刀姫 in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編

流川おるたな

文字の大きさ
上 下
17 / 113

ノ17 屍と過ごす

しおりを挟む
 「あんたぁぁ!吟ぁぁ!返事をしておくれよぉぉ!」。お雛は喉が張り裂けんばかりに声を上げ、二人に何度も呼びかけるが返事はやはり返っては来ない..
 
 涙をいっぱいに浮かべた彼女の目には、ぐったりと横たわる夫の姿は映っていたけれど、幼く小さな身体の娘の姿は映っていなかった。

 いつの間にか嵐も去り、風はそよ風に、雨は小雨に、海の波はさざ波程度に落ち着きを取り戻した。

 謎の物体に魂を奪われ、亡骸となった一太郎と吟の二人を乗せた小舟が岸辺へゆっくりと流れる...

 小舟が岸辺までもう僅かといったところまで来ると、お雛は海に駆け込むように浸かり、一所懸命に小舟を押し岸辺へと押し上げたのだった。

 お雛が小舟の上に横たわる一太郎の顔を覗くと、真っ青な顔で血の気が感じられず、「あんた!あんた!起きておくんなまし!」と声をかけ、腕をさすって起こそうとするが...夫の冷たい体温が伝わるだけで何も反応は帰って来ない...

 と、彼女の心が絶望感に包まれながら横へ向けた目線の先に、小さな身体の吟が丸まって倒れているのが見えた。

 お雛は直ぐさま近づき吟を抱き抱えて何度も、何度も娘の名を呼んだが、その小さな唇は青くなって固まったまま、お雛の耳に声を届けることは無かった...

 とてつもなく深い井戸の底にいるような哀しみに呑み込まれたお雛は、娘の吟をギュッと抱きしめたまま、ただひたすら泣き続けたのだった...

 長いこと一人で泣いていると、近くの道を通ろうとする数人の旅人に助けられ、二人の亡骸を家まで運んでもらったのだが...

 お雛は二人を埋葬しようとはせず、囲炉裏の横に亡骸を仰向けにして並べ、数日のあいだ一切の食べ物を口にすることなく、魂の抜けた二人と共に日夜を通して過ごした。

 それからさらに数日が過ぎた頃、絶食していた彼女はとうとう力尽きる...
 美しかったお雛の顔はやつれにやつれて「死人」そのもと成り果て、「川」の字を作るように二人の横へ寝そべると、最後の言葉を囁くように呟く、「ごめんね」と...

 この数日間をお雛がどのような気持ちで過ごしたのかは誰にも分からない。だが、最愛の夫と子を突然失ってしまい、絶望感に打ちひしがれたことだけは確かであった...



 幽霊となったお雛は蓮左衛門と九兵衛に此処までの話の半分ほどを語り伝えた。
 果たして本当にそれだけで、彼らにお雛の哀しき物語は伝わったであろうか?

 彼らの表情を見れば、そのような懸念が無用だったことは一目瞭然である。

 蓮左衛門と九兵衛の二人は、大の大人がこんなに泣いてもいいものか?と思わせるほど男泣きしていたのだから...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...