩餐に招いてほしい。ここのワインはとてもおいしいから」
ブルートヴルストはこの世で一番嫌いな食べ物だった。
兄を思い出すからかもしれないし、気分が悪くなってくる。
「ごめんなさい……私」
「ただ、頷けばいいだけだろ」
いつの間にか言葉遣いもくだけていて、低く脅すような声。
怖い。また金目当ての男だ。
助けを求めてあたりを見回すけれど、今日に限って誰もいない。
リリーさんに温室に行くことは伝えたけれど……。
「誰も来ないぞ。特別な客が現れたとかで忙しくしていたから。都合がいいな、初めてが温室とはロマンティックだろ?」
そう言って私に一歩近づいた。
早く逃げなければいけないのに、脚がすくんで動かない。
「そうだ、大人しくしていれば悪い思いはしない」
このままじゃだめ。
はっ、と短く息を吐いて後ずさると、男が勢いよく距離を詰めて私の手首をつかもうとする。
「いやッ!」
「……チッ、――うわぁっ‼︎」
なぜか私の身体が光に包まれて男がはじき飛んだ。
キラキラと身体を包む光がゆっくり消えていく。
「ごめん、遅くなった」
この声を聞いたのは一度だけ。
ドキドキして振り返ると彼が立っていた。
「……アンドレアさん?」
「レナ、ひさしぶりだね」
浅黒い肌も金色の髪も瞳も記憶と変わらない。
正装した彼は圧倒的な存在感と大人の色気が加わって見える。
私が瞬きすると、彼がゆっくりと笑みを深めた。
「ようやく会えた。大丈夫か?」
「え、と……」
はいと答えるには、さっきまでいた男の存在が気になる。どすんと大きな音がした後、気を失ったのか動きがない。
視線を向けると不思議なことに男の衣類だけが残っていた。
短時間に脱いで逃げるなんて考えられないし、何が起きたかわからなくてあたりを見回す。
どこかに隠れているのかも。
「あぁ、レナを守る魔法が発動したんだ」
残された衣類の中からひょこっと小さな野うさぎが飛び出した。
「……うさぎになる魔法?」
「レナを危険から身を守る魔法だよ。なんの動物になるかは決まってないが昔助けてくれたお礼。……そこのうさぎ、十二年その姿で乗り切れたら元の姿に戻る魔法だ」
野うさぎは低くブッブッと鳴いていたけど、何度か自分の体を確かめるように回った後、どこかへ飛んで行った。
「……大丈夫でしょうか」
侯爵家のパーティーで行方不明者として問題になったら従兄夫婦に迷惑がかかるかも。
「レナは優しいな。問題ない、俺が責任をとるから」
アンドレアさんが衣類を指差すと一瞬で燃えて灰になった。証拠隠滅?
「反省して良い行いをすればそのうち元に戻るから気にしなくていい」
野うさぎの姿で良い行いができるのか不思議に思っていると、
「どこかの屋敷で大人しく飼われて反省するとか、ね。人に戻る時には今回の出来事は忘れているからレナの名前も思い出せないはずだよ」
そう言われてようやく納得した。
「アンドレアさんはどなたとここに?」
今日のパーティーは誰でも友人を一人連れてきていいという気楽な催しだった。
明るい音楽が絶えず流れ、大きな笑い声やグラスを掲げて乾杯する姿も多く見られる。
とがめる年配者はおらず、マナーなんて気にせずに楽しんでいた。
だからさっきみたいな男も紛れ込んだのだと思うけど、アンドレアさんと会えたのは嬉しい。
「一人で来たよ。あれ以来、レナにお礼も言えなくて遅くなってしまったけど」
「いえ、元気そうで安心しました。……アンドレアさんは現侯爵とお知り合いだったのですか?」
それには答えずにこっと笑うので質問を変えた。
「今夜は身分の高い方がいらしたそうですけど、お会いしました? 私も戻って挨拶をしないといけないかもしれません」
「いや、その必要はないよ。多分、俺のことかもしれない。アンドレア・ロ・リオンディーノ、竜人族の第三王子だ。レナ、花嫁として君を迎えたい」
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