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1章【出会い編】
23 酔っ払い
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「おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま」
明らかに足取りが拙いというか、不安定というか。普段は、どれほど疲弊しててもしっかりとした足取りだというのに、今日は目に見えて疲労の色が見て取れた。
「お疲れですか?」
「あぁ、疲れた」
そのままバタンと、リビングのソファーに吸い込まれるように倒れる領主。一体、何かあったのだろうか。不安になりながらも、「お召し物を脱いでから寝てください」と言うのは忘れない。
「あぁ、そうだったな。せっかく新調したのに」
「えぇ、シワになってしまったら困ります。せめてジャケットとズボンとヴェストはお預かり致します」
ゆるゆると緩慢な動きで起き上がると、クエリーシェルはノロノロと脱ぎ出す。まさに萎びれた、という表現がぴったりなほど、彼は気力をなくしていた。
(舞踏会で何かあったのか、それともやらかしてしまったのか。実際に見てないからわからないけど、とにかく疲れていることは確かね)
寝間着をクローゼットから取ってくると、無気力にぐだっている領主。本当に抜け殻のようだ。
「寝間着をご用意しましたのでお着替えを。礼装はこちらでお預かり致します」
「あぁ、すまない」
「もう眠られますか?それならマッサージを」
「いや、いい」
「さようですか、何かあればお声かけください」
そう言ってテキパキと着ていた礼装を片付ける。
ハタキで埃を取ったあと、少々タバコの臭いや香水の匂いが混じっていたので、臭いが抜けるようにわざと外干しをしておく。恐らく、寒暖差もなくよい天気だったので、雨の心配はないだろう。
「リーシェ」
「はい」
パタパタとリビングに戻る。領主はほぼ動いてないようで、寝間着も途中までしか着替えてなかった。
「ケリー様。風邪をひきますよ」
「あぁ……」
譫言のように返事をする彼。それ以上動く気配がなさそうなクエリーシェルに、リーシェは半ば呆れつつも、寝間着のチュニックをまるで子供の世話をするように上から被せる。あまりに怠惰な様子に最早既に風邪でもひいたのだろうか、と少し顔を近づけると少し酒の臭いがした。
「どうかされたんですか?衣装、よくありませんでした?」
「……いや、衣装も身なりも共に褒められた。リーシェのおかげだ」
「では、何をそんなに」
「いや、やはり私は人間嫌いだということを実感しただけだ」
「なる、ほど?」
何となくこの感じ、酔っているようである。どうにか動かして寝室へと連れて行きたいが、さすがにこの体格差ではここで私が潰れてしまう。
仕方ない、タオルケットを持ってこよう、と背を向けると領主に腕を引っ張られる。
「どこに行くんだ?」
「タオルケットを取りに。まだ夜は冷えますから、防寒具は必要です」
「そうか、そうだな」
掴んでいた手の力が抜けたことを確認すると、なるべく早くタオルケットを持ってくるため早足で駆ける。タオルケットを持ったあと、念のために冷たい井戸水を持っていくことも忘れない。
「ケリー様。お水です」
「んー飲ませてくれ」
「お加減悪いんですか?そんな甘えたことを言ってないで、はい、身体起こしますよー」
「うぅぅ……」
唸りながら起きる領主に、グラスを渡す。
酔っ払うと途端に役立たずというか、甘ったれるというか、とんでもなくめんどくさいことはわかった。この人に深酒はよくないとしっかりと心に刻みながら、今後強い酒は出すまいと誓った。
「明日のご用事は?」
「王城に」
「承知しました。では、朝は起こしますのでゆっくりお休みください」
「あぁ。リーシェ」
「はい?」
「……いや、何でもない」
「さようですか。また何かあればお呼びください」
なぜか寂しそうな顔をしている領主に気づくが、嫁でもなければ愛人でもないただのメイドができることなど、たかが知れている。
とはいえ、ここには私しかいないし、寂しがりだったときの自分の幼い頃と重ねてしまい、このまま放っておくのも心残りで寝付けない気がした。
(仕方ないなぁ、もう)
一度自室に戻ろうとしたのを思い直し、再びクエリーシェルの元へ戻る。
「どうした?」
「ケリー様がお眠りになるまではいようかと」
「そうか、すまないな」
(珍しく拒絶されない)
先程もそうだ、甘えてくることなど滅多になく、いつも1人で何でもこなそうとする彼の珍しい言葉に、なんだか弱々しさを感じる。そして、なぜだかそんな姿に胸が苦しくなる。
なんとなく寂しさを紛らわしてあげたいと思い、自分が姉にしてもらって嬉しかったときのように彼の手を握ると、ゆっくりと温かい大きな手で握り返される。
じんわりと移る体温に、なんだか昔を思い出して、なぜだか自分も少し安心する。いきなり触れるなんて不敬だとも思ったが、嫌なわけではないようでとりあえずホッとした。
「リーシェは私に髭がないほうがいいか?」
不意に言葉が落ちてくる。髭のことで何か悩んでいたのだろうか?
「髭、ですか?剃らないほうが良かったですか?」
「いや、女性ウケとしてはないほうがいいみたいだったが」
舞踏会での女性からの反応は、上々だったということか。まぁ、それなら逆に人間嫌いなクエリーシェルが、これほどまでに疲弊するのはわからないでもない。
「あくまで個人的な意見ですけど、顔がきつかったり、いかつかったりする方は印象を和らげるために髭を伸ばしたほうがいいような気がします。反対に領主様のように顔が整っている方はないほうが印象がいいとは思います。私は、あってもなくてもケリー様はカッコいいし、魅力的ではあると思いますが」
「そうか」
満足のいく答えだったのだろうか。何が正解だったかわからないので私見を述べたのだが、領主はそれ以上何も言わなかった。
(さっき人間嫌いって言ってたけど、私も人間なんだけどなぁ)
まぁ、そういう話ではないんだろうが。
そんなことを薄らぼんやり考えながら、彼が寝付くまで、リーシェは手を握ってクエリーシェルの側に付き添い続けた。
「あぁ、ただいま」
明らかに足取りが拙いというか、不安定というか。普段は、どれほど疲弊しててもしっかりとした足取りだというのに、今日は目に見えて疲労の色が見て取れた。
「お疲れですか?」
「あぁ、疲れた」
そのままバタンと、リビングのソファーに吸い込まれるように倒れる領主。一体、何かあったのだろうか。不安になりながらも、「お召し物を脱いでから寝てください」と言うのは忘れない。
「あぁ、そうだったな。せっかく新調したのに」
「えぇ、シワになってしまったら困ります。せめてジャケットとズボンとヴェストはお預かり致します」
ゆるゆると緩慢な動きで起き上がると、クエリーシェルはノロノロと脱ぎ出す。まさに萎びれた、という表現がぴったりなほど、彼は気力をなくしていた。
(舞踏会で何かあったのか、それともやらかしてしまったのか。実際に見てないからわからないけど、とにかく疲れていることは確かね)
寝間着をクローゼットから取ってくると、無気力にぐだっている領主。本当に抜け殻のようだ。
「寝間着をご用意しましたのでお着替えを。礼装はこちらでお預かり致します」
「あぁ、すまない」
「もう眠られますか?それならマッサージを」
「いや、いい」
「さようですか、何かあればお声かけください」
そう言ってテキパキと着ていた礼装を片付ける。
ハタキで埃を取ったあと、少々タバコの臭いや香水の匂いが混じっていたので、臭いが抜けるようにわざと外干しをしておく。恐らく、寒暖差もなくよい天気だったので、雨の心配はないだろう。
「リーシェ」
「はい」
パタパタとリビングに戻る。領主はほぼ動いてないようで、寝間着も途中までしか着替えてなかった。
「ケリー様。風邪をひきますよ」
「あぁ……」
譫言のように返事をする彼。それ以上動く気配がなさそうなクエリーシェルに、リーシェは半ば呆れつつも、寝間着のチュニックをまるで子供の世話をするように上から被せる。あまりに怠惰な様子に最早既に風邪でもひいたのだろうか、と少し顔を近づけると少し酒の臭いがした。
「どうかされたんですか?衣装、よくありませんでした?」
「……いや、衣装も身なりも共に褒められた。リーシェのおかげだ」
「では、何をそんなに」
「いや、やはり私は人間嫌いだということを実感しただけだ」
「なる、ほど?」
何となくこの感じ、酔っているようである。どうにか動かして寝室へと連れて行きたいが、さすがにこの体格差ではここで私が潰れてしまう。
仕方ない、タオルケットを持ってこよう、と背を向けると領主に腕を引っ張られる。
「どこに行くんだ?」
「タオルケットを取りに。まだ夜は冷えますから、防寒具は必要です」
「そうか、そうだな」
掴んでいた手の力が抜けたことを確認すると、なるべく早くタオルケットを持ってくるため早足で駆ける。タオルケットを持ったあと、念のために冷たい井戸水を持っていくことも忘れない。
「ケリー様。お水です」
「んー飲ませてくれ」
「お加減悪いんですか?そんな甘えたことを言ってないで、はい、身体起こしますよー」
「うぅぅ……」
唸りながら起きる領主に、グラスを渡す。
酔っ払うと途端に役立たずというか、甘ったれるというか、とんでもなくめんどくさいことはわかった。この人に深酒はよくないとしっかりと心に刻みながら、今後強い酒は出すまいと誓った。
「明日のご用事は?」
「王城に」
「承知しました。では、朝は起こしますのでゆっくりお休みください」
「あぁ。リーシェ」
「はい?」
「……いや、何でもない」
「さようですか。また何かあればお呼びください」
なぜか寂しそうな顔をしている領主に気づくが、嫁でもなければ愛人でもないただのメイドができることなど、たかが知れている。
とはいえ、ここには私しかいないし、寂しがりだったときの自分の幼い頃と重ねてしまい、このまま放っておくのも心残りで寝付けない気がした。
(仕方ないなぁ、もう)
一度自室に戻ろうとしたのを思い直し、再びクエリーシェルの元へ戻る。
「どうした?」
「ケリー様がお眠りになるまではいようかと」
「そうか、すまないな」
(珍しく拒絶されない)
先程もそうだ、甘えてくることなど滅多になく、いつも1人で何でもこなそうとする彼の珍しい言葉に、なんだか弱々しさを感じる。そして、なぜだかそんな姿に胸が苦しくなる。
なんとなく寂しさを紛らわしてあげたいと思い、自分が姉にしてもらって嬉しかったときのように彼の手を握ると、ゆっくりと温かい大きな手で握り返される。
じんわりと移る体温に、なんだか昔を思い出して、なぜだか自分も少し安心する。いきなり触れるなんて不敬だとも思ったが、嫌なわけではないようでとりあえずホッとした。
「リーシェは私に髭がないほうがいいか?」
不意に言葉が落ちてくる。髭のことで何か悩んでいたのだろうか?
「髭、ですか?剃らないほうが良かったですか?」
「いや、女性ウケとしてはないほうがいいみたいだったが」
舞踏会での女性からの反応は、上々だったということか。まぁ、それなら逆に人間嫌いなクエリーシェルが、これほどまでに疲弊するのはわからないでもない。
「あくまで個人的な意見ですけど、顔がきつかったり、いかつかったりする方は印象を和らげるために髭を伸ばしたほうがいいような気がします。反対に領主様のように顔が整っている方はないほうが印象がいいとは思います。私は、あってもなくてもケリー様はカッコいいし、魅力的ではあると思いますが」
「そうか」
満足のいく答えだったのだろうか。何が正解だったかわからないので私見を述べたのだが、領主はそれ以上何も言わなかった。
(さっき人間嫌いって言ってたけど、私も人間なんだけどなぁ)
まぁ、そういう話ではないんだろうが。
そんなことを薄らぼんやり考えながら、彼が寝付くまで、リーシェは手を握ってクエリーシェルの側に付き添い続けた。
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