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本章

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「がんちゃんのスピーチ、すごく良かったよ」

 替え玉を入れてもらっていたわたしと柊を微笑みながら眺めていた穂積さんが、そのままの表情で言った。

「スピーチ良かったよね! あと、あの最後の方の生徒会長の選挙みたいなのも良かった!」

 柊は入れてもらった替え玉を即啜りながらも、興奮した様子で言った。

 生徒会長の選挙⁉︎
 どういうこと? 熱いこと言ってるとか、そんな感じのニュアンス?
 そんなふうに聞こえていたのか。冷静に考えると少し恥ずかしい。
 でも、あれは言うべきだと思って言ったことだ。堂々としていよう。
 だけど、祷の計画通りの動きではない。そのことは謝ろうと、祷を見たら、目があった。「あの」と言いかけたら、祷が笑って「伸びちゃうよ。食べよ」と、話を逸らせた。多分、受け入れてくれたんだ。


「ちょっと、ひい、食べるかしゃべるかどっちかにしなよ。身体はどんどん大きくなるのに、中身いつまでも小学生のままよね」

「良いもーん。身体は既におねーちゃん抜いてるし」

 わたしと祷の無言のやり取りとは対照的に、仲の良い言い合いをしている穂積さんと柊姉妹。微笑ましいな。

「そう言う生意気な感じも小学生っぽい。しかも男子。小学生男子」

 穂積さんの反撃に膨れながらも麺を啜るのをやめない柊。

「でも、ひいの言う通り、がんちゃんの心からの言葉、本当に良かった。だから、ねぇ? そこの小学生男子ったら感極まっちゃって合図も待たずに乱入しちゃって。段取り崩しちゃってごめん」

「だってぇ。がんちゃん助けなきゃって思ったんだもん。いのり、ごめん」

 ふたりに謝られ慌てて「いやいや」と手を振る祷。
「あれくらいの予定外の動きは枠の内だよ。大枠に影響ないっていうか、あのひいの動きのことで言えばむしろより良い演出になったんじゃないかと」

 こういう言い方すると、ドライな感じしちゃうけど、がんちゃんの予定になかった、計画よりも感情を優先した真に迫る言葉と、それに動かされたひい。
 演出じゃなかったからこそ、ひとの心を打つ光景になっていたと思う。

 なんて、なんだか大人の笑顔と真面目な表情を混ぜた感じでそれっぽいことを言いながら、祷も替え玉を頼んでいる。しかもこれ、ふた玉目だからね。全然格好良くないよ、おねえちゃん。


「実演も良かったよね。たった四人でもいろんなことができたし、もっと色々できそうだよね」

 穂積さんは少し興奮気味で話していた。言いながら穂積さんも二回目の替え玉を投入してもらっている。
 わたしと柊も食べる方だけど、祷と穂積さんはもう一段良く食べる。柊に食べ過ぎとか言ってたけど、どちらかといえばこのふたりの方が気をつけた方が良いのでは?

「うん、今回の実演のみなのもったいない! あのパッケージ使って営業とりに行ったりしても良いし、あれ自体を普段のイベントで披露したって良いよね」

 祷も少しテンション高めだ。

 今日の結果に対して、相応の手応えを感じていることが窺えた。


 帰るとき、安達さんがとても褒めてくれた。
 仕事のときは礼節を重んじるちゃんとしたひとって印象だったから、子どもであっても敬意を表してくれたのかもしれない。リップサービスもあったのかもしれない。子どもであるが故に、大人として褒めてくれたのかもしれない。
 それでも、安達さんがかけてくれたその声に、宿った熱のようなものを感じた気がして、それがわたしたちのサンバによってもたらされたものだったなら、わたしが感じている手応えも、確かなものと思ってしまっても良いのではないだろうか。


 ラーメンがおいしくて、スープも残さず飲み干した。



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