5 / 29
5. 王子様の突撃訪問
しおりを挟むその後も、王宮内を歩けば歩くほど“その話”は嫌でも耳に入って来て、これはかなり多くの人々の間で広がっている話なのだと分かった。
どうやら、もともとは、ドゥルモンテ国の中で密かに囁かれ広まっていった話で、何がきっかけなのか、我が国にまでその噂が広がってきた……という事らしい。
ジュディス王女が生きている───
噂によるとジュディス王女は、あの日、密かに逃がされていたという。
(確かに兄王子が逃がされていたという話は有名よね……)
だからこそ、王女様だって逃がされていてもおかしくはない……
でも、もしそれが本当なら、すでにクーデターは兄王子の手によって鎮圧されている。それに、あれから一年も経つのだから、ジュディス王女は堂々と表に出て来てもいいはずだ。
では、どうして表に出て来ない──?
そんな疑問ばかりが生まれる。
でも、私が何よりも気になるのは……
───バーナード殿下はこの噂を知っているのかしら?
もしも知っているなら、今、何を思っている? 傷ついていない?
殿下の気持ちを知りたいような知りたくないような……そんな気持ちにさせられた。
───正直、それからの自分の行動はあんまり覚えていない。
ずっとずっと王女様の事が頭から離れてくれなかったから。
お妃教育の残りの講義にも全く身が入っておらず、上の空でいたら講師をしてくれている先生に、「ユディット様。今日は上の空ですね? 今の貴女には何を教えても身にならないでしょう」と、怒られた事だけはぼんやり覚えている。
そんな私に先生は「明日までです!」と、たくさんの課題を出した。
───
「……ユディット」
「え! 殿下!? な、ぜ……ここ、に?」
邸に帰ってきてから、改めて課題の多さに愕然としていたら、何故か殿下が私の部屋を訪ねて来た。
訪問の連絡を受けていた覚えはない……だから、急遽やってきた?
(それより、邸に訪ねて来ていた事すら気付かなかったなんて……!)
いったい自分はどれだけの時間を放心状態でいたのかと思うと……無性に情けなくなった。
「え? なぜここにってノックはしたんだけど……? ユディット、ちゃんと返事していたよね?」
「返事……していた?」
どうやら私は、無意識に返事までしていたらしい。
これはさすがの殿下も困惑している。
私は慌てて弁解し、話題を変える事にした。
「えっと、すみません……ちょっとぼうっとしていたみたいです……そ、それで、殿下のご用事は……? 急用ですか?」
「急用というか……心配で」
殿下は真面目な顔つきになってそう言った。
「し、心配……ですか?」
「うん……」
私が聞き返すと、殿下は手を伸ばしてそっと私の頬に触れる。
そして、私の顔色を確かめるようにして覗き込んで来る。
(……近っ! 近いわ!!)
私の動揺に気付かない殿下は、そのまま話を続ける。
「……ユディットのお妃教育の講師のリヴィン先生から、今日は様子がおかしかったと聞いたんだ」
「あ……」
「それで、ちょっとだけでもいいから様子を見たいと思って無理やり来ちゃったんだけど……ごめん。やっぱり迷惑だったよね」
(私の事を心配して……? 忙しいのに無理やり時間を作って来てくれたの?)
───もう! 本当にこの方は!
「め、迷惑……ではなくただ驚いた……だけです……」
「僕が勝手にした事だから……ところでユディット、体調が悪いわけでは……ない、んだよね?」
「はい」
体調じゃない。これは私の心の問題。
私が頷くと殿下はどこか安心したように笑った。
「リヴィン先生が、いつも元気で前向きに頑張っているユディットがあんなにも上の空なのはおかしい、何かあったに違いないと、僕の元に来てこの世の終わりみたいな顔をして言うから……」
「せ、先生が……?」
「心配していたみたいだよ?」
冷たく怒りながらも心配してくれていたらしい。
でも……
私は手元にある課題の山をチラリと見る。
…………これ、終わるかしらね。
「先生は心配しながらも、山のように課題を出してきました。そこは容赦してくれなかったみたいです」
「…………みたいだね」
殿下も私の手元の課題の山を見て顔を引き攣らせた。
「でも、ユディット。君がそんなに上の空になるなんて……体調不良でないというならどうしたんだい?」
「そ、れは……」
私は殿下からそっと目を逸らす。
ジュディス王女の事は、あれだけ広まっているのだから、きっと殿下だって知っている。
婚約者だったんだもの。知らないはずがない。
「殿下は……」
「うん?」
「……今、あちらこちらで流れている噂をご存知ですか?」
「噂?」
殿下が不思議そうに首を傾げる。
(え? どうしてこの反応?)
まさか、とは思うけれど……知らない?
私はその事に驚いた。もしかしたら、周囲が気を使って耳に入れないようにしていたのかも!
それなら、私が軽々しく聞くべきでは無かった。
口にした事を後悔した。
(私だって殿下が悲しむ顔は見たくないわ)
「あ、し、知らないのなら……いいのです……」
「え? でも……」
「わ、忘れてください……」
私は、出来る事ならそのまま話を終わらせようとした。けれど……
「ダメだ! 僕はユディットに関する事は、どんなに些細な事でも放っておきたくはない!」
「殿下……」
殿下は頑固で譲らなかった。
「……」
「……僕は大丈夫だよ。だから君の不安を聞かせて? ……ユディット」
「っ!」
そんな優しい顔と声で名前を呼ぶのはずるいと思う。
「……う、噂が出回っているのです」
「うん。さっきも言っていたね? どんな?」
「…………ドゥルモンテ国の……」
「えっ!? ドゥルモンテ国?」
私がそこまで切り出したら、殿下が驚きの表情で私を見た。
私は殿下の顔を直視出来ず、顔を伏せながら続きを口にする。
「な、亡くなられたはずのジュディス王女様が……実は生きている……そんな噂、です」
「……っ!」
殿下がヒュッと小さく息を呑んだ気配がした。
「……で、殿下、あの……」
「…………」
(あぁ、やっぱり言うべきでは無かった……)
そして、そのまま殿下が無言になってしまったので、私はおそるおそる顔を上げた。
63
お気に入りに追加
3,180
あなたにおすすめの小説
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
【完結】今更、好きだと言われても困ります……不仲な幼馴染が夫になりまして!
Rohdea
恋愛
──私の事を嫌いだと最初に言ったのはあなたなのに!
婚約者の王子からある日突然、婚約破棄をされてしまった、
侯爵令嬢のオリヴィア。
次の嫁ぎ先なんて絶対に見つからないと思っていたのに、何故かすぐに婚約の話が舞い込んで来て、
あれよあれよとそのまま結婚する事に……
しかし、なんとその結婚相手は、ある日を境に突然冷たくされ、そのまま疎遠になっていた不仲な幼馴染の侯爵令息ヒューズだった。
「俺はお前を愛してなどいない!」
「そんな事は昔から知っているわ!」
しかし、初夜でそう宣言したはずのヒューズの様子は何故かどんどんおかしくなっていく……
そして、婚約者だった王子の様子も……?
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる