崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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契約の呪法陣

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 次から次へと出てくる破落戸たちを全て片付け終わると、男たちは折り重なって山みたいになっていた。
 その一番下に埋もれるようにして、潰れているヴォーグの元へと、レイシールド様は剣を鞘にしまうと歩いていく。
 カツンカツンと響く足音が、ヴォーグには死刑宣告に聞こえるのかもしれない。
 不遜な態度はど声やら、青ざめてぶるぶると震えている。

「ティディス。こちらに」

「は、はい……!」

 リュコスちゃんの透明化が解除されたようだ。私はレイシールド様に呼ばれて駆け寄った。

「どこにいたんだ、小娘……っ、小娘を先に捕まえておけば……地味すぎて見えなかったのか……」

「し、失礼……流石に失礼です……!」

 床に倒れているギリアスが言う。
 私は腹が立ったので、気づかないふりをしてギリアスの背中を思い切り踏んだ。
 足の下から、「ぐぇっ」という、潰れたカエルの声みたいな音がした。

「大丈夫だ、ティディス。君は地味じゃない。可愛い」

「ありがとうございます……」

 レイシールド様が淡々と褒めてくださるので、私は頬を染めた。
 もう演技はしなくてもいいのではないかしらと思うのだけれど、どうなのかしら。
 私が隣にたどり着くと、レイシールド様は床に足をついた。
 軽く床に手を触れさせると、何もなかったその場所がわずかに青く光って、一枚の紙が現れる。

「これは、契約の呪法陣。先ほどの交渉の通り、七千万ギルスの支払いで、クリスティス家の者たちとの接触を一切封じるものだ。お前の部下たち全員に適用されることを覚えておくがいい。万が一契約が破られれば、全身を針に突き刺されるほどの痛みが、死ぬまでお前に齎されるだろう」

「ひ……っ」

 床に現れた紙は、契約書に見える。確かにレイシールド様のおっしゃったようなことが、内容として書かれているみたいだった。
 レイシールド様は腰の短剣でヴォーグの指先を切った。
 その手を掴み強引に血判を押そうとしたところで、ヴォーグから悲鳴のような声が上がった。

「わかりました、陛下! 申し訳ありませんでした……! しかし、魔生物はもういないのです。とっくに売り払ってしまって……!」

「そうか。では、取り戻せ」

「そ、それは、それはとても無理です……! 魔生物を取り扱っている元締めは、とても手を出せないような方で……」

「誰だ?」

「そ、それは……」

「今、命があることを俺に感謝するべきだと、お前は理解した方がいい。俺は気が短い。言え」

「アーシャル侯爵です……! アーシャル侯爵は、フレズレンと通じていて、魔生物を売って稼いだ金を、フレズレンに送っていて……! あちらの国に亡命する足がかりにするつもりらしいのです! 半分化け物の陛下など信用できないと言って!」

 私は悲鳴をあげそうになって、喉の奥に言葉を押し込んだ。
 それは、マリエルさんのご実家の名前だ。まさか――そんな。
 マリエルさんはとても優しい――私の、お友達なのに。

「……そうか。どこで、水色大虎たちは売られているんだ?」

「それは知りません……! 私たちの役割は、魔生物を捉えて引き渡すところまでですから……! 国の法を侵すような危険な橋は極力渡りたくない。売り捌いているのは侯爵の息のかかった連中です。オークションの場所も知りませんよ……!」

「そうか。よい心がけだな、ヴォーグ。教えてくれて感謝する」

「で、では、許してくださるのですか……!?」

「あぁ。だが、あまり悪どいことをすると、また痛い目を見ることになる。覚えておいた方がいい」

 レイシールド様は、契約の呪法陣にヴォーグの血の滴る指を押した。
 その紙は、ヴォーグの血を吸収するようにして赤色に色を変えた。
 レイシールド様がその紙を拾ってくるくると器用に巻くと、その手の中にその紙は消えてしまった。

「ティディス。戻ろう。闇オークションの場所は、君の父が詳しく知っているだろう」

 それから、今までの恐ろしいぐらいに冷徹なレイシールド様はまるで別人だったみたいに、私の手を取ると、優しく言った。
 レイシールド様は部屋を出る時に思い出したようにして、パチリと指を弾いた。
 テーブルの上に、おそらく金貨の入っているだろう袋が、どさりと重たそうな音を立てながら現れる。

「約束の金だ。端金だが、それでお前たちの気が済むのなら取っておけ」

 青ざめて何も言えなくなってしまった私を連れて、マグノア商会を後にした。



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