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4. 王子様と婚約者の公爵令嬢
しおりを挟む「君達は相変わらずだな」
キャンキャン吠える犬のように私の前で叫んでいるルシアンの横にさり気なく人がやって来る。
「……アレンディス殿下」
「うっ……だって仕方ないだろう、アレンディス。分かってくれよ」
彼の登場に私は慌てて頭を下げる。
このさり気なく現れた彼は、アレンディス・シルフィード殿下。
この国の王子様だ。
侯爵家の令息でもあり、後の大魔術師となるルシアンと王族のアレンディス殿下は歳も同じだった事もあって、幼い頃から友人としての付き合いがあるらしい。
もちろん、私のような平民には雲の上の存在なのだけど。
「毎回毎回思うし、言ってるのだけどね。僕としてはルシアンが1人で喚いているようにしか見えないんだよ」
「何だって!?」
「だよね? フィーリー嬢」
身分に似合わず、気さくな性格のこの国の王子様は私にそう言いながら軽いウインクをした。
「……そうですね。でも、ルシアンのこれは今に始まった事ではありませんから。もう、すっかり慣れました」
「あははは、違いない! だってさ、ルシアン」
「くっ……ち、畜生……!」
私の返した言葉と反応に、殿下はとても楽しそうに笑った。
一方のルシアンはとても悔しそう。
これもこの5年ですっかり見慣れた光景だ。
「……」
本当に人生とは分からない。
まさか、自分が王立魔術学院に入学する事になって、何故か貴族の侯爵家の令息に絡まれるようになり、果ては王子様とも会話するようになるなんて。
私は仲良さそうに気安い会話をしている二人を見ながら思った。
(友人……かぁ)
ちなみに、唯一の平民という身分でこの学院に入学した私は、はっきり言って浮いている。
悲しい事にこの5年の間、友達の1人も出来なかった。
(皆、私が話しかけようとすると逃げてしまう……)
貴族と平民の間にある壁は大きいし、魔力量だけが無駄に多い無属性状態の落ちこぼれの平民女なんてどう接すれば良いのか分からないのが普通だ。
(なのに、ルシアンと来たら……)
毎日毎日欠かさず、飽きる事も無くキャンキャン絡んで来てくれるので、この5年間寂しいと思った事は一度も無い。
(これは、ルシアンに感謝すべき…………なのかしら?)
ルシアンに絡まれているおかげ(?)で、雲の上の存在だった殿下とは、たまにこうして会話をするけれど、殿下の側近達は、私を遠巻きにして決して近付こうとはしない。
そう思うと、ルシアンと殿下が変わっている人なのかも……なんて思ってしまった。
そんな規格外の魔力量しか誇るものの無い落ちこぼれで平民の私。
会話をする相手も、未来の大魔術師様(予定)の侯爵令息と王子様のみ。
こんな私が学院内で目立たないはずが無い。
実はそのせいで、ルシアンとは別の意味で絡まれる事がある。
「フィーリーさん、ちょっとお時間よろしいかしら?」
(……来た! 今日は───)
私の存在は相当、貴族のご令嬢達からは目の上のたんこぶだったようで、こうして呼び出される事はよくある。
呼び出し内容も「王子と馴れ馴れしく口を聞くなんて!」とか「ルシアン様から離れなさい!」という話ばかり。とても分かりやすい。
「……リシェリエ様」
そして、今日のお相手はリシェリエ・ラモニーグ様。
何を隠そう、アレンディス殿下の婚約者様だ。
(今日は公爵令嬢様の日なのね……)
リシェリエ様は希少な闇の属性持ちで、かつ公爵家の令嬢。
そこそこの魔力量を有する事から、文句無しでアレンディス殿下の婚約者となられた方だ。
「毎回、毎回……貴女は私の忠告が聞けないの?」
「はぁ」
「はぁ……ではありません!」
リシェリエ様は、元々つり目がちの目を更に吊り上げて睨んで来る。
(美人なので迫力満点なのよね)
そんな家柄も容姿もアレンディス殿下とお似合いのはずのリシェリエ様。
だけど、このお二人はあまり良好な関係を築けていないようで、リシェリエ様は度々、私にこうして忠告と言う名の牽制をしてくる。
「申し訳ございません……」
「……貴女には何度言えば分かってもらえるのかしらね?」
謝ったのに再び睨まれる。
闇の力は癒しの力なのに、残念ながらご本人からは癒しが感じられなくて悲しい。
そんなリシェリエ様はくどくどと私に対して言いたい事をとにかく述べていく。
「──前々から言ってますけれど! 殿下に馴れ馴れしく近付かないように! 良いですわね!?」
そして、この言葉でいつも締めくくられる。
(良いですわね? と言われても……)
反論すると話が長くなるのでここは静かに聞いておくに限る。
この5年間で私はそう学んだ。
「全く……また、のほほんとした顔を向けて! 本当に何者なんですの、貴女は!」
(のほほん?)
ちなみに、時々こんな風に呼び出され色々と忠告やら牽制やらされるけれど、私自身はリシェリエ様を嫌いではない。
「とんでもない魔力量を持っているとの噂で入学して来たので注目して見れば……」
何故なら彼女は真っ直ぐな人だ。
なんと、リシェリエ様は公爵家のお嬢様なのに私を呼び出す時は必ず1人でやって来る。普段は、取り巻きのような令嬢達が常にそばに居るというのに、何故か私を呼び出す時は誰一人連れて来ない。
(つまり一対一で話したいと言うこと)
そして、決して暴力的な事は行わず、話は長いけれど忠告だけをして去って行く。
(なんと言うか……気持ちのいい方なのよね)
金髪縦ロールの美人に睨まれるのはそれなりの迫力だけど、そんなリシェリエ様を私はどうにもこうにも憎めずにいた。
アレンディス殿下とはたまにルシアン通じて話すだけ──……一度、そう口にしてみたけれど、
「貴女はそうでも、殿下の気持ちは分からないでしょう!? 私は殿下の周りに彼の心を惑わすかもしれない女性がいるという事が彼の婚約者として許せないんですのよ!」
と、涙目で睨まれたので、反論は程々にしている。
婚約者だのなんだの貴族は色々面倒なのね……
と、この時の私は完全に他人事のように思っていた。
この先、珍しいピンク色の髪をした男爵令嬢の登場によって、学院内にゴタゴタの騒動が起きるなんて思いもせずに────
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