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 授業開始の鐘が鳴り、二人は慌ててそれぞれの教室に戻った。

 もともと集中力が続かないオーブリーは、授業そっちのけで、マルヴィナのことばかり考えていた。

 面倒だから、伯爵夫人にはなりたくない。束縛は嫌だし、金は自由に使う。その条件なら愛人になってあげてもいい。無茶苦茶だが、あの容姿なら、なんでも許せてしまえそうになるから不思議だ。

(同じことをミラベルに言われたら、ふざけるなって怒鳴るところだけど……でも、でもなあ)

 流石に、不細工だから愛人をつくってもいいだろと、直球では言い辛い。傷付けたいわけじゃないから。

 悩みに悩んで。今日のところはとりあえず、保留にしようかなと結論付けた放課後。

「オーブリー様~」

 マルヴィナが、ふたたび教室にやってきた。美しい容姿のマルヴィナが、クラスメイトの視線を自然と集める。

(……なんだろう、この優越感)

 高揚する気持を隠し、マルヴィナがいる教室の出入り口に向かう。

「どうされました?」

「迎えにきちゃいました。さあ、ミラベル様のところに行って、三人で話し合いをしましょう。こういうことは、早い方がいいですからね」

「そ、それなんですが……ミラベルを傷付けない言い方が、思いつかなくて」

「そんなこと考えなくていいんです。ありのままを、正直に伝えるのが、結局はいいんですから。それが誠意ってものです」

 澄んだ声色に、そうなのかなと、オーブリーが納得しそうになる。

「ほら、お早く」

 手を握られ、引っ張られる。柔らかい感触に、オーブリーの心臓が早鐘を打ち始める。

(うう……ドキドキする)

 隣のクラスの教室の前まで行くと、ミラベルは女子生徒に囲まれながら、楽しそうにおしゃべりをしていた。

(相変わらず、人に囲まれているなあ)

 人当たりのいいミラベルは、基本、誰とでもすぐに仲良くなれてしまう。それは才能だと思うし、羨ましさすらある。

(……ぼくだって、ミラベルが婚約者でさえなければ、普通にいい子だって思えたさ)

 ぼくは悪くない。こぶしを握りしめるオーブリーに気付いたミラベルが「ごめんなさい、迎えにきてくれたのね」と、慌てたように急いで鞄を手にした。

「ではみなさん、また明日」

 軽く頭を下げ、教室の出入り口に立つオーブリーの元に、小走り気味に駆け寄るミラベル。

 そのミラベルが、はたと足を止めた。扉の陰に隠れて見えなかった、オーブリーの隣に立つマルヴィナの姿を視界に捉えたからだ。

「この方は?」

「……えと、その」

 しどろもどろのオーブリーに代わるように、マルヴィナが口を開いた。

「はじめまして。子爵令嬢のマルヴィナです。少しお時間、よろしいですか?」

「? かまいませんが……」

「ありがとうございます。ここではなんですから、移動しましょう」

 マルヴィナは微笑むと、二人を先導するように歩き出した。オーブリーが緊張から、たらりと汗を流す。顔色も悪い。なにも知らないミラベルが心配そうに声をかけてくれるが、答えられるはずもなく。

「……へ、平気。あり、がとう」

 目を合わせることもできず、礼だけを述べる。大丈夫だよな。ぼく、間違ってないよなと、必死に言い聞かせる。

 マルヴィナは音楽室の前までくると、どこからか取り出した鍵で、扉を開けた。

「……それ、どこから」

 オーブリーが目を丸くすると、マルヴィナは「このために、先生から借りてきたんです」と、笑った。

「さあさ、お二人とも」

 マルヴィナに軽く背を押され、オーブリーとミラベルは、音楽室の中に入った。後ろ手で音楽室の扉の鍵を閉めたマルヴィナは、にこりと口角を上げた。

「では。さっそく、話し合いをはじめましょうか」

 一人なにも理解していないミラベルが、説明を求めるように、オーブリーに視線を向ける。

 オーブリーが俯いたまま、押し黙る。そんなオーブリーの腕に「大丈夫ですよ」と、マルヴィナは自身の腕を絡ませた。

「ミラベル様は人格者なのでしょう? ならきっと、あなたの悩みも苦しみも、理解してくれますよ」

 あまりに距離が近い二人に、ミラベルが絶句する。それに気付かず、オーブリーはマルヴィナの言葉に背中を押されるように、口火を切った。


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