ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

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犬のおまわりさん

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「近衛兵団長の家? 悪いけど、知らないなぁ」

「そうですか……すみません」


もう何人目かの済まなそうな声に、俺はがっくりと頭をうなだれた。

そんな俺を見て目の前の山羊獣人のお兄さんはメェメェと励ましてくれて、俺はそれに苦笑してお礼を言った。

だけど、それはそうだよな。
よくよく冷静に考えれば分かる。

俺だって日本で、誰か偉い人の家を知っているかって言われたら知らない。
せいぜい公邸ぐらいだけど、それはこの国だと王宮ってことになるだろう。
プライバシーやら身の安全やらもあるだろうし、ルアンの家がそんなに公になっているわけがないんだ。

なのにすぐ見つかるだろうと、アズラークの家を飛び出してきてしまった自分の暢気な頭を殴りたい気分だ。
数時間のうちに屋敷に戻らなければ、きっと俺が部屋にいないことはバレちゃうし、そうなると色々マズい。

勝手なことをした俺にアズラークが怒って、家から放り出すくらいならいいけど……。
ハロルドさんやメイドさんが心配して捜索でもされちゃったら、迷惑極まりない。

俺はため息を深くついた。
そのまま頭を軽く下げて他の人に話しかけようとすると、山羊獣人のお兄さんは『ちょっと待って!』と俺のことを引き留めた。


「そうだ!近衛兵の団長の家は知らないけど、近衛兵団の詰所なら分かるよ!」

「詰所?」

「そうそう。近衛兵団長の執務室は王宮の中だから入れないけど、訓練をするための広場があるだろ? そこの詰所に団長も来るから、待ってれば会えるんじゃないかな?」


そうか。
俺はレオンが『屋敷に居る』からそっちに行こうとしていたけど、直接行かなくてもいいんだ。
ルアンに会って、それで話をさせてもらうよう言えばいい。
もし可能なら、頼み込んでレオンをアズラークの屋敷に連れて来てもらってもいい。

飛び上がるようにしてお礼を言い、教えてもらった方向へ向けて走り出す。

……もうすぐ、レオンに会える。

きっと心配させてしまっていただろう。
急にいなくなってしまったことを謝って、無事だったと伝えて。

レオンこそ無事に暮らしていられたんだろうか。
なんで近衛兵団長のルアンが彼を匿っているんだろう。
危険な目に遭わされていないといいけど。








だが。

石畳の上を走っていたはずの俺は、いつの間にかへろへろとよろめきながら歩いていた。


「獣人の国……舐めてた……」


そうだ。
この街は別に広くない。
そう教わった。

王都といえど巨大都市じゃなくて、普通の『獣人』なら一日で端から端まで歩ける程度の大きさしかない。
獣人は都市部に住むよりも森や山の中なんかでコミュニティを作ることも多いらしく、それでも都市が人口過密になることはないとハロルドさんに聞いた。

その時に俺はすっかり聞き流してしまっていた。
なんなら、歩いて回れるなら東京よりも住みやすそうだなんて思っていた。
だけど、そうだ。『獣人』なら、一日で歩いて回れる距離、だ。

俺の横をどこかの子供たち……と言っても俺よりも背は高い……が、楽し気に笑いながらすごいスピードで走り去っていくのを遠い目で見る。
薄暗い闇が辺りを包む中、家路を急いでいるのだろうか。
砂ぼこりを巻き上げながら駆ける少年たちの後ろ姿は、あっという間に米粒よりも小さくなった。

……ひ弱な日本のサラリーマンとは比べちゃいけないよな。

こんなことなら日本にいる間にジムにくらい行っておけばよかった。
走りすぎて痛む肺を抑えながら、どうしようもないことを考える。

汗をかいて気持ち悪い。
深く被っていたフードを取り去ると、足を引き摺るようにして進める。


すると、大きく高い、威圧感のある塀が聳え立っているのが見えた。
中から僅かだけれど人の掛け声のようなものも聞こえる。


「は、ぁ、もしかして、あれか」


巨大な王宮を守るように作られた、二翼の広い前庭。
その一つはアズラークの所属する騎士団のもので、もう一つが近衛兵団のものだ。

前庭と言ってもヴェルサイユ宮殿の庭園のような優雅なものではなくて、兵士が訓練したりするための実用的なものだ。
昔は、その王宮の奥底でニンゲンを『保護していた』らしいと言ったのは、さっき俺に道を教えてくれた山羊のお兄さんだ。

そのことにぶるりと体を震わせる。
まさか一生来たくないと思っていたところに、自分から近づくなんて。

でもそんなこと言っている場合じゃない。
塀にはなんとかたどり着いたけれど、どこから近衛兵の詰所に入れるんだろうか。

とりあえず中に入り込まなきゃ。
きょろきょろと辺りを伺い、入り口を探していると。



「待ちなさい、そこの猫獣人。何をしているんだ」

「ひゃっ!」


硬質な声を掛けられて、びっくりして思わず飛び上がる。


「ご、ごめんなさい!」


日本人の癖なのか、それともただ俺がビビりなだけなのか。
思わず謝罪を口にしながら振り返ると、大きな体が俺の真後ろに立ちふさがっていた。


「謝らなくていいよ。そろそろお家に帰る時間だよ。ああ、迷子かな?」


目の前に立っていた背の高い獣人は、犬、なんだろうか。
艶のある明るい栗色の髪の毛。
髪の毛よりも濃い栗色の瞳。

温和そうな、だけどキリリと引き締まった顔立ちの青年が、こちらを見下ろしていた。


「大丈夫? 良かったら家まで送るよ」


青年は、首を傾げながらそっと俺の肩に手を置いて、俺を大通りに連れて行こうとしてきた。

……これは。
間違いなく犬のおまわりさんだ。
そして俺は保護されかけている。

その優しさは嬉しいけど、ここで警察の世話になんてなったら一大事だ。


「いえ……! 違うんです。俺、近衛兵団のルアン・クルーガーさんに会いたくて、その、」

「ルアン団長の?」

「はい! あ、もしかしてお兄さん知り合いですか? だったら、俺、ルアンさんの家に行きたいんですけど、」


目の前の青年が目を見開くのを見て、俺はもしやと思って声を上げる。
彼の反応は、どう見てもルアンを知っている人のものだ。

だったら別にルアンに会えなくても、家にたどり着けさえすればいい。
そう思って言ったつもりだったのに。


目の前の青年は、俺の言葉を聞くとぴたりと動きを止めて、ぐるる、と喉の奥から響くような唸り声を上げた。


「あの人は……まさかこんな子供にさえ手を出しているのか……!?」





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