魔女リリアの旅ごはん

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96話、白い温泉と温泉卵

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 朝も早くからフラメイズを出発し、街道を進む。
 早朝なので人通りが少なく、小鳥のさえずりがよく聞こえていた。のどかな朝の風景を前に、思わずあくびをかいてしまう。

「……あれ? 煙……?」

 あくびをした際の生理現象で視界が涙で滲む中、かすかにだが白い煙が見えた。すぐに目をこすって涙をぬぐい、先ほど白い煙が見えた方向を改めて見てみる。
 見間違いではない。煙は街道の右手側、ずっと遠くの方から確かに立ち昇っていた。

「何なのかしらあれ。火事?」

 ライラも遠くから立ちのぼる謎の煙が気になるらしい。

「火事……にしては煙が白すぎるかな。どちらかと言うと湯気っぽいかも」
「……こんな道のど真ん中から湯気? 妙な話ね」

 それは私も少し気になる。白い煙は街道を外れた先、やや小高くなった丘のような地形の途中付近から昇っているようだ。
 さすがにそんな起伏にとんだ土地に村なんてないと思うけど。

「気になるし、ちょっと行ってみようか」
「そうね。このまま知らんぷりするのはもやもやするわ」
「……煙だけに?」
「……」

 ライラは無言で私の発言を知らんぷりする。
 朝っぱらだから脳がまだ寝ているのか、思いついた事をそのまま言ってしまった。気をつけよう。この沈黙は二度と体験したくない。

 煙の正体を知るため、街道を外れて歩きはじめる。幸いにも獣道ではなく、木々がまばらに生えてる程度の原っぱだったので、かなり歩きやすい。
 しかし煙がのぼる方向へ進んでいくと微妙な坂が続き、中々足に負担がかかる。元いた街道から比べ、結構上の方へ来ていることだろう。

 緩やかな坂道を登っていくと、そのうち段々になった地形へ差しかかった。
 丘の斜面を切り崩して階段状にするのは、珍しくない光景だ。そうして階段状にした地形に畑を作れば、段々畑となる。

 しかしここは段々畑でもなければ、とても人の手で整地された段々状の地形とは思えない。不規則に土が盛り上がり、段々地形がデコボコと出来上がっていたのだ。

「何だここ……歩きにくい」

 不規則な階段状の地形を進むのは実に厄介だった。なぜか土は湿っており、微妙に足が滑る。うっかり転げ落ちたらと考えると、背筋が冷えた。
 しかし煙には確実に近づいているようで、気がつけば私の周囲は白いもやが浮かんでいた。

 心なしか気温も暖かい。この白いもやのおかげだろうか? どうやら蒸気らしく、湿気もすごい。
 蒸気のようなもやに妙な暖かさ、そして白い煙。これはもしかしたら……。
 そんな私の予想に答えるかのように、ようやく白い煙が立ちのぼる場所が見えてきた。

「やっぱり温泉だ」

 そこはちょろちょろと心地いい水音が聞こえる温泉だった。
 沸きだした暖かい温泉が段々状の地形に溜まり、溢れた水がまた下へと流れ溜まっていく。タワー状に並べたコップの一番上から水を注いでいるような状態だ。

 棚田のような地形で出来た、天然の温泉。その暖かさによって生まれた蒸気が白い煙の正体だ。
 温泉の水を軽くすくってみる。薄い乳白色をしていて、ちょっと肌がぴりぴりする感じ。

 おそらくやや酸性の水質なのだろう。乳白色なのは水に含まれるカルシウムと何らかの成分による反応だろうか。それなりに硬質の水らしい。
 若干酸性が強いが、入っても問題ない温泉だと思う。肌が弱い人は微妙に気になるだろうけど。

「温泉ね……たまにあるわよね、こういう暖かい水が湧き出るところ」

 ライラはかつて温泉を見たことがあるのだろう、さして驚いてたりはしなかった。自然に溶け込む妖精の方が温泉の発見率は高いのだろうか。意外と温泉に入る妖精って珍しくない感じ?

「どうするのリリア、温泉に入る?」
「いや……うーん」

 周囲を見回してみる。人の気配は全くないが、段々状の地形のかなり高い場所。しかも木々なんて全く生えてない。
 さすがにこんな所でゆっくり湯につかるわけにはねぇ……。

 付近の住民からしたら知る人ぞ知る温泉かもしれないし、いつ誰がやってくるとも分からない。
 自然の中お風呂に入るなんて……ちょっとハードル高すぎ。

「でもせっかくだし、足湯くらいなら楽しもうかな」

 その程度ならもし人に見られても問題ないしね。

「そうね、残念だけど私も足湯だけにしておくわ」

 わりと肩まで浸かる気満々だったのか、ライラ。

「……ん?」

 足湯をするため靴を脱ごうとした矢先、白い煙の中で何か黒い物体を視界にとらえる。
 おそらく人ではない何かが、温泉から少し離れた所にある。

 なんだろうと思って近づいて見ると、それは木製の……棚と言ったほうがいいのだろうか、荷物置き場みたいなのがあった。
 そしてそこにはなぜか、卵や野菜が置かれていた。

 棚の傍には立て札があり、周囲の煙を手で払いながら文字を読んでみる。
 無人販売所。値段は全て同じ。料金は台の上へ。
 ……なるほど、無人販売所ね。

 おそらく出来が良くなかった野菜などを格安で売っているのだろう。とすると、近くに村などがあることになる。やはりここは多少なりとも人が来る場所なのか。
 でもこんな湿度が高いところに野菜とかを放置していると、すぐに痛みそうだ。あまり売れ行きに期待してないのかも。

 野菜はあれとしても、卵は良い。卵は常温保存できるので、さすがに痛んではないだろう。
 お金を台の上に置いて、卵を二個購入してみた。

「卵なんて買ってどうするの?」
「温泉卵作ろうかなって」
「温泉卵?」
「温度にもよるけど、温泉でゆでるといい感じの半熟になるんだよ。ぷるっとしてておいしいよ」

 先ほど湯をすくったところはちょうど入るのに適した温度だった。ならば湧き出るところはもっと熱いはずだ。とりあえずそこに数十分ほどつけて、温泉卵ができるかやってみよう。失敗したらその時はその時。
 普通温泉卵を作る時は網などに入れて卵を取り出しやすくするものだが、そんな物は持ってないし、テレキネシスでどうとでもなるだろうと考えてそのまま源泉に放り込む。

「雑っ。卵割れちゃうわよ」
「大丈夫でしょ。割れてたら割れてたで原初時代のゆで卵感あっていいじゃん」
「……原初時代のゆで卵って何よ」

 私も知らない。

 温泉卵は六十~七十度のお湯で二、三十分はゆでる必要がある。かなりゆっくり足湯に浸かれそうだ。
 棚田のような地形に溜まった温泉に指を入れて一つ一つ温度を確認し、ちょうど足湯に良さそうなのを選ぶ。そして靴と靴下を脱ぎ、若干スカートの裾を折り曲げてから温泉の中に足を突っ込んでみた。

「あー……これは中々、良い気持ちかも」

 じわーっと温かいお湯がふくらはぎまでを包み、体がぽかぽかと温まっていく。
 適当な大きさの石を温泉のへりに置き、そこへ座ってゆっくり足湯を楽しむことにした。多少お尻が痛いが、自然にできた温泉なのでそこはしかたない。

「ふー……」

 横並びで足湯に浸かるライラが気持ちよさそうに息を吐く。ちゃぷちゃぷと小さい足を水中で揺らしていて、かなり上機嫌のようだ。

「さっき、たまに暖かいお湯が沸きでるところがあるって言ってたけど、ライラは温泉に浸かったことあるの?」
「あるわよ。妖精の間では結構人気のスポットだから、色んな温泉の噂が流れてたわ。もっとも私たちは温泉ではなくファタモルガナって呼んでたけど」
「ファタモルガナ……つまり蜃気楼?」
「たどり着きたい夢のような場所、という意味合いでもあるわ」

 ファタモルガナ……蜃気楼……たどり着きたい夢のような場所。
 人気のスポットって言ってたし、妖精って温泉好きなんだ。なんだか意外かも。
 となると、やはり世界のどこかには妖精がたくさん浸かる温泉とかあるんだろうな。
 そんな光景を見たら……魔女である私ですら、蜃気楼と見紛うかもしれない。

「それより、そろそろ温泉卵ができあがるんじゃない? 早く食べましょうよ」

 ちゃぷちゃぷ足を揺らして催促されたので、源泉の方へ向かいテレキネシスで卵を取り出してくる。
 そしてライラの所へ戻り、小皿を用意して卵をこんこんとぶつけた。

「うまくできてるかな……」

 思い切って卵を割ってみる。すると、皿の上にとぷん、と半熟卵が落ちた。

「お、結構よくできてるんじゃない?」
「言った通りぷるぷるね。おいしそうだわ」

 もう一つ皿を用意し、後一個卵を割る。そちらもうまく半熟卵になっていた。
 味付けは……本来なら魚のダシとか醤油などのソース系が合うのだろうけど、あいにく持ち合わせがない。オリーブオイルと塩コショウかけちゃえ。多分変な事にはならないだろう。

 片方の皿をライラに渡し、早速食べることに。
 ぷるぷるした温泉卵なので、箸とか使わずもう一気に食べてしまおう。
 ちゅるっと吸うように温泉卵を一気に口に含む。全部口に入れると、思ったよりも量が多くてびっくりした。

 でも食べられないことは無い。ぷるぷるの白身に、とろとろの黄身。軽く噛むと黄身が弾け、濃厚な味が口の中に広がっていく。
 濃厚でまろやかな卵の味に、塩コショウが効いたオリーブオイルが中々良いアクセントとなっている。意外と相性は悪くない。オリーブオイルの香りが爽やかだった。

「温泉卵、というより半熟のゆで卵なんて久しぶりに食べたかも。おいしかった」
「おいしいけど、若干溺れかけたわ。一気に食べる物ではないわね」

 ライラは体が小さいから、一気に頬張ったらそうなるか。しかし、足湯に浸かりながら温泉卵で溺れかけるってどういう状況だ。
 温泉卵を食べ終えた私たちは、もう少しだけ足湯を楽しんでから出発することにした。

 ……足湯、温かくてのぼせる心配も少ないから、ずっと入ってしまう……。
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