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110話、瑠璃鳥の卵オムレツ
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死火山リグマットを中心にして広がる殺風景な火山地帯をしばらく進むと、地面が複雑に隆起する不思議な地形へと出くわした。
ここは大昔の火山噴火の影響で所々地面が沈んでしまったらしく、今では沈み込む大地が目立ち、雨水が溜まった事で浅い川まで出来てしまっている。
いわば、火山地帯の自然渓谷と言える場所だ。
「あ、鳥だ」
そんな渓谷の底を歩きつつ崖を見上げていると、空を舞い飛ぶ複数の鳥を発見した。
私の声に反応して、ライラも空を見上げる。
「わあ、青くて綺麗な鳥ね」
「多分ギムレッドって名前の野鳥だよ。瑠璃鳥とも呼ばれたりする」
「へえ、リリアって鳥に詳しいのね」
「ううん、昔イヴァンナが瑠璃鳥の卵は絶品って言ってたから、気になって調べただけだよ」
「……そう」
食欲由来の知識だった事に呆れたのか、ライラの反応は素っ気なかった。
確かギムレッドは海辺の崖に生息している鳥で、崖の微妙な起伏に巣を作り卵を産む習性がある。いわゆる海鳥のはずだけど、何でここに巣くっているのだろう。
……まさか崖なら結構どこでも生息するのかな? 川もあるし、ギムレッドからしたら海辺と何ら変わらない環境なのかも。
事実はどうあれ、海を透過したような美しい瑠璃色の羽根を持つギムレッドは、中々どうして環境に適応する生命力に優れているのかもしれない。
「ギムレッドの卵か……」
「まさか取りに行くつもり?」
ぽつりと呟いた私に、ライラがすかさず反応する。
「いや、止めとく。警戒した鳥に突つかれるかもしれないし、うっかり崖の鋭いとこで怪我するかもだし」
「懸命な判断ね。イヴァンナが美味しいって言う卵に少し興味あったけど」
「あ、ライラが取りに行ってみる?」
「リリアが言った理由そっくりそのままお返しするわ」
だよね。崖にある卵を取るのはさすがにサバイバル的な難易度が高い。
しかしライラが言うように、ギムレッドの卵を食べてみたかった。海辺の町に行った時に探してみようかな。
そんな食欲に支配された頭のまま、空を飛ぶたくさんの瑠璃鳥を見上げながらしばらく歩き続けた。
すると、隆起する岩盤がやや平らになった場所へと出くわす。
そこには、なぜかぽつんと一件、小さな小屋が立っていた。
こんな所に小屋? と近づいて見ると、小屋の前の立て看板に気づく。
そこにはこう書いてあった。「瑠璃鳥の卵料理専門店」と。
「……これは私の食欲が生み出した幻覚かな?」
「もしかしたらリリアの方じゃなくて、私の食欲が生み出したのかもしれないわ」
ライラと思わず顔を見合わせて、信じられないとばかりにひきつった笑いを見せ合う。
確かにここは海鳥ギムレッドがたくさん生息しているし、海風が吹きつける海辺の崖と違って卵も取りやすいかもしれない。
それにしたって、卵料理専門のお店をこんな場所に出すなんて……お店の主人はそうとうな卵フリークなのだろう。
「どうするライラ。入ってみる?」
「これが幻覚じゃないなら、ぜひ入って瑠璃鳥の卵を食べてみたいわ」
「私も同意見だよ」
さすがに二人して食欲が生み出す幻覚を見ることは無いだろう。つまりこのお店は現実だ。
そう判断した私たちは、思い切って入店する事にした。
ドアを開けると、内側に付けられていた小さなベルがからんからんと鳴る。
お店の中は当然ながら閑散としていた。とりあえずカウンター側に居たお店の主人に会釈して、テーブル席へと座る。
「やあやあこんにちは、魔女のお嬢さん。瑠璃鳥の卵を食べるのは初めてかい?」
一息つく間もなく、お店の主人が私に話しかけてくる。
お店の主人はまだ若い男性で、清潔そうな白いコック服を着ていた。お店のオーナーでありシェフなのだろう。
彼は、私の返事を待たずまくしたてるように口を開く。
「実はこのお店は最近出店したばかりなんだ。つまり魔女のお嬢さんが一人目のお客様。ここは記念すべき初めてのお客様に、ぜひおすすめの卵料理を提供したいんだけど、いいかい? 値段は半額にしておくよ」
「え、あ、え……じゃ、じゃあおすすめで」
「それではすぐに作ってくるので、しばらくお待ちください」
お店の主人でありコックでもある彼は、明るく鼻歌を歌いながら調理場へと向かっていく。
何か……圧が強くて押しに負けてしまった。爽やかそうな見た目なのに濃い人だ。
……こんな所にお店を出すくらいだから、それも当然か。
それにしても、私が初めてのお客って……大丈夫なのかな、このお店。
濃いシェフと驚愕の事実を知り、私の中で段々と嫌な予感が膨らんでいく。
「おすすめって何が出てくるのかしらね?」
テーブルにちょこんと座ったライラが見上げてくる。私は不安げな声で答えた。
「何だろうね……私としては普通のが良いんだけど」
どうしても、かつてのデスクラブ専門店とかオリーブオイルを食べようの会とかを思い出してしまう。
ほどなくして、それほど時間がかかる事もなく先ほどの主人がやってきた。その手には白いお皿とパンカゴを持っている。
「瑠璃鳥の卵のプレーンオムレツです」
「あ……」
ことりとテーブルにお皿が置かれ、プレーンオムレツの全貌が明らかになる。
それは黄色味の濃いオムレツだった。ケチャップなどはかかってなくて、完全に卵だけのプレーンな感じ。
「瑠璃鳥の卵は味が濃厚だから、オムレツにする場合はケチャップをつけるよりも少々の塩で味付けした方がおいしいんだ。さあどうぞ、召し上がって」
差し出されたフォークとナイフを受け取り、オムレツにナイフを差し込んでみる。
すると、すんなりナイフが沈み込み、切断面から半熟のトロトロの中味がこぼれ出す。
「パンと一緒に食べる前に、まずはオムレツだけで食べてみて」
言われるまま、フォークでトロトロのオムレツをすくい上げて食べてみる。
「わっ、味が濃い」
瑠璃鳥の卵は、市販の鶏卵と比べるとかなり濃厚でまろやかな味だった。力強い旨みがあって、かなり美味しい。
「そう、瑠璃鳥の卵は味が濃厚なんだ。市販の物と比べると栄養価も高く、味も比べ物にならないっ。私は色々な動物の卵を食べてきたけど、間違いなくこの瑠璃鳥の卵が一番美味しいと自信を持って言えるっ!」
何か……お店の主人が興奮してきて怖いんだけど。
「驚くことにこのオムレツには牛乳や生クリームを入れてないんだよ! それでこのまろやかな風味は信じられないだろう!? ただ瑠璃鳥の卵は一つ難点があって、熱を加えるとすぐに硬くなってしまうんだ。市販の物より栄養価が高いという事は、たんぱく質も豊富という事だからね。その瑠璃鳥の卵をトロトロのオムレツにするには、絶妙な火加減の他、二回に分けて卵を投入する必要があり……」
何か解説が始まっちゃったよ……。
話すのに熱中するあまり、店の主人は弁論するかのように身振り手振りも入れてきた。
これ、聞かなきゃダメな奴?
話半分聞き流しながら、今度はパンと一緒に食べてみる。
とろっとろの卵をカリっと焼かれたパンに乗せて、ぱくっと一口。
カリっとした食感に焼けたパンの香ばしい風味。そこに濃厚なオムレツの味が広がり、口の中が幸せに包まれる。
「そのパンもかなりこだわった一品で、実は瑠璃鳥の卵を小麦粉に加えて生地を作ってるんだ。そこから自然発酵させるのに三日かけ、焼く時も瑠璃鳥の溶いた卵を表面に塗って照りをつけ……」
……どうしよう。ずっと喋ってるよ、この人。
聞き流しつつライラの為にパンを千切り、オムレツを乗せる。それを渡してまた一緒に食べ始めた。
もう私に話しているという認識があるのかどうか、熱を込めて喋る主人を尻目に全部食べ終えた私たちは、これ以上長話に巻き込まれるのを恐れてすぐに席を立つ。
「あっ……もう全部食べたのかい。満足して頂けたら嬉しいよ。どうぞまたご来店下さいっ!」
そんなシェフの声を聞きながらお店を出て、深くため息をつく。
「はぁ~……まさか食べてる間中、すぐ隣でずっと喋り続けるとは思わなかった」
「あんなに落ちつかない食事は初めてだったわ」
さすがのライラも疲れたように肩を揉んでいた。
「オムレツは文句なく美味しかったけど……あのお店、これから大丈夫かしら?」
ライラに私は何も返せなかった。
こんな場所にお店を構えているのもあるけど、あのまくしたてるように喋り続けるシェフも濃いし……繁盛している未来が見えない。
「ま、まあ、私の知り合いには教えておこうかな、このお店」
味は文句なしに美味しかったし、隠れた名店とでも言っておけば大丈夫だろう。
美味しいごはんを食べ終えたばかりだというのに、妙な疲れを感じつつ私はまた旅を再開するのだった。
ここは大昔の火山噴火の影響で所々地面が沈んでしまったらしく、今では沈み込む大地が目立ち、雨水が溜まった事で浅い川まで出来てしまっている。
いわば、火山地帯の自然渓谷と言える場所だ。
「あ、鳥だ」
そんな渓谷の底を歩きつつ崖を見上げていると、空を舞い飛ぶ複数の鳥を発見した。
私の声に反応して、ライラも空を見上げる。
「わあ、青くて綺麗な鳥ね」
「多分ギムレッドって名前の野鳥だよ。瑠璃鳥とも呼ばれたりする」
「へえ、リリアって鳥に詳しいのね」
「ううん、昔イヴァンナが瑠璃鳥の卵は絶品って言ってたから、気になって調べただけだよ」
「……そう」
食欲由来の知識だった事に呆れたのか、ライラの反応は素っ気なかった。
確かギムレッドは海辺の崖に生息している鳥で、崖の微妙な起伏に巣を作り卵を産む習性がある。いわゆる海鳥のはずだけど、何でここに巣くっているのだろう。
……まさか崖なら結構どこでも生息するのかな? 川もあるし、ギムレッドからしたら海辺と何ら変わらない環境なのかも。
事実はどうあれ、海を透過したような美しい瑠璃色の羽根を持つギムレッドは、中々どうして環境に適応する生命力に優れているのかもしれない。
「ギムレッドの卵か……」
「まさか取りに行くつもり?」
ぽつりと呟いた私に、ライラがすかさず反応する。
「いや、止めとく。警戒した鳥に突つかれるかもしれないし、うっかり崖の鋭いとこで怪我するかもだし」
「懸命な判断ね。イヴァンナが美味しいって言う卵に少し興味あったけど」
「あ、ライラが取りに行ってみる?」
「リリアが言った理由そっくりそのままお返しするわ」
だよね。崖にある卵を取るのはさすがにサバイバル的な難易度が高い。
しかしライラが言うように、ギムレッドの卵を食べてみたかった。海辺の町に行った時に探してみようかな。
そんな食欲に支配された頭のまま、空を飛ぶたくさんの瑠璃鳥を見上げながらしばらく歩き続けた。
すると、隆起する岩盤がやや平らになった場所へと出くわす。
そこには、なぜかぽつんと一件、小さな小屋が立っていた。
こんな所に小屋? と近づいて見ると、小屋の前の立て看板に気づく。
そこにはこう書いてあった。「瑠璃鳥の卵料理専門店」と。
「……これは私の食欲が生み出した幻覚かな?」
「もしかしたらリリアの方じゃなくて、私の食欲が生み出したのかもしれないわ」
ライラと思わず顔を見合わせて、信じられないとばかりにひきつった笑いを見せ合う。
確かにここは海鳥ギムレッドがたくさん生息しているし、海風が吹きつける海辺の崖と違って卵も取りやすいかもしれない。
それにしたって、卵料理専門のお店をこんな場所に出すなんて……お店の主人はそうとうな卵フリークなのだろう。
「どうするライラ。入ってみる?」
「これが幻覚じゃないなら、ぜひ入って瑠璃鳥の卵を食べてみたいわ」
「私も同意見だよ」
さすがに二人して食欲が生み出す幻覚を見ることは無いだろう。つまりこのお店は現実だ。
そう判断した私たちは、思い切って入店する事にした。
ドアを開けると、内側に付けられていた小さなベルがからんからんと鳴る。
お店の中は当然ながら閑散としていた。とりあえずカウンター側に居たお店の主人に会釈して、テーブル席へと座る。
「やあやあこんにちは、魔女のお嬢さん。瑠璃鳥の卵を食べるのは初めてかい?」
一息つく間もなく、お店の主人が私に話しかけてくる。
お店の主人はまだ若い男性で、清潔そうな白いコック服を着ていた。お店のオーナーでありシェフなのだろう。
彼は、私の返事を待たずまくしたてるように口を開く。
「実はこのお店は最近出店したばかりなんだ。つまり魔女のお嬢さんが一人目のお客様。ここは記念すべき初めてのお客様に、ぜひおすすめの卵料理を提供したいんだけど、いいかい? 値段は半額にしておくよ」
「え、あ、え……じゃ、じゃあおすすめで」
「それではすぐに作ってくるので、しばらくお待ちください」
お店の主人でありコックでもある彼は、明るく鼻歌を歌いながら調理場へと向かっていく。
何か……圧が強くて押しに負けてしまった。爽やかそうな見た目なのに濃い人だ。
……こんな所にお店を出すくらいだから、それも当然か。
それにしても、私が初めてのお客って……大丈夫なのかな、このお店。
濃いシェフと驚愕の事実を知り、私の中で段々と嫌な予感が膨らんでいく。
「おすすめって何が出てくるのかしらね?」
テーブルにちょこんと座ったライラが見上げてくる。私は不安げな声で答えた。
「何だろうね……私としては普通のが良いんだけど」
どうしても、かつてのデスクラブ専門店とかオリーブオイルを食べようの会とかを思い出してしまう。
ほどなくして、それほど時間がかかる事もなく先ほどの主人がやってきた。その手には白いお皿とパンカゴを持っている。
「瑠璃鳥の卵のプレーンオムレツです」
「あ……」
ことりとテーブルにお皿が置かれ、プレーンオムレツの全貌が明らかになる。
それは黄色味の濃いオムレツだった。ケチャップなどはかかってなくて、完全に卵だけのプレーンな感じ。
「瑠璃鳥の卵は味が濃厚だから、オムレツにする場合はケチャップをつけるよりも少々の塩で味付けした方がおいしいんだ。さあどうぞ、召し上がって」
差し出されたフォークとナイフを受け取り、オムレツにナイフを差し込んでみる。
すると、すんなりナイフが沈み込み、切断面から半熟のトロトロの中味がこぼれ出す。
「パンと一緒に食べる前に、まずはオムレツだけで食べてみて」
言われるまま、フォークでトロトロのオムレツをすくい上げて食べてみる。
「わっ、味が濃い」
瑠璃鳥の卵は、市販の鶏卵と比べるとかなり濃厚でまろやかな味だった。力強い旨みがあって、かなり美味しい。
「そう、瑠璃鳥の卵は味が濃厚なんだ。市販の物と比べると栄養価も高く、味も比べ物にならないっ。私は色々な動物の卵を食べてきたけど、間違いなくこの瑠璃鳥の卵が一番美味しいと自信を持って言えるっ!」
何か……お店の主人が興奮してきて怖いんだけど。
「驚くことにこのオムレツには牛乳や生クリームを入れてないんだよ! それでこのまろやかな風味は信じられないだろう!? ただ瑠璃鳥の卵は一つ難点があって、熱を加えるとすぐに硬くなってしまうんだ。市販の物より栄養価が高いという事は、たんぱく質も豊富という事だからね。その瑠璃鳥の卵をトロトロのオムレツにするには、絶妙な火加減の他、二回に分けて卵を投入する必要があり……」
何か解説が始まっちゃったよ……。
話すのに熱中するあまり、店の主人は弁論するかのように身振り手振りも入れてきた。
これ、聞かなきゃダメな奴?
話半分聞き流しながら、今度はパンと一緒に食べてみる。
とろっとろの卵をカリっと焼かれたパンに乗せて、ぱくっと一口。
カリっとした食感に焼けたパンの香ばしい風味。そこに濃厚なオムレツの味が広がり、口の中が幸せに包まれる。
「そのパンもかなりこだわった一品で、実は瑠璃鳥の卵を小麦粉に加えて生地を作ってるんだ。そこから自然発酵させるのに三日かけ、焼く時も瑠璃鳥の溶いた卵を表面に塗って照りをつけ……」
……どうしよう。ずっと喋ってるよ、この人。
聞き流しつつライラの為にパンを千切り、オムレツを乗せる。それを渡してまた一緒に食べ始めた。
もう私に話しているという認識があるのかどうか、熱を込めて喋る主人を尻目に全部食べ終えた私たちは、これ以上長話に巻き込まれるのを恐れてすぐに席を立つ。
「あっ……もう全部食べたのかい。満足して頂けたら嬉しいよ。どうぞまたご来店下さいっ!」
そんなシェフの声を聞きながらお店を出て、深くため息をつく。
「はぁ~……まさか食べてる間中、すぐ隣でずっと喋り続けるとは思わなかった」
「あんなに落ちつかない食事は初めてだったわ」
さすがのライラも疲れたように肩を揉んでいた。
「オムレツは文句なく美味しかったけど……あのお店、これから大丈夫かしら?」
ライラに私は何も返せなかった。
こんな場所にお店を構えているのもあるけど、あのまくしたてるように喋り続けるシェフも濃いし……繁盛している未来が見えない。
「ま、まあ、私の知り合いには教えておこうかな、このお店」
味は文句なしに美味しかったし、隠れた名店とでも言っておけば大丈夫だろう。
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