魔女リリアの旅ごはん

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109話、死火山リグマットと豚汁

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 森の中を抜け、雨が降り続ける湿地帯を無事抜け出した私たち。
 そのまま先へ歩いていくと、やがて大きな岩がそこかしこに転がる地帯へと差しかかった。

 地面には細かい砂利や石が転がっていて、それらが起伏を作っている。草木は全く生えていなく、鈍色の殺風景な光景がどこまでも広がっていた。
 視界を遮る物がほとんど無いから、青空がはるか先まで伸びているのが良く分かる。殺風景な地上とはうって変わった雲一つない空は、まさに絶景だった。

 でも今はその絶景よりも目を奪われるものがあった。
 美しい青空にも届くのではないかと錯覚させる見事な山が、はるか遠くに鎮座しているのだ。

「リリア、すごいっ、山よ山っ!」

 ライラも空を羽ばたきながら指を差し、巨峰の雄大さに見惚れている。

「あれは確かリグマットって名前の死火山だよ。ここら辺ではかなり有名な山だよ」
「死火山? あれ火山なの?」
「そうらしいよ。でも今は死火山って言われてるくらいだから、もう長い間噴火してないって話。一応頂上には噴火口があるらしいよ」
「ふーん。じゃあ山が火を噴く所は見られないのね」

 残念そうに言うライラだが、そうそう気軽に噴火されては人間は溜まらない。妖精目線だとそういう自然現象は一種の娯楽にも近いのだろうか?
 妖精はその存在上、死の概念がかなり希薄だ。人によっては洒落にならない危険性のある噴火も、妖精からしたら花火感覚で楽しめるのかもしれない。

 リグマットが最後に噴火したのは、もう何百年以上も前とも言われてるらしい。観測記録が正式に着けられるようになったのはここ百年くらいの事らしいが、付近の村や町に伝わる伝承や証言から最後の噴火時期があらかた割り出されているようだ。
 その他、現地調査を繰り返した結果、もう噴火する恐れはない死火山になっていると判断されている。事実噴火口は固まった溶岩で塞がれ、その内部にもマグマは存在しないようだ。

 もう噴火する事のない死火山リグマット。しかし、かつて活動していたこの火山による恩恵は十分に残されている。
 それがここら一帯にごろごろ落ちている岩石群だ。

 一見ただの岩に見えるが、その中には鉄鉱石が混じっている。他にも地面を掘ったりすると鉱石や原石が見つかるらしい。
 そのおかげで、付近の町や村は鉱石採掘に盛んだった。おかげで裕福な町が多いのだとか。
 殺風景な光景だが、実はお宝の山という訳だ。

 しばらく歩き続けると、早速鉱石採掘の作業員たちに出くわした。
 彼らはツルハシを持ち、慣れた連携で地面を掘ったり岩を砕いている。
 彼らの目的はもちろん鉄やその他原石類ではあるが、岩や土も色々な物に加工する事が出来るので、それらも盛んにかき集めていた。

 汗を流しながら一心にツルハシを振るう作業員たち。彼らを見ていると、なんだか私も疲れてくるようだ。
 ……私はあんなに動くの無理だなぁ。腕とかすぐに痛くなりそう。

「へえー、鉄ってあんな風にして取るんだ」

 これまでの旅路で人間が作り出す物を様々見てきたライラ。彼女もすっかり見慣れた鉄製用品の原材料を採取する光景を見て、なんだか感心しているようだった。
 こうして誰かが汗水垂らして原材料を入手し、それを加工して商品として売り、私のような消費者の手に渡る。普遍的な流れではあるが、こうして大元の現場を見るとその大変さが良く分かる。

 思えばごはんも同じだ。誰かが食材を育てて、それを料理する人がいて、そこでようやく食べる事ができる。
 私がおいしいごはんを食べられるのも、食材を育てて出荷している人が居るからなんだよな。

 ……何てことを考えてたら、段々と空腹を感じてきた。
 私はどこまでいっても消費者のようだ。誰かが作り出すおいしい料理を食べる事に幸せを感じるように出来ていた。

 しかしごはんを食べるとしても、ここはまだ殺風景な採掘現場。そんな所に食事ができるお店があるとはとても思えない。

「あ、リリア。あそこにお店が色々あるわよ」
「えっ、うそっ!」

 そんなバカな、とばかりにライラが指さす方を見てみる。
 ……本当だ、薄らだけど建物がいくつか並んでいるのが見える。
 でもこんな所にお店? いや、まだお店と決まった訳でもないし、食事が提供されてるとも限らない。

 ひとまず近づいて確認しなければ。
 私はどことなく早足で遠くに見えるお店を目指した。
 そうして近づいてみると……確かにそこはお店だった。

 こんな殺風景な場所に、五件ほど飲食店が立ち並んでいたのだ。
 まるで砂漠の真ん中でオアシスの蜃気楼を見た心地だった。これ幻覚じゃないよね?

「もしかしてこれ、さっきの作業員たちの為のお店じゃないの?」
「……あ、なるほど。ライラ賢いね」

 ライラに言われ、私は思わず頷く。
 こんな所に店を構えて誰がやってくるんだと思ったけど、ここら一帯は採掘現場であるから、作業員が日夜押しかけるのだ。
 となると、彼らをメイン客として商機と見たお店が立つのも頷ける。

 よくよくお店の外観を見てみると、しゃれっ気のない無骨な見た目だった。男好みしそうな感じ。
 もうそろそろお昼時だが、お店の中を覗くと閑散としていた。おそらく後少しすれば作業員たちが詰めかけるのだろう。

 今のうちにここでお昼食べちゃおうかな。こういう所のごはんも気になる。
 おそらくどのお店も、肉体労働に励む作業員たち向けの料理ばかり提供されているのだろう。スタミナが着く系、のような。

 これから私もこの荒れた地面を歩き続けるので、そういうスタミナ料理は大賛成だ。
 判断材料がほぼ無いに等しいので、適当にはじっこのお店へと入ってみる。
 中は簡素な作りで、木製の椅子とテーブルが並んでいた。

「はい、いらっしゃい。お水はそこから自由に取ってね」

 ちょっと戸惑いつつテーブル席に座ると、年季が入った年配の店員さんにそう言われる。
 いや、店員というか、この人がお店を切り盛りしているのかもしれない。だって他に店員さんいないし。

「うちは豚汁とライスしかないんだけど、大丈夫?」

 お水を入れて席に着くと、さっきの店員さんがそう問いかけてくる。
 なるほど……一種類しかメニューが無いんだ。近場の作業員が大勢押しかけるならば、メニューが一つだけの方がすぐ提供できて効率的だろう。

 しかし豚汁……って何だ。食べた事無いぞ。
 名前からすると豚肉が入った汁物だろうか。
 とりあえず私は大丈夫です、と答えておいた。今更他のお店に行くのも変だし、豚汁にも興味あった。

 店員さんは調理場にあった鍋の蓋をあけ、そこから豚汁らしき汁物をお碗にそそいでいく。
 それが終わると茶碗にお米を装い、私の元に持ってきた。

「これが豚汁……」

 運ばれてきた豚汁をまじまじと観察する。
 ちょっと茶色っぽいスープに、にんじん、豚肉、ごぼう等が入っていた。
 匂いは……独特だけど、結構良い。しかしあまり嗅いだ事のない匂いかも。
 戸惑う私を見ていたのか、店員さんが話しかけてくる。

「お客さん、味噌は初めて?」
「味噌?」
「そういう調味料があるんだよ。大豆とか発酵させて作るんだけど、お湯に溶かして飲んだりするの。美味しいから食べてみて」

 味噌……大豆の発酵食品? チーズ的な奴だろうか。
 でも溶かしてスープにして飲むとなると、チーズとは別物に感じる。
 ええい、迷っていても仕方ない。飲んでみよう。

 お碗を手にして、まずは一口飲んでみる。
 ……何か、複雑な味がする。
 ちょっとしょっぱい、けど甘みもあって、奥が深い感じの味。私が飲み慣れてるスープとは別物って感じ。

 でも決して不味くは無い。不思議な味ではあるけど。

「リリア、私も私も」

 ライラも味噌を溶かしたスープに興味があるのか、くいくい袖を引っ張ってくる。

「熱いから気を付けてね」

 お碗を渡すと、ライラがくぴっと一口飲んだ。
 ごくんと飲み下したライラは、小首を傾げる。

「何だか不思議な味ね。美味しいけど」
「うん、何か複雑な味してるよね」

 色んな味の要素が入っているというか、コクがありつつ深みがあるというか。
 そしてちょっとしょっぱいから、ごはんが欲しくなる。
 豚肉を食べ、にんじんを食べ、ごぼうを食べ、更に汁を一口飲み、ごはんを食べる。
 すると口内に残るしょっぱさが中和される感じで、とても美味しい。

 というか、この汁と一緒にごはんを食べるとかなり美味しい。
 丼料理のタレが染み込んだごはんが好きだったけど、これもかなり好きかも。
 パンとスープを一緒に食べるように、ごはんと味噌を溶かした汁を一緒に食べるのはかなりベストマッチなのではないだろうか。いや、だからこうして豚汁とごはんが出てきたんだろうけど。

 何だろう、こう、うまく理解できないけど美味しくて、ごはんが進んでいく。
 気がつけばライラと共に完食してしまっていた。
 最後に水を飲んで口内を洗い流した後、席を立つ。
 お店から出る前に、私は気になっていた事を尋ねてみた。

「あの、味噌を溶かしたスープって何て言うんですか?」
「ああ、味噌汁ってよく言うよ」

 ……そのまんまだった。
 味噌汁……味噌か。まだ私が食べたことない調味料って、こんな簡単に出会えるくらいにたくさんあるんだな。

 でも味噌汁とパンは合わないかも。味噌はきっとお米文化に適した食材なのだろう。
 だからパン文化の私は出会った事無かったのだと思う。きっと味噌があって当然の地域がどこかにあるのかも。
 いつかそういう場所にも行けたらいいな。

 お店を出ると、一仕事終えた作業員たちとすれ違った。
 思った通り、ここは作業員たちが詰めかけるお店だったようだ。
 さて、夜までにどこかの町にたどりつけるだろうか。
 豚汁を食べた勢いのまま、私は歩いていくのだった。
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