魔女リリアの旅ごはん

アーチ

文字の大きさ
上 下
152 / 185

152話、旅立ち前の紅茶とメロンパン

しおりを挟む
 ベルストの町に来てから三日目の朝。今日はこの町から旅立ち、近くにあるまた別の町を目指す予定だ。
 しかしその前に、まずは色々とお買い物。お菓子がおいしい町なので、日持ちしない生菓子系は旅立つ前に買っておきたい。その他、茶葉や野宿の際に食べる食材なども欲しい所。

 とはいえ、今や野外料理はベアトリスの管轄。なのでそっちはベアトリス主導で好きに買ってもらい、私はお菓子や茶葉などもろもろを購入していく。
 そうやって買い物に夢中になっていたら、ある重要な事を私は忘れてしまっていた。それをついに思い出し、ベアトリスとライラに尋ねる。

「朝ごはんどうしよっか。どこかで食べる?」

 そう、朝食がまだだった。とりあえず買い物を済ませてから食べようという流れになっていたのだ。
 買い物もひと段落したので空腹を思い出した私は、とりあえず一度食事がしたかった。

「そうね……わざわざお店で食べるのも時間がかかりそうだし、お茶と一緒に何か適当に買ってその辺で食べるのもいいんじゃない?」

 ベアトリスに言われ、私はちょっと考える。
 ベルストではテイクアウト系の料理は揚げ物が多い。さすがに朝から揚げ物を食べるのは辛いので、パンとかを買ってぱぱっと済ませるのも悪くない。

「じゃあさ、菓子パン買おうよ。この町、お菓子がおいしいなら菓子パンもきっとおいしいよ」
「菓子パン? ああ、言われればそうね。お菓子がおいしいのに菓子パンが微妙なわけないもの」

 偏見に近いかもしれないが、私達はそんな認識を共有していた。
 という事で、早速市場を歩きながら菓子パン探し。すると一件朝から人で賑わうパン屋を見つけたので、そこで菓子パンを見繕う事にする。

 店内に入り、花柄アートをあしらった陳列棚に並べられたパンを色々見てみる。大きいウインナーが入った調理パン系統がたくさんあり、朝食を求めてきたお客はほとんどこっち目当てのようで、菓子パンコーナーは結構まばらだった。おかげでゆっくり好みのを探す事ができる。

「色々あるなぁ……目移りしちゃうよ」

 私はパン全般好きな方で、調理パン、菓子パン、どちらも好んで食べる方だ。菓子パン一つとっても、ジャムパンやらクリームパン、チョココロネに揚げパンなど、様々な種類がある。どれもそれぞれ特徴がはっきりしたおいしさなので、何を買おうか迷ってしまう。

「……ベアトリスはなにを買うつもりなの? やっぱりラズベリージャムパン?」

 迷ってる私を見ていたライラが、ベアトリスにそう尋ねた。すると意外にもベアトリスが首を振る。

「せっかくだから別のを頂くわ。今は新しいラズベリー菓子パンの開発が目下の目標だから、その研究の為に色々食べてみたいのよ」

 そんな目標を持ってたのか。世界をラズベリーにする前に菓子パン界をラズベリーに沈めるつもりなのかもしれない……。
 それにしても何を買おう。いっその事、この町独特の菓子パンとかあればいいけど……。
 そんな時、私は一つのパンを見つけた。

「……あ、メロンパンだ」

 メロンパン。メロンという名称が入っているが、別に果物のメロンが入っているという訳ではない。形がメロンの表面に似ているからそういう名前になった菓子パンだ。
 じゃあどういう菓子パンかというと、表面がクッキー生地でさくさくとして、中はふんわりと焼き上げられた甘いパンだ。

 メロンパンは菓子パン界でも古株かつ根強い人気があり、結構色々な地域で見られる。
 ……うん。ここは一度王道のメロンパンを食べてみよう。なにせここはお菓子がおいしい町。そんな町で売ってる王道のメロンパンは、しっかりとおいしいに決まっている。後紅茶にも合いそうだし。

 という事で私はメロンパンを手に取った。するとベアトリスが続いてメロンパンを手にする。

「迷った時はやっぱり王道よね」

 ラズベリー吸血鬼にも王道が分かるのか……。とにかく、今日の朝ごはんはメロンパンで決定だ。
 早速会計を済ませ、ついでにパン屋で売っていた紅茶を購入。このパン屋では店内で食べられるテーブル席のスペースがあったので、そこで食べることにする。
 メロンパンはまだ焼きたてなのか、ほんのり暖かい。朝一のパン屋は出来たてを食べられるのが嬉しいね。

「はい、ライラ」

 メロンパンを適当に千切り、ライラに渡す。するとベアトリスもメロンパンを軽く千切り、ライラを呼び寄せていた。

「私のも少し上げるわ、はい」
「お、多いわよ……」

 ライラは戸惑いながらも千切った二つのメロンパンを食べ始めた。私もベアトリスも約三分の一を千切って渡したので、半分以上食べる計算になる。
 ベアトリスがお供になってからというもの、こういった外食では私だけでなくベアトリスもライラに少し料理を分けていた。おかげでライラは食べる量が若干増えている。妖精に満腹の概念があるかは分からないが、あの小柄な体でどこまで食べられるのかは少し興味があった。

 ライラ自身はそんなにたくさん食べようとはしないのだが、本気を出したらもしかしたらすごく食べられるのかもしれない。なにせ妖精って謎の存在だし。
 まあライラは大食いを目指しているわけでは無いから、その辺りはずっと謎のままだろう。
 それはさておき、私とベアトリスも早速メロンパンを食べ始める。

 一口食べるとサクっとした食感。メロンパンは表面のクッキー生地が魅力の半分。もう半分は中のふわふわした生地部分だ。
 サクサク感とふわふわ感を両方味わえ、ほんのりと甘いパンの味。うん、やはり王道のおいしさだ。

 その甘さが残るうちに、ストレートの紅茶を流し込む。ほんのり苦くすっきりとした匂いが際立つ紅茶が、口内をさっぱりさせてくれる。
 そんな風に私がメロンパンの王道のおいしさに浸っていると、対面のベアトリスは考え込むように難しい顔をしながら食べていた。

 ……なんか、またろくでもないことを考えてそうだ。
 そう思いながらも、一応どうしたのか聞いてみる。

「どうしたの、そんな難しい顔して」

 私が聞くと、ベアトリスは神妙な表情を返した。

「メロンパンって、メロンの形状をしているからメロンパンなのよね?」
「そうだね」

 最近はメロンの果汁を使ったのもあるとは聞くけども。

「……どうしてラズベリーの形状をしたラズベリーパンは無いのかしら?」

 知らないよそんなの。

「こうなったら私がラズベリーの形をしたパンを作るしか……いえ、でもラズベリー独特の形をパンで再現するのは難しすぎる……ああ、私はどうすれば……!」

 いったい何を悩んでるんだこいつ……。
 そんなベアトリスをよそにもそもそメロンパンを食べ続け、さっさと全部平らげてしまう。
 ベアトリスも私に遅れてメロンパンを全部食べ終わり、最後に上の空な感じで紅茶を飲んでいた。
 やがて、彼女は天啓を得たかのように、はっとした顔をした。

「そうよ……メロンパンのクッキー生地と下の生地の間にラズベリージャムを塗れば……真のラズベリーパンの完成だわ!」

 いや、それはラズベリージャムが入ったメロンパンだよ。

「ねえ、ベアトリスはいったい何を言ってるの?」

 訳が分からないとばかりにライラが聞いてくるが、私は力なく首を振るしかできない。
 私のセリフだよ、それは……。
 ベアトリスのラズベリーで菓子パン界を制覇する野望の達成は、まだまだ遠そうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

当然だったのかもしれない~問わず語り~

章槻雅希
ファンタジー
 学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。  そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇? 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...