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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第353話 貴族と平民

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★ライル視点

 格納庫のシャッターが降りるのと、鋼鉄製のシャッターに翼持つ異形ゲイザーが当たる音が響くのは殆ど同時のコトだった。

「……ひとまずはこれで時間稼ぎが出来るね」

 ほっとしたような表情で言ったのは小人族のロメオだ。隣のアイザックは極度の緊張のせいかキツネのようなしっぽが膨らんでピンと伸びたままになっている。ロメオが時間稼ぎと表現したように、翼持つ異形ゲイザーがシャッターに体当たりを続けているせいで、ガンガンという音が格納庫に木霊している。

「まるで馬鹿の一つ覚えだな……」
「下等魔族ですので、知能がそれほどないのが幸いですね」

 悪態を吐きながらリゼルたちを追って格納庫の奥へと歩を進める隣で、ジョストが苦い笑いを浮かべている。

「頭を使えばこっちに利があるというわけだ」
「そういうことになります」

 応じるジョストが作り笑いを浮かべている。無理をしている際の癖だということは見抜いているし、正直顔色が悪いのだが、それを気遣う余裕は俺にもないので口を噤んだ。

 ――この状態で、どこまで機兵を動かせるか……。

 エアボードで魔族から逃れる際に、かなりのエーテルを消耗したのは間違いない。機兵を動かすための魔力を、この身体からあとどれだけ絞り出せるかがこれからの課題になるだろう。

「……恩に着る。アイザックとロメオ、それと、ギードだったな」

 リゼルが靴音を響かせて立ち止まり、三人に礼を述べているのが聞こえる。ギードが寡黙に頷き、アイザックとロメオは意外そうに目を瞬いた。

「覚えててくれたんだ」
「一応お前達のことはライバルだと思っているからな。F組の底力というものは、到底軽視出来るものではない」

 親しみを込める意図があるのか、リゼルが幾分か砕けた表情と物言いで語る。その意図が伝わったのか、アイザックの尻尾がぶんぶんと横に動いた。

「なんにせよ、光栄でござるよ、リゼル殿! しかして、今後の身の振り方でござるが……」

 尻尾が動いたのは単に嬉しいという感情表現だけでなく、彼なりの緊張の解し方でもあったようだ。リゼルは眉をひそめ、アイザックの問いかけを確かめるように繰り返した。

「身の振り方? そんなの決まっている。格納庫ここにある機兵で魔族共を駆逐する、それだけだ」

 視線は膝を抱えるようにした駐機姿勢を取る三機のデュークに向けられている。幸いなことに、稼働時間を延ばすための液体エーテルの増槽ぞうそうが取り付けられており、俺が抱いていた不安要素を一つ減らすことができた。

 だが、アイザックとロメオは顔を見合わせ、あまり芳しいとは言えない反応を見せている。

「どうした? ただ聞いただけというわけではないだろう? なにか意見があるなら、はっきりと言え」

 リゼルが苛立った調子で促すと、アイザックとロメオは唇を引き結んで頷き、リゼルとの距離を詰めた。

「……あの、身分ある人に対しての言い方を知らないから許してほしいんだけど……」
「俺は別に気にしない。同じ高等部の生徒の忠告として聞く」
「私も同じだ。なにより意見を求めたのは、この私だからな」

 アイザックとロメオが話しやすいように、俺が自分の意見を挟むと、リゼルも頷きながら自分の考えを述べた。

「ありがとう。……じゃあ、言わせてもらうけど、それはあまり賢い選択とは言えないんじゃないかな」
「はぁ!?」

 ロメオの忌憚ない意見に、リゼルが反射的に怪訝な声を出す。だが、すぐに思い直したように咳払いし、アイザックとロメオ、ギードの三人を順に見つめた。

「それを言うなら、現に格納庫に来ているお前らも同じ考えじゃないのか?」
「全く同じとは言い難いでござる。拙者もロメオ殿も、ギード殿も、機兵戦での戦力としては心許ないでござるから」

 アイザックの説明でリゼルは爪先をぱたぱたと動かした。苛立ちをどこかに逃そうと努めているのが見て取れる。

「じゃあなんでここに来た? 戦うためじゃないのか?」

 静かな問いかけだったが、苛立ちは消せていない。こういうときに客観的にリゼルを見ていればわかるが、今まで勝機を逃してきたのは実は熱しやすいこの性格のせいなのだろうな。武侠宴舞ゼルステラや演習はともかく、今は負けるわけにはいかないとわかっているだけに、俺にもジョストのような冷静な目が必要になる。今は、それを急場しのぎではあるが、F組から学ぶ時でもあるはずだ。

「……正確には選択肢を増やすためだよ。機兵を動かせる人たちは、ここにある機兵のセーフティを外せない。でも、僕たちならセーフティを外して機兵を動かすことができる」
「だから、ここを目指したでござる」
「高等部の校舎に機兵を届ける、それが指命」

 アイザックとロメオの言葉に、ギードも言葉少なに頷く。どうやら、彼らが大型の蒸気車両で移動していたのは、機兵を牽引する意図もあるようだ。

「……なるほどな」

 格納庫に乗り入れた蒸気車両を一瞥し、合点が行ったらしくリゼルが首を縦に振る。見れば蒸気車両の最後尾には機兵を牽引できるよう、アームが取り付けられているのだ。

「では、操縦士を連れて来なかったのは何故だ?」
「リスク回避でござる。戦力は校舎からなるべく減らしたくない……エステア会長やリーフ殿、ガイストアーマー部隊のヴァナベル殿が作戦部隊として校舎を離れた以上、戦える者は限られているでござる」
「ハッ! 取りあえずは全員無事ってことを祝おうか」

 エステアさんを始めとした生徒会メンバーの名前が出たことで、リゼルの表情がわかりやすく明るくなった。

「軽口を叩いてる場合じゃないぞ、リゼル」

 ぱん、と手を叩いて喜びを噛みしめるリゼルの軽口を窘めるが、内心は俺も彼らの無事を大手を振って祝いたい気分だ。だが、その喜びが油断に繋がると思うと、今は抑えなければならない。今後無事でいる確率を上げるためにも。

「わかってる。けど、まあ……そういう希望を祝う気持ちの余裕は欲しい」
「ふっ……、だろうな」

 リゼルが子供のように唇を尖らせたので、思わず笑ってしまった。

「……で、リーフたちの作戦部隊というのはなんだ?」

 気を取り直して、先ほど語られた現状から気になったキーワードを抜き出して質問を重ねる。

「デモンズアイの攻略に大闘技場コロッセオに向かってる。光魔法を使った結界で、この街の魔族の侵略を浄化しながら、デモンズアイの本体を叩くって」
「そんなこと出来るのか!?」

 リゼルが驚きの声を上げたが、俺も同じ気持ちだった。一介の、俺たちと同じ学生がそんな作戦を思いつくとは、俄には信じがたい。だが、リーフなら、セントサライアス小学校時代から類い希なる才能を見せつけてきたリーフなら、有り得ると思わせたのも事実だ。

「……拙者たちに聞かれても、わからないでござる。ただ、今はそれに賭ける他はないというのが、総意で……」
「だから、ここはもうすぐかなりの危険に巻き込まれる。リゼル君もライル君も、その……ジョスト君も、この蒸気車両で一緒に校舎に引き返した方がいい」

 アイザックの言葉をロメオが引き継ぐ。ギードも異論ないと言いたげに頷いて俺たちを見つめた。

「馬鹿を言うな。格納庫に到達しておいて、どうして蒸気車両で逃げ帰ることが出来ると思う?」
「御身の危険を考えれば、当然のことでござろう!」
「じゃあ、お前らはどうなる!? 平民の命などどうでもいいと、この私が思っているとでも――」
「別に死にに来た訳じゃない!」

 アイザックとロメオが苛立ちを露わにしてリゼルの言葉を遮った。会話が途切れ、シャッターに身体を打ち付けている翼持つ異形ゲイザーの気配だけが格納庫に響いてくる。見ればシャッターは既にぼこぼこに歪んでいて、ここを突破されるのも最早時間の問題と言えた。

 ほとんど無限に湧き続ける魔族らにとって、あるいはそれを使役している魔族の親玉にとって、個々に自分の身という概念はなく、替えのきく捨て駒なのだろう。こういうとき、俺たち人間は不利だ。だが、限りある命、かけがえのない命と言われ続けるように、限りがあるからこそ魔族を上回る力を出せるということを、忘れてはならない。

「……だったら私も同じだ。この学園に入ったのは、守られるためではない。自ら戦う力を身につけるためだ。今がその時だ!」
「しかし――」
「俺も同じだ。戦うためにこの死地に乗り込んだ。逃げ出す気があるのなら、とっくにそうしてる」

 食い下がるアイザックに、俺も声を張り上げた。

「私もです!」

 ジョストが胸に手を当て、強く言い切る。どんなときでも俺についてくると決めている彼の言葉に、アイザックとロメオは気圧されしたようにびくりと身体を震わせた。

「そうだよね。うん、ごめん……」

 ロメオが今までの言葉を反芻するように呟きながら、素直に謝る。彼のこうした柔軟な態度は、正直言って好感が持てた。どっかの誰かさんにも見習ってほしいものだし、俺もそうあるべきなんだろうな。自分以外の人間のことを考える場合は、特に。

「……僕たちは予定通り機兵を動かして校舎に戻る。小人族の僕は蒸気車両で牽引を、アイザックとギードは操縦してさっきの場所を突破するつもりだ」
「私が加わる以上は、誰も死なせない。校舎に戻るならお前たちをサポートするし、作戦部隊とやらの戦力が足りないならそっちに加わる」
「僕たちのことはいいよ。特に僕は小人族だし、みんなの足手まといになったら――」
「ハッ! 今更なにを言う!? そんなこと百も承知でここに乗り込んだんだろう? 貴族がなんだ、平民がなんだ、身分がなんだ? お互いひとつの命として、自らを守り、他者を守るために動くことになんの引け目がある?」

 急に弱気になったロメオを励ましたのは、リゼルの強い言葉だった。ロメオは、はっとしたように顔を上げ、まじまじとリゼルを見た。俺もロメオとほとんど同じ反応をしたと思う。彼がそんなふうに発言出来るとは思ってもみなかったのだ。この短時間で、リゼルの精神的な成長が加速度的に進んでいる。今なら、真のリーダーになれるだろうと、こんな時なのに未来のことを考えてしまった。いや、こんな時だからこそ、将来の展望を手放してはならないのかもしれないが。

「……なにを鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔してるんだよ。いずれにしても、今ここでとやく言ってるよりも早く動いた方がいい。……見ろ」

 リゼルが顎で示したのは罅割れ、向こう側が透けて見え始めるほどに摩耗した入り口のシャッターだ。

「最早安全とは言えないな」

 突破されるまであと数分もないだろう。俺は気を引き締め、ジョストに視線を送った。ジョストは頷き、デュークのセーフティを取り外しにかかっている。

「生身ならともかく、ここには機兵がある」
「セーフティは?」

 ロメオの問いかけに俺は片眉を上げた。

「そんなもん、持ち主が外せなくてどうする?」
「仕事が早いな。行くぞ、ライル」

 リゼルが満足げに微笑み、セーフティを外したデュークの操縦槽に向かって駆けていく。

「わかってるだろうが、最早作戦を練る時間はない! ここから先は行き当たりばったりだ。アイザックとロメオ、ギードはガイストアーマーで校舎を目指せ! 私たちはひとまず大闘技場コロッセオを目指す。だが、救援が必要ならすぐに呼べ」
「合点承知でござる!」

 アイザックのきびきびとした返事に、機兵の起動音が重なった。再び死地へと向かう覚悟を決めて、俺も操縦槽に乗り込む。不思議なことに、魔力切れの恐怖はもうどこかへ消えてしまっていた。
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