ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

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イレリオ

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「へ……? え、ちょっ、」


急に明らかに不機嫌そうな、どこか物騒な唸り声を上げる青年に、俺は焦って後ずさる。
鼻筋に皺が寄り、口元からは短いが犬歯が覗く。
だが後ろへ下がろうとする俺の腕を掴まえて、青年は茶色の瞳を細く眇めた。


「可哀そうに……こんな子供なのに、あのチャラ男に弄ばれたんだね!? 大丈夫、君は僕が保護するよ」

「は? 弄ぶ?」


ぶつぶつと何やら呟き始めた青年に、俺は腕を掴まれたまま首を傾げる。
弄ぶってあれか。
俺がまだ日本にいたころに、昼ドラとかで見た感じか。
それを俺があのルアンに?
あり得ない。
ルアンと話したのはほんの数十分程度で、確かに黒豹らしく闇のような色気を纏った男だとは思ったけど、だからと言って別に何かがあったわけじゃない。


「いや違くて」

「ああ、庇わなくてもいいんだよあんな男。傷心の君に聞かせるのは申し訳ないけど、今までもルアン団長のことを聞きにくる子はいたんだ。彼に捨てられたから、行方を教えて欲しいと」

「え、いや、本当に違うって、」


怖いくらいに強い力で握られた腕を振り払おうとするけどびくともしない。
青年は自分の言葉に酔っているんだろうか、俺のことを憐れむような瞳で見るとペラペラと喋りだす。


「同じく獣性の強いアズラーク団長がずっと番を作らないからね、ルアン団長も遊びまわっていいと勘違いしているんだよ。本当にあの人はどうしようもない」

「は?だから何言って、」

「君はまだ幼いから分かっていないかもしれないけど、あの男は次の相手に興味が移ったらすぐにポイなんだ。本当にこれだからネコ科の獣人は……」


ルアンのことを悪し様にいいながら、青年はぐいぐいと俺の腕を引っ張る。
獣人の力に敵うはずもなく足元を踏ん張っても引きずられていって、このままじゃ、どこへ連れて行かれるか分からない。
俺には時間がないっていうのに。
こんなところで揉めている暇はないんだ。

わさわさと横に振られる茶色の尻尾が無性に腹立たしい。
俺のことを引き摺りながら進む青年のそれに向かって手を伸ばすと、俺は出来る限りの大声で叫びながら、尻尾を思い切り握りしめた。


「……っ! だから! 本当に違うって言ってるだろ!」

「キャンッ!」


相当痛かったのだろう、憐れな声が彼の口から上がる。
本当の犬だったら可哀そうだけど、目の前の獣人は身長2mを越える只の大男だ。
ようやく足を止めた彼の尻尾から手を放す。


「な、な、なにを……!」

「話を聞いてください」


そう言えば、耳や尻尾は相当親しい獣人同士でないと触らせないんだったか。
酷いことをしてしまった気もするけど、誤解で連れ去られて保護されるわけにはいかない。

できるだけ低い声を出して、唇の端を吊り上げると、俺よりも頭二つ近く背の高い青年の顔を覗き込む。


「俺はルアンさんに弄ばれたりなんかしていません。そもそも、恋愛的な意味で彼に会いたいんじゃない。本当に、ただの知り合いです。勘違いしないでください」


わたわたと戸惑う相手に合わせてこちらまで動揺を見せたら、絶対にペースに飲まれる。
そう思ってじっと蛇のように彼を見つめていると……。
尻尾を庇いながら小さくわなわなと震えていた青年は、徐々に落ち着きを取り戻したみたいだ。

何度も俺の言葉を飲み込むみたいに『ただの知り合い』ともごもご口の中で繰り返した。
それからようやく首を傾げながらも俺の言葉を信じることにしたようで。


「本当に、ルアン団長に捨てられたわけじゃなくて?」

「そうです」


先程までの明らかに俺の話を聞いていない様子から、まだ若干の疑いの色を瞳に乗せているものの、俺の話を耳に入れるようにはなったようだった。


「本当に、本当にルアン団長を庇ってるってわけじゃないんだね?もし君みたいな子供に手を出してあまつさえ捨てたっていうようなら……」

「だから違います。それに俺は子供じゃありません。とっくに成人済みです」


俺が『成人している』と言ったことに驚いたんだろう。
口にはしなかったけれど瞳が大きく見開かれ、顔に信じられないとありありと浮かんでいる。
だが今は、そんな些細なことで言い争って時間を割くのが嫌で、急くように言葉を重ねる。


「ともかく、俺はルアンさんに会いたい……っていうか、会わなきゃいけないんです。もし知ってるんだったら、家への行き方教えてもらえるとありがたいんですけど……」


俺は何としてでもルアンの家に行って、レオンの無事を確認したい。
俺が元気でやっていることも伝えたい。
豊かとはいえない生活で、文句ひとつ言わずに俺を助けてくれた彼が、せめて今は安全なところで生活していると確かめたかった。
そして今まで迷惑をかけっぱなしだったことと、俺の方が大人なのに何の恩返しもできないまま去ってしまったことを謝りたい。

そう思って、祈るような気持ちで犬耳の青年を見上げていると、なぜか彼は顔を赤くして、何度か大きな咳払いをした。


「……お兄さん?」


何だろうか。
俺、何か変なことをしたのだろうか。
どこか視線を彷徨わせた彼に首を捻るけれど、青年は何でもないと言うように首を横に振った。


「いや、ルアン団長の家は、ここから噴水のある大通りをまっすぐ行ったところだよ。大きな屋敷だからきっとすぐ分かる。でも君みたいな子猫の足だと一日かかるだろうな」


彼の逞しい腕が、すっと石畳でできた通りの向こう側を指さす。
広く長い、そして日本のアスファルトと違ってでこぼこしたその道はまるで延々に延びているようだ。

彼の、俺の足だと一日かかるって言う言葉はあながち間違いではないだろう。
子猫というのはともかくとしても、俺の膝も足の裏もここに来るまでですらもう疲れ切っていて熱を持っている。

あまりにも長く果てしない道を見て、俺はくらりと眩暈に近いものを感じた。
……今日だけでレオンに会うのは無理かもしれないな。

本当はレオンにはできるだけ早く会いたい。
だけど夜が明けて、アズラークが帰ってくるまでに屋敷に戻れなくて迷惑を掛けたら本末転倒だ。
急に家から飛び出して心配を掛けたいわけじゃない。
アズラークの手を煩わせたくないから、ここまで来ているんだ。

レオンに会いたい気持ちと、アズラークに迷惑を掛けられないという気持ちが心の中でせめぎ合う。
もどかしい思いに頭を抱えそうになっていると、目の前の青年が一歩俺に近づいてきた。


「君の足だと一日かかるけど、僕の足だったらあっという間だ」

「え……? ええ、まぁ、そうでしょうね」

「それに鍛えているから、軽い猫獣人くらい抱えて走るのもわけない」

「はぁ」


彼は何を言っているんだろう。
茶色の瞳が、高い位置からこちらをじっと見下ろしてくる。
その瞳は少しだけ躊躇みたいなものを見せていたけれど、同時に、どこか熱を孕んでいるようにも見える。


「僕の名前はイレリオ・パトレーゼ。近衛兵団で……ルアン団長の直属の部下だ」


近衛兵団。
その言葉に、目の前の彼の姿勢の正しさや鍛えられた体に納得がいった。
どこか誠実で真面目そうな顔立ちも、品の良さそうな物腰も。

イレリオは一人納得する俺に、更に言葉を重ねる。


「嫌じゃなければ、僕がルアン団長の屋敷まで連れていくけど、どうかな?」


彼はそう言うと、そっとその場に膝をついた。





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