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第一章

先に教えてよ!

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 クビになってから一夜が明けた。
 昨日やけになって飲み食いしたから、胃のあたりが重い気がする。
 なんだか気力がわかないけど、ダンジョン探索者ギルドに行かないといけないか。
 手持ちの金は昨日で使い切ったから、失業保険をもらわないとまずいし。
 
 今まで頑張ってきたんだから、しばらくはゆっくり過ごそう――


「それでは、支給は来週になります」

「え?」


 ――と、思っていたのに。
 
 面倒な事務手続きのあと、ギルドの受付嬢が笑顔でとんでもないことを言い放った。
 支給が来週? 所持金はもう底をついてるのに……。

「あ、あの! 支給ってもう少し早くなりませんか?」

「申し訳ございません。フォルテさんの場合、大きな怪我も持病もないため、それはいたしかねます」

「そこをなんとか!」

「申し訳ございません。規則ですので」

「もう所持金もないし、食べ物もパン一個しか残っていないんです!」

「申し訳ございません。規則ですので」

 受付嬢の表情はいっさい変わらない。こんなに必死になって、頼んでるのに……。

「他にご質問はございませんか?」

「支給を早める方法を教え……」
「それ以外で」

「……なら、結構です。失礼しました」

「かしこまりました。では、次の方」

 失業保険がすぐに支給されないなんて、知らなかった。
 リーダーも、教えてくれればよかったのに……。ともかく、早く仕事を探ささないと。
 

 そんなわけで、求人コーナーに移動して、個人向けの依頼を確認してみたけど――

「畑に生えた毒草の除去」
「庭のゴミ拾い」
「大量発生した羽虫の退治」
「逃げ出した鶏の捜索」
「買い物の手伝い」

 ――貼り出されてるのは、見事にろくでもない依頼ばかりだ。
 
 ダンジョン探索者は厳しい訓練や難しい試験を受けてようやく免許をもらえるっていうのに、ただの便利屋と勘違いしてるやつがかなりいる。こんな依頼を受けてしまったら、そういうやつらがまた増長する。
 やっぱり、個人向けの仕事を探すんじゃなくて、パーティーの求人に応募しよう。きっと、僕ならすぐに採用されるから。えーと、このパーティーは三十人規模か……、前の所よりは少し小さいけど、まあ妥協はできるな。よし、ここの面接を受けにいこう。


 それから、ギルドで手続きを済ませて、求人元のパーティーの事務所に向かい、面接用の部屋に案内された。
 前のパーティーの事務所よりは古くて狭いけど、何だか落ち着く雰囲気があるな。
 部屋の中を見渡してると、扉が開いて初老の男性が現れた。

「おまたせしました。このパーティのリーダー、ミティスです」
 
「め、面接に参りましたフォルテです! き、今日はよろしくお願いいたします!」

「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。面接といっても、簡単な質問を少しするだけですから」

 ミティスさんは、穏やかに微笑んだ。こんな人がリーダーのパーティーなら、理不尽な思いはしなくて済みそうだ。それに、給料の前借りにも、応じてくれるだろう。

「えーと、フォルテ君の職業は、魔術師、ということでいいですか?」

「はい。その通りです。ちなみに、固有スキルは『ひるみ無効』です」

「そうなんですか! それは、素晴らしいですね!」

 ……ほら、見る目がある人は、僕のスキルのすごさが分かるんだ。

「それでは、以前所属されていたパーティーと、転職の理由を教えていただけますか?」

「あ、はい。以前は、ベルムさんのパーティーに所属していました」

「えぇ!? そんな大手のパーティーにいらっしゃったんですか!? それは、すごいですね……」

「いやいや、僕なんて末端も末端でしたから」

「それでも、すごいですよ。しかし……、それなら、なぜうちのような弱小パーティーへ転職を?」

「あー、えーと、その、リーダーのベルムさんに、嫌われてしまったみたいで……」

「……え? ベルムさんに、嫌われた?」

 突然、ミティスさんの眉間にシワが寄った。
 しまった、いくら不当な解雇だったとしても、リーダーと上手くいかなかったなんて話はするべきじゃなかった。

「あ、えーと、ベルムさんと一緒にモンスター退治に向かったんですけど、そのときの行動がベルムさんの気に障ったみたいで……」

「はあ……」

「僕としては、考えがあってのことだってんですけど、ベルムさんとしては許せなかったらしくて……」

「……それで?」

「それで……えっと、出ていけ、的なことを言われて、売り言葉に買い言葉みたいなことになってしまい……」

「そうでしたか……」

 どうしよう、ミティスさんの表情が、どんどんと沈んでいく。なんとか、挽回しないと。

「で、でも! そのモンスターにとどめを刺したのは、僕で……」
「……いえ、それ以上のお話は結構です」

 僕の言葉をさえぎって、ミティスさんは深いため息を吐いた。これは、多分……

「ベルムさんのパーティーの方針に疑問がある方は、うちのパーティーに来ていただいても、つまらない思いをさせてしまうと思いますので……」

「……つまり、不採用ですか?」

「……残念ながら」

 ミティスさんはそう言うと、苦々しい表情を浮かべた。
 きっと、リーダー……、ベルムさんに嫌われるような人間を雇うと、諸々の会合とかで不利益になるのだろう。

「……分かりました。それでは、僕はこれで失礼いたします」

「はい……、お気をつけて」

 厄介な事態におちいってるみたいだけど、こっちも生活がかかってる。
 なんとかして、ベルムさんの息がかかっていないパーティーを見つけて、絶対に見返してやるんだ。
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