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6. 王女様はもういない
しおりを挟む(沈黙が……怖いわ)
言うべきでは無かった……殿下は絶対ショックを受けて固まっている。
そう思って顔を上げたのに、殿下の様子は私が想像したものとは少し違っていた。
「……で、殿下?」
「………」
(あら? ……これ、この表情は怒っている?)
ショックを受けている……と言うよりも、静かに怒っている顔のような気がした。
ドゥルモンテ国の名前を聞いた時はあんなに動揺していたというのに。
しばらくそのまま無言の状態が続いたけれど、ようやく殿下が口を開いた。
「───ユディットは」
「は、はい」
「その“噂”を聞いて……」
「す、すみません……もし、本当の話だったら、とか……色々と考え込んでしまいました」
「それで、上の空に?」
「……な、情けない話なのですが」
「情けなくなんかない」
そう言って私が頭を下げていると、そっと頭を撫でられた。
こんな時ですら手つきが優しい。
「ユディット……」
「え? 殿下…………きゃっ!?」
頭を撫でるのをやめた殿下はそのまま私の手を取ると、自分の方へと引き寄せる。
そうして私は殿下の胸に勢いよく飛び込む形になった。
(えぇぇ!?)
殿下は素早く私の背中に腕を回したのでギュッと抱き込まれる。
「……悩ませてすまない。そんな噂……さぞかし驚いただろう?」
「い、いえ……これは私が一人で勝手に……それに……」
驚いたのは私よりも殿下の方のはずよ。
亡くなったはずの愛しい人が生きているかも……だなんて話、驚かないはずがない。
「……ユディットは優しいね。僕の事を心配してくれたんだろう?」
「だ、だって……」
「……周囲が最近、妙によそよそしかった理由はこれだったんだな……何かあるのか? と聞いても皆、はぐらかすんだ」
「あ……」
やっぱり、殿下の周囲の人たちはこの話題に触れないように、知られないように、と気を使っていたみたいだ。
「ユディット」
「は、はい……」
殿下の腕に力が入ったので、更に強く抱きしめられた。
少しだけ殿下の身体が震えている気がしたので、私も背中に腕を回す。
「───ジュディス……はもう“いない”」
「え?」
「いないんだ……それを僕はよく知っている」
「殿下……?」
(知っているとは、どういう意味かしら?)
ジュディス王女はドゥルモンテ国にいて襲撃されている。当時の殿下は、自国……モンテルラン王国にいたと聞いているわ。
さらに聞いた話だと、殿下はドゥルモンテ国に行こうとしたけれど、混乱が酷く危険だという理由で反対されて行けなかったとも。
(そんな形で最期に会えていないなら、王女様が生きている説を信じたくなってもおかしくないでしょうに……)
それなのにもういない……殿下はそう言うのね?
「ユディット……僕の婚約者は君だ」
「は、い……」
私は殿下の腕の中で小さく頷く。
「誰がなんと言っても、僕は絶対に君と結婚する。それだけは絶対に譲らない」
「!」
「それが僕の…………」
───ギュッ
更にとても強い力で抱きしめられた。
まさか、そんな力強い宣言をしてもらえるなんて思わなかった。
「わ、私でいいのです……か? 私は……」
空いてしまった席に、身分の高さを理由に無理やり決められておさまっただけの政略結婚の相手。
かつてのあなたがジュディス王女と婚約した時のように、互いの恋愛感情あっての婚約ではない───
「ユディットがいい。他の誰でもなく……君じゃなきゃ駄目なんだ」
「殿下……」
あぁ、胸のドキドキがすごい。
そして殿下は今、どんな顔をしてこの言葉を言ってくれているの?
……強く抱きしめられているので、殿下の顔が見えない事が残念だと思ってしまった。
(私はこの言葉を信じていいの……?)
もしも、噂が本当だったとしても殿下は私を選んでくれるのだと───
❋❋❋
「……バーナード殿下」
僕がユディットの部屋から出て来たら、部屋の前にずっと控えていた男が声を掛けてきた。
「ローラン」
「ユディットの様子は……どうでしたか?」
「……」
ユディットの様子がおかしいと僕に教えてくれたのは、リヴィン先生だけではない。
今、目の前にいるユディットの兄……ローランもだった。
「とりあえず、この後は本日、たくさん出されてしまった課題に取り掛かるそうだよ?」
「は、い?」
ローランが意味が分からないぞ?
と、いう顔で僕の方を見る。
その顔がユディットとよく似ているように見えてしまったので面白いものだと苦笑する。
「本日の講義を受けている間、上の空だったせいでたくさんの課題を出されたそうだ」
「あ、あぁ……そういう……」
本音を言えば、もっとユディットと話していたかったけれど、僕も公務を抜けて公爵家に来ている。そろそろ戻らなくてはならない。
ユディットもこれから、リヴィン先生が大量に出した課題に取り組まないといけないので……と悲しそうな目で言っていた。
(すごい課題の山だったな……)
だが、ユディットの事だから、全部手を抜かずに頑張るんだろうな……
だって彼女はそういう人だから。
(ユディット……)
彼女を思うと自然と頬が緩み、笑みが溢れた。
「殿下……」
「……っ」
しまった!
ローランがいたんだった。僕は慌てて気を引き締めて表情を戻す。
「そんなに無理に表情を戻さなくとも……我々はあなたがまた笑顔を見せてくれるようになった事がどんなに嬉しかったか……」
「……」
それはジュディスを失った時の事を言っているのだろう。
あの日、ジュディス達が……ドゥルモンテ国の王族が襲撃されたと聞いた僕は、かなり取り乱していたからな。
「……あの襲撃の話を聞いて取り乱したのは殿下だけではありませんよ?」
「うん?」
「“ユディット”もです。あの子はショックのあまり発作まで起こして、一時は自身の命すらも危うかったですからね」
ローランが遠い目をしながら言う。
あの日の事を思い出しているのかもしれない。
「……そうだったな……元気になってくれて良かったよ」
「はい」
と、しんみりしてしまったが、このままではいけない。
これだけはローランにも確認しておかないと。
「ところで、ローラン」
「は、はい!」
「今、ユディットの口から、最近世間で広まっているという“噂”の話を聞いたんだが」
「!」
ローランの顔色がとても分かりやすく変わった。
「民衆だけでなく、貴族の間でも広まっているとか……」
「……そ、それは」
「お前たち、あえて僕に隠していたな? それも徹底的に! そのせいでユディットを悩ませてしまったじゃないか!」
「え、ユディットが……ですか……?」
「そうだ。様子がおかしかったのはその話を聞いたかららしい」
ローランがショックを受けた顔をする。ローランの事だから、噂の出処や真偽を確かめてから報告するつもりではいたのだろうが……
「とりあえず、王宮に戻るから現時点で分かっている事を全て報告しろ」
「はい!」
「……それから、ドゥルモンテ国……ヘクトールに連絡を取らなくてはな」
「そうですね」
こうして僕はローランを連れて王宮に戻った。
───
「はぁ……」
ガタガタと揺れる馬車の中で外の景色を眺めながら、ため息を吐いた。
「……ジュディスが実は生きている……か。いったい何処から出た噂なのか……」
王宮に戻る為の馬車の中で僕は一人そう呟く。
「……」
───ジュディスは、もういない。
眩しいくらいの金の髪を靡かせて、いつだってキラキラの笑顔を見せてくれていた、ちょっとお転婆な王女だったジュディスはもういないんだ───
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