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本章

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 わたしの気持ちは、やっぱり出たいという方向に向かっていた。
 ただ決めるだけではダメだ。リスクを取るなら、リスクが起こらないようにどうするのかと、 万が一リスクが起こってしまったときにどうするのかも決めたうえで、キョウさんに相談してイベ ントまでの練習のプランや本番の演奏法など、負担のかからないやり方などがないかを 確認する。
 その内容をまとめて、ハルさんに改めて気持ちだけでなく、どう低リスクで挑むのかを聞いても らって意見をもらおう。

 そして、しっかりとした計画としてまとまったら、両親に伝えて承諾を得よう。


 早速次のエンサイオでキョウさんに相談してみた。
 痛みは本人にしかわからないのだから、絶対に無理をするなと言いながらも、親身に考えてくれた。



 スポーツは特にそうだが、楽器の演奏や筆記試験なんかでも、常に万全な状態なんてものはない。
 熟練のプレイヤーになれば、怪我や慢性的な痛みとの付き合い方を覚える必要もあるだろう。

 準備にどこまで整えられるかは問われるとしても、万全とは程遠い状態で臨まなくてはならないことなんていくらでもある。
 仮に万全に近い状態でスタートを切れたとしても、そこから秒ごとにコンディションは下がり続ける。

 それを考えれば、万全や完全を神経質に求めすぎる必要はないというのがキョウさんの考え方だった。



 もちろん、身体の発するシグナルを軽んじるということではない。
 要は、どうするかを自分で決め、覚悟を持つこと。
 それをしたなら、あとはそのためにできることを微に入り細にを穿つよう整えれば良いのだという。


 キョウさんは、出たいと思ったわたし、出るためにはという相談を持ちかけたわたしに、出るとしたら浮かび上がるリスクを減らす決まり事を提示してくれた。


 スルドの技術は本番に出られるレベルには至ってるから、根を詰めた練習は必要ないので、基本的には直前まで安静にしておくこと。
 出られるなら練習は出て、音には慣れておくこと。
 直前の練習で軽く合わせて本番を迎える。本番では音の強さではなく、正確な演奏に意識を振り、手首に無用な負荷がかからないようにすること。
 会場付近まで祷の車で行くか、難しければ楽器の搬送はテッチャンに任すこと。
 車で行けたとしても、なるべく荷物の持ち運びは誰かに助けてもらうこと。
 例え本番の演奏中でも、痛みや違和感を感じたらすぐに中断すること。

「こんなとこか。合わせの時や本番は手首にサポーターしてもイイかもしンねぇな」

「うん、それも用意する。ありがとう!
ハルさんにも相談してみる!」


 ハルさんからは、わたしの決めたことも、キョウさんに相談して得た答えでつくった決めごとも、尊重すると言ってくれた。
 そこまで慎重にやるなら、おそらく問題ないだろうと安心材料もくれた。
 万が一の退場時に備え、バテリア周りをサポートしてくれるスタッフの方にもあらかじめ共有してくれるそうだ。

 これだけ万全にして挑むのだから、必要ないと思うのだが、ハルさんとの約束だ。
 両親に状況と希望を伝え、活動の承諾をもらわなくては。



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