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5. 王子様の突撃訪問

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  その後も、王宮内を歩けば歩くほど“その話”は嫌でも耳に入って来て、これはかなり多くの人々の間で広がっている話なのだと分かった。
  どうやら、もともとは、ドゥルモンテ国の中で密かに囁かれ広まっていった話で、何がきっかけなのか、我が国にまでその噂が広がってきた……という事らしい。

  ジュディス王女が生きている───
  噂によるとジュディス王女は、あの日、密かに逃がされていたという。
  
  (確かに兄王子が逃がされていたという話は有名よね……)

  だからこそ、王女様だって逃がされていてもおかしくはない……
  でも、もしそれが本当なら、すでにクーデターは兄王子の手によって鎮圧されている。それに、あれから一年も経つのだから、ジュディス王女は堂々と表に出て来てもいいはずだ。
  では、どうして表に出て来ない──?
  
  そんな疑問ばかりが生まれる。
  でも、私が何よりも気になるのは……

  ───バーナード殿下はこの噂を知っているのかしら?
  もしも知っているなら、今、何を思っている?  傷ついていない?

  殿下の気持ちを知りたいような知りたくないような……そんな気持ちにさせられた。




  ───正直、それからの自分の行動はあんまり覚えていない。

  ずっとずっと王女様の事が頭から離れてくれなかったから。

  お妃教育の残りの講義にも全く身が入っておらず、上の空でいたら講師をしてくれている先生に、「ユディット様。今日は上の空ですね?  今の貴女には何を教えても身にならないでしょう」と、怒られた事だけはぼんやり覚えている。
  そんな私に先生は「明日までです!」と、たくさんの課題を出した。


───


「……ユディット」
「え!  殿下!?  な、ぜ……ここ、に?」

  邸に帰ってきてから、改めて課題の多さに愕然としていたら、何故か殿下が私の部屋を訪ねて来た。
  訪問の連絡を受けていた覚えはない……だから、急遽やってきた?

  (それより、邸に訪ねて来ていた事すら気付かなかったなんて……!)

  いったい自分はどれだけの時間を放心状態でいたのかと思うと……無性に情けなくなった。

「え?  なぜここにってノックはしたんだけど……?  ユディット、ちゃんと返事していたよね?」
「返事……していた?」

  どうやら私は、無意識に返事までしていたらしい。
  これはさすがの殿下も困惑している。
  私は慌てて弁解し、話題を変える事にした。

「えっと、すみません……ちょっとぼうっとしていたみたいです……そ、それで、殿下のご用事は……?  急用ですか?」
「急用というか……心配で」

  殿下は真面目な顔つきになってそう言った。

「し、心配……ですか?」
「うん……」

  私が聞き返すと、殿下は手を伸ばしてそっと私の頬に触れる。
  そして、私の顔色を確かめるようにして覗き込んで来る。

  (……近っ!  近いわ!!)

  私の動揺に気付かない殿下は、そのまま話を続ける。

「……ユディットのお妃教育の講師のリヴィン先生から、今日は様子がおかしかったと聞いたんだ」
「あ……」
「それで、ちょっとだけでもいいから様子を見たいと思って無理やり来ちゃったんだけど……ごめん。やっぱり迷惑だったよね」

  (私の事を心配して……?  忙しいのに無理やり時間を作って来てくれたの?)

  ───もう!  本当にこの方は!

「め、迷惑……ではなくただ驚いた……だけです……」
「僕が勝手にした事だから……ところでユディット、体調が悪いわけでは……ない、んだよね?」
「はい」

  体調じゃない。これは私の心の問題。
  私が頷くと殿下はどこか安心したように笑った。
 
「リヴィン先生が、いつも元気で前向きに頑張っているユディットがあんなにも上の空なのはおかしい、何かあったに違いないと、僕の元に来てこの世の終わりみたいな顔をして言うから……」
「せ、先生が……?」
「心配していたみたいだよ?」

  冷たく怒りながらも心配してくれていたらしい。
  でも……
  私は手元にある課題の山をチラリと見る。
  …………これ、終わるかしらね。
 
「先生は心配しながらも、山のように課題を出してきました。そこは容赦してくれなかったみたいです」
「…………みたいだね」
  
  殿下も私の手元の課題の山を見て顔を引き攣らせた。

「でも、ユディット。君がそんなに上の空になるなんて……体調不良でないというならどうしたんだい?」
「そ、れは……」

  私は殿下からそっと目を逸らす。
  ジュディス王女の事は、あれだけ広まっているのだから、きっと殿下だって知っている。
  婚約者だったんだもの。知らないはずがない。

「殿下は……」
「うん?」
「……今、あちらこちらで流れている噂をご存知ですか?」
「噂?」

  殿下が不思議そうに首を傾げる。

  (え?  どうしてこの反応?)

  まさか、とは思うけれど……知らない?
  私はその事に驚いた。もしかしたら、周囲が気を使って耳に入れないようにしていたのかも!
  それなら、私が軽々しく聞くべきでは無かった。
  口にした事を後悔した。

  (私だって殿下が悲しむ顔は見たくないわ)

「あ、し、知らないのなら……いいのです……」
「え? でも……」
「わ、忘れてください……」

  私は、出来る事ならそのまま話を終わらせようとした。けれど……

「ダメだ!  僕はユディットに関する事は、どんなに些細な事でも放っておきたくはない!」
「殿下……」

  殿下は頑固で譲らなかった。

「……」
「……僕は大丈夫だよ。だから君の不安を聞かせて?  ……ユディット」 
「っ!」

  そんな優しい顔と声で名前を呼ぶのはずるいと思う。

「……う、噂が出回っているのです」
「うん。さっきも言っていたね?  どんな?」
「…………ドゥルモンテ国の……」
「えっ!?  ドゥルモンテ国?」

  私がそこまで切り出したら、殿下が驚きの表情で私を見た。   
  私は殿下の顔を直視出来ず、顔を伏せながら続きを口にする。

「な、亡くなられたはずのジュディス王女様が……実は生きている……そんな噂、です」
「……っ!」

  殿下がヒュッと小さく息を呑んだ気配がした。

「……で、殿下、あの……」
「…………」

  (あぁ、やっぱり言うべきでは無かった……)

  そして、そのまま殿下が無言になってしまったので、私はおそるおそる顔を上げた。
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