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第一章

え、クビ? その・二

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 勢いよくリーダーの執務室を飛び出すと、廊下の向かいから誰かがやってきた。
 暗い場所で目立たない色の服と、どこか気弱そうな表情の美丈夫……、サブリーダーのルクスさんか。
 まいったな。今、この人だけには、会いたくなかったのに。

「あれ、君はたしか、この間一緒に依頼にでかけた……」

「……はい。魔術師のフォルテです」

「そうそう、フォルテだったね。ところで、ベルムは部屋にいた?」

 ……あの厳しいリーダーのこと、気安く呼び捨てにするなんて。
 自分は最古参だから特別です、っていうアピールなんだろうか?

「えーと? ひょっとして、留守だった?」

「……いえ、いらっしゃいまいしたよ」

「そうか、それなら良かった」

「作戦会議の予定でも、あるんですか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。でも、ちょっとだけ、話したいことがあったから」

 このパーティーは人数が多いから、リーダーも多忙だ。だから、直接話す機会なんて滅多にない。
 それなのに、雑談に時間を取らせようとするなんて……、やっぱり、特別扱いされてるから調子に乗ってるんだ。

 本当は、僕の方が有能なのに。
 前回の依頼だって、とどめを刺したのは僕なのに。
 この人は、雑魚を追い払ってただけなのに。
 本当に、評価されるべきなのは、僕の方なのに……。

「ん? どうしたんだ? フォルテ」

「……別に、どうもしませんよ」

「でも、急に辛そうな顔になったぞ?」

「放っておいてください。貴方には、関係ないことでしょう?」

「いや、一応、俺もサブリーダーだし、メンバーの不調を放っておくわけには……」
「なら、なおさら放っておいてください! 僕はもう、このパーティーのメンバーじゃないんですから!」

「……え? ……あ、ああ。そう、なのか……」

 なにが、そうなのか、だ。
 お前がリーダーに取り入ってひいきされてるから、僕が評価されなかったのに……、他人事みたいに言ってくれて。 

「えーと……、それは、残念だったな……」

「まったくですね! 貴方みたいなズルい人のせいで、クビになったんですから!」

 僕の言葉に、サブリーダーは目を見開いた。

「俺の、せい?」

「ええ! 貴方が不当に評価されてるから、本当に頑張った人が評価されずに、辞めていくことになるんですよ!」

「……そうか」

「そうですよ! じゃあ、僕は二度とここには戻って来ませんから。これからも、リーダーにひいきされて、調子に乗っていてください!」

「……」

 無言で俯くサブリーダーを横目に、パーティーの事務所をあとにした。
 僕の言葉にそれなりにショックを受けたようだったから、少しは気が晴れた。
 でも、きっと明日には元通り、ずうずうしくリーダーに取り入って、不当に評価されるんだろうな。

 ……なんだか、またイライラしてきた。
 さっき、リーダーから給料の三ヶ月分は支払うって言われたし、パーッと使って気晴らしをすることにしよう。


 それから、まとめて支払われた給料を手に、酒場に向かった。
 空いてる席に適当に座ると、胸元が大きく開いた服を着た女性店員がやってきた。

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

「この店で一番高い料理と、一番上等なワインを」

「かしこまりました」

 女性は伝票に注文を書き込むと、キッチンの方へ向かっていった。
 伝票の控えには、手持ちの金額とほぼ同額が書かれてる。これなら、この縁起の悪い金を使い切れそうだ。


「なあ、聞いたか。ベルムのところのパーティーが、また難易度の高い依頼に成功したらしいぞ」

「ああ、そうらしいな。あの、魔の森の主を討伐したんだっけ?」

「そうそう。あの、ヒグマとワニが合わさったみたいな、でっかいやつ」


 不意に、近くの席の会話が耳に入ってしまった。


「よくあの主を倒せたよなー」

「本当だよなー。あいつ、物理攻撃に強いから、魔術つかわないといけないけど……」

「魔術を使った途端に周りの中型がわらわら、だもんな」

「俺のパーティーも、それが原因で撤退だったよ」

「ああ、俺のところもだ」

「でも、ベルムのところには、例の天才弓術師のルクスがいるもんな」

「そうだな。きっと、ルクスなら、あの主も一撃で倒したんだろうよ」

「そうそう! あの、弱点を見抜く固有スキル『観察眼』と弓の腕で、一撃でスパーンと!」

 

 違う。
 あのモンスターを倒したのは、僕の魔術なんだ。
 それなのに、なんでみんなあいつばかり。


 ……イライラするのはこのくらいしよう。せっかく、気晴らしにきてるんだから。
 ため息を吐いてると、女性店員が肉料理の載ったトレーを手にして席にやってきた。

「お待たせいたしました。こちら、当店自慢の逸品です」

「ああ、どうも」

「ただ今ワインもお持ちいたしますので、少々お待ちください」

「どうも」

 それから程なくして、ワインも運ばれてきた。
 さて、気を取り直して食事を楽しもう。


「でも、ルクスだけじゃなくて、ベルムも相当すげーよな」

「ああ。なんたって、まだダンジョン探索者養成学校の学生だったころから優秀で、いろんなパーティーから一目置かれてたもんな」

「そうそう。それで、八年前当時の最難関ダンジョンを最年少の……、あれ? 何歳のときだっけ?」

「二十歳、二十歳。たしか、パーティー立ち上げて一年ちょっとぐらい」

「そうだ、そうだ! まだ経験も浅かったってのに、すげーよな」

「ああ、俺なんて二十歳のころは、仕事さっさと終わらして飲みにいくことしか考えてなかったのに」

「がはははは、そりゃ、今もだろ!」

「うはははは、ちげーねー!」

 再び、近くの席の会話が耳に入ってしまった。


「まあ、俺の酒好きはともかく、だ。あのダンジョンって、タンクが少しでも判断をミスれば、全員おしまいだったらしいじゃねぇか」

「そうそう。それで、有力パーティーが全滅って話も、よく聞いたよな」

「そんなプレッシャーの中で、誰も死なさずに、よく攻略できたよなぁ」

「本当、すげーよなぁ」


 そうだ。リーダーは、すごいんだ。
 そんなリーダーから直接声をかけられて、一緒に依頼に向かうことになったときは本当に嬉しかった。
 僕を認めてくれたんだと思ったから。
 それなのに、いざ作戦会議に出たら、サポートなんて地味な役割を任された。
 きっと、サブリーダーが、自分が目立ちたいから、ってリーダーをそそのかしたからだ。
 でも、そんな提案をうけいれる、リーダーもリーダーだ。
 子供のころから、憧れてたのに……。
 
 
 気がつくと、いつの間にか肉料理の皿も、ワインのビンも空になっていた。
 一番上等なものを頼んだはずなのに、味はいっさい感じなかった。
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