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 交渉/決裂 2

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「これはこれは、皇帝陛下。まさかこんなところにお越しくださるとは。私は、ヴォーグ・マグノア。この商会の代表をしております。どうか、お入りください」

 ギリアムが連れてきたのは、部下と思しき人相の悪い男たちと、肉付きのいい男だった。
 肉付きのいい男は、あまり強そうには見えない。けれど、部下たちからは恐れられているみたいだ。
 ヴォーグ・マグノア。マグノア商会の代表。
 私は、初めて見た。
 恭しく頭を下げるヴォーグに連れられて、私たちは商会の中に入った。
 広い応接間に通される。立派な革張りのソファに、床には水色大虎の毛皮の敷物が敷いてある。
 まさかティグルちゃんを、と思ったけれど、こんなに短時間で毛皮を加工できるはずがないので、多分違うだろう。
 お茶を出そうとヴォーグが指示をするのを、レイシールド様が「必要ない」と断った。
 私はレイシールド様の隣に、ヴォーグと対面をしてソファに座った。
 ヴォーグの後ろには、ギリアスを筆頭に部下たちがずらりと並んでいる。

「陛下。ギリアスの話によれば、クリスティス家の借財を、全て肩代わりするつもりだとか」

「あぁ。全て支払う。お前たちが連れて行った、水色大虎と天馬の分もな」

「それはそれは。クリスティス伯爵家の借財は、元々は三百万ギルス。それが利息を合わせると、現在はざっと、七千万ギルスに膨れあがっていますが」

「なんだ。その程度でいいのか」

 レイシールド様は足を組んで、ゆったりとソファに座って、なんでもないことのようにあっさりとそう口にした。
 私は金額のあまりの多さに、口から心臓が飛び出そうだった。
 どんな計算をしたらそんな額になるのだろう。絶対嘘なのに。
 でも、レイシールド様に全て任せるべきだろう。文句を口にすることはできず、黙っていた。

「いやはや、一国の皇帝陛下にしたら、その程度の額、なのですね。庶民とは感覚が違う」

「御託はいい。支払おう。その代わりお前たちは二度とクリスティス伯爵家に足を踏み入れず、関わることもせず、奪った魔生物も返す約束をしろ」

「あぁ、あぁ、忘れていた……!」

 ヴォーグはわざとらしく、大仰な身振り手振りを加えながら慌てたように言った。

「魔生物たちは鑑定をしたら、二億ギルスの価値があるとか。もうすでに、伯爵家から貰い受けた物ですから、こちらに権利があります。総額、二億七千万ギルスですね、陛下。どこから金を出すのでしょうか、国費ですか? 国費からだとしたら、女のために民の血税を支払った愚かな陛下として、どこからともなく噂が立つかもしれませんね」

「……っ」

 私は、両手を膝の上で握りしめる。
 私の家だけではなく、皇家からお金をむしりとるつもりなのだわ。
 許せない。でも、やっぱりこれ以上レイシールド様に迷惑をかけられない。
 私が口を開こうとした時だった。
 レイシールド様が、口元を押さえて、堪えきれないとでもいうように笑い出した。

「ふふ……はは……っ、はは……っ、あぁ、面白い。俺を脅すつもりか? 俺が誰なのかを理解していて、随分と豪胆だな、ただの金貸しの分際で」

「まさか、陛下とあろうお方が、女に惑い国費を湯水のように使うわけにはいきませんよね。私には、伝手があります。噂は一日で国中に広まるでしょう。陛下が暗愚だと分かれば、つい先ごろ兵を退いたばかりのフレズレンが再び勢いづくのでは?」

「お前は、俺がなんと呼ばれているのか知らないのか?」

 レイシールド様は肩を震わせて笑うのをやめて、酷く冷たい瞳で、ヴォーグを見据えた。
 まるで心臓を射殺すような冷ややかな瞳だった。
 ヴォーグは、余裕の表情が嘘のように、がたがたと震えた。

「お、脅しなど、屈しない。善良な民を脅す陛下として悪名を轟かせたいのか! 私は地位が欲しい。そうだな、国の宰相などの地位をくれるのなら、穏便にすませてやろう。お前の惚れた女にも二度と手出しはしない!」

「大人しく、七千万ギルスを受け取っていればよかったものを。残念だが、交渉は決裂した」

 レイシールド様はそう言うが早いか、剣を抜いた。
 目の前のテーブルに足をかけて、ヴォーグの喉元に抜き身の剣を突きつける。
 ヴォーグの部下の男たちが、剣を抜いている。ギリアスが叫び声を上げながら、ヴォーグに突進してくる。
 けれど、レイシールド様の方がずっと早く、そして、強い。
 ヴォーグに向けていた剣でギリアスの剣を受けると、ヴォーグの体を蹴り上げる。
 鞠玉のように飛んだヴォーグは、べしゃりと床に崩れ落ちた。

「リュコス、ティディスを守れ。姿を隠せ」

『了解じゃ、父上』

 私の体はどうやら透明になったらしかった。
 透明になった私は、同じく透明になったリュコスちゃんの姿を見ることができた。
 部屋の隅に、リュコスちゃんに服を噛まれて引っ張られて連れていかれる。
 その間にレイシールド様は、まるで水を得た魚のように、襲い来る敵をバサバサと切り倒して──はいないけれど、剣の柄や足や拳で、次々と床に沈めていった。

『強いの、父上は。これでは出番がなさそうじゃ』

 リュコスちゃんの上で、シュゼットちゃんもうつらうつらしながら頷いた。

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