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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第354話 ひとつの仮説

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★リーフ視点

 ガイスト・アーマーのヴァナベルとヌメリンの先導に、僕のアーケシウスが続く。後ろから猛スピードで追いかけてくるのは、エステア、ホム、アルフェ、ファラ、リリルルを乗せた蒸気車両だ。プロフェッサーがハンドルを握り、部下が後部の護衛を担当しながら厳戒態勢でデモンズアイによって死地へと変えられてしまったカナルフォード学園を進んで行く。

 マリーとメルアは大闘技場コロッセオが見下ろせる研究棟で既に離脱し、合図があるまで待機という体勢を取っている。

『こちらマリー、狙撃ポイントに到達致しましたわ!』
翼持つ異形ゲイザーも、レッサーデーモンも今のところ近づいてないよ。まあ、来たところでメルアちゃん特製の罠が火を噴くだけだけどね』

 通信を繋いだままの多機能通信魔導器エニグマからマリーとメルアの声が聞こえてくる。狙撃手であるマリーの護衛がメルア一人だけというのが、少し不安だったが、思ったよりも落ち着いた調子の二人の声を聞いている限り、僕の思い過ごしだったようだ。

「くれぐれも油断しないで。絶対に後で合流しましょう」
『その言葉、そっくりそのまま返しますわよ、エステア』
『そーそー! 自分が犠牲になっても学園を守ろうとか、思わないでよ~。覚悟を持つのはいいんだけど、うちらこの歳で友達を失うとか絶対ヤダからね!』

 エステアのやや緊張した声音に、マリーとメルアの柔らかな声が重なる。二人なりにエステアの身を案じているのだということは、僕にもわかった。特にエステアはメルアが指摘したように、自分の身を捨ててでも皆を守ろうとする危うさがある。エステアはそれを口にはしないけれど、行動で示してしまうのだ。

 そう考えると、同じような行動をしそうなのは目の前を進むヴァナベルだ。結果的には助かったのだが、生身で従機を取りに行くという無謀な賭けに出たことは、手放しには評価できない。けれど、ヴァナベルなら考えるよりも先に行動してしまうのだろうな。あのとき、魔族の襲来を受けて真っ先に行動を起こそうとしてくれた時のように。

「……ん? なんだ、リーフ? オレがどうかしたか?」

 僕の視線を感じたのか、ヴァナベルが拡声器を通じて僕に問いかける。僕はアーケシウスの速度を上げてヴァナベルに並ぶと、彼女の今の状態を確かめた。

 怪我をしている様子もない。ガイストアーマーを動かし続けることでの魔力切れが懸念されるところだが、顔色を見る限りはまだ余裕がありそうだ。

「……いや、避難誘導からガイストアーマーの調達と、君の活躍には頭が下がると思っていただけだよ」

 観察するだけしておいて説明のひとつもしないと怪しまれると思い、考えていたことから不安だけを省いて言葉にする。ヴァナベルは拍子抜けしたように耳をぱたぱたと動かし、それから頬を膨らませて微妙な顔つきをした。

「なんだよ、急に改まって……」

 ああ、改まってというのであれば、大事なことを言い忘れていたな。あの不思議な少女、はハーディアは無事ということでよいのだろうか。

「ありがとう、ヴァナベル」
「だから、礼を言うのはまだ早いって」
「早くはないよ。ハーディアを無事に避難させてくれただろう?」

 照れた様子でそっぽを向くヴァナベルの背に、感謝の気持ちを込めて問いかける。

「ハーディア?」
「あの仮装してた女の子だよ~」

 問いかけにヌメリンが補足すると、ヴァナベルは合点がいった様子でガイストアーマーの機体を叩き、安堵した様子で笑った。

「ああ、そのことか。それなら責任持って送り届けたからな。今頃講堂でホッとしてる頃だと思うぜ」
「タヌタヌ先生とマチルダ先生、それに公安部隊の人もいるし、学校のみんなも戦えるもんね」

 会話を聞いていたのか、アルフェが話題についてくる。

「そういうこと。まあ、強がってたけど、やっぱ子供だもんなぁ。……それにしても、生きているうちに魔族と交戦する羽目になるとはな」
「だよねぇ~」

 ヴァナベルの呟きに、ヌメリンが溜息混じりに同意する。空は相変わらず黒く濁った雲に覆われていて、陽の光は殆ど遮られている。今や明かりとして頼りになるのは、街中に転々と設置されている魔石灯やエーテル灯だ。

「まあ、こういう経験はないに越したことはないんだけどさ、あたしはなーんかありそうな気がしてたんだよな」
「「リリルルも同意だ」」
「そうなの?」

 話に割って這入ったファラとリリルルに、アルフェが問い返す。

「軍事科の訓練がさ、結構具体的な例を挙げてきたりしてたんだよ。人魔大戦の教訓とかなんとか、そんな感じでさ」
「あ~、あったねぇ~」

 同じ軍事科のヌメリンが相槌を打ち、魔法科のリリルルも深く頷く。その話題は工学科の僕にも覚えがある。三学期の学力テストの設問も人魔大戦や魔族に関しての記述だったのは記憶に新しい。

「……別に今年に限ったことではないの。私が入学した頃もそうだし、その前からもそう。人類は魔族の襲撃に常に備えてる」
「それは、魔界がこの世界にまだ残っているからかい?」

 間髪入れずに問い返すと、蒸気車両の荷台に立つエステアは難しそうな顔をして首を横に振った。

「そうね。でも、それだけじゃない」

 冷たい風が吹いて、エステアの金色の髪を靡かせている。表情は窺えないが、なにか考え込んでいるような印象を受けた。

「……この眼で見たわけじゃないのだけれど、こういう噂を聞いたことがあるの。人間に交じって、暗躍している魔族がいると。けれど……けれど、もしも、……本当に、そうなのだとしたら、何故この学園でこんなことが起きているのか説明出来る気がする」

 かなり歯切れの悪い口調だったが、エステアはある種の核心に迫っているようだ。

「まさか……それってさ……」

 エステアの独白めいた言葉を聞いたヴァナベルが生唾を呑み込む音が、拡声器を通じて生々しく響いてくる。

「エステアの意見に同意します。わたくしは、イグニスが疑わしいと思っています」
「……イグニスさんが……? リーフは、……リーフはどう思う?」

 ホムが自分の考えを述べる隣で、アルフェが動揺したように僕に視線を向けてくる。エステアが考えている相手がホムと同じイグニスであるのなら、僕もほぼ同意見だ。だが、真実が見えていない現状では、この話はいずれにしても僕たちの想像でしかない。

「断定は出来ない。でも、限りなく疑わしいとは思う。例えば、初日の貴族食堂に運び込まれていた絨毯、急遽始まった大闘技場コロッセオの塗装。殺気立つほどに興奮した観客の姿……もし、あれが魔法陣や簡易術式ではなく、魔族の用いる邪法によるものだとしたら?」

 僕の問いかけにアルフェは目を見開いて、頬を押さえた。

「……エーテルは、反応しない……。それに、イグニスさんが扱う無詠唱の炎にエーテルが感じられない理由も……」

 アルフェが繰り返し訴えて来た、エーテルを介さない無詠唱の炎。それが魔法ではない他のなにかによるものだと、アルフェは恐らく勘づいていたはずなのだ。それを、エーテルを介していないという事実以上のことを口にしなかったのは、ひとえにイグニスが人間として学園に溶け込んでいたからに他ならない。

「……ひとつわからないことがあるの。転移門は、人の血や魂を必要とする魔族の邪法なのでしょう? デモンズアイが出現した時、大闘技場コロッセオにそのような大量の犠牲者は出ていなかったわ」
「超満員の大闘技場コロッセオから、人々の悪意を増幅させ、汲み上げたのなら、可能かもしれない」
「殺気立った観客の状態にも説明がつきます」

 エステアの疑問に僕が応え、ホムもそれに続く。目前に迫った大闘技場コロッセオの正面では、デモンズアイから零れた血涙が禍々しい血の泉を広げている。

「……興味深い考察です。それがもし本当なら、考えられ得るなかでも最悪のシナリオですがね」

 今まで僕たちの話を黙って聞いていたプロフェッサーが、苦々しい声を発する。

「なぜそう思うんです?」
「仮に魔族だとしても、そう簡単には処分出来ないからですよ。彼が、デュラン家の令息という立場を考えればね」

 僕の問いかけに、プロフェッサーが淀みなく応えた。沈黙の間、僕たちの会話をただ聞いていたわけではなく、イグニスが魔族であった場合の可能性を探っていたのだろう。

「……そうね。憶測で判断してはいけないわ。聞く人によっては、私たちのこの会話ですら罪に問われる」
「……つくづく、魔族というのは、狡猾な生き物だということを思い知らされますね」

 エステアの発言にプロフェッサーが肩を竦め、蒸気車両を停止させる。プロフェッサーに倣ってガイストアーマーの歩みを止めたヴァナベルが、操縦槽から不満げな声を上げた。

「そんじゃ、なにか? イグニスの野郎が魔物を従えて襲ってきたところで、何も出来ねぇってことかよ!?」
「ん~。生け捕りぐらいはしてもいいと思うよ~、ベル~」
「「世にも珍しい人間に寄生した魔族として展示してもよいぐらいだ」」

 仮の話ではあるが、イグニスが魔族だった場合の想像で怒るヴァナベルに、ヌメリンが宥めるような声を掛け、リリルルが本気か冗談かわからない言葉を投げかける。

「にゃはっ! 確かになんにも出来ないわけじゃなさそうだよな~。魔族の使役者だった場合は、あたしたちも危ないんだしさ」
「ええ。最低限、拘束は許されるでしょうね。身の安全を保障するためとか、理由は後からどうとでも出来るでしょうし」

 最悪の予想が当たった場合に、どう振る舞うべきかを考えながらエステアが慎重に言葉を選ぶ。プロフェッサーはそこまで聞いたところで、パンと手を叩き、僕たちに周囲の様子を見るように視線で促した。

「ここであれこれ想像していても仕方ありません。それより目の前の敵に目を向けなければ」

 プロフェッサーの言葉の間に、血涙の中から新たなレッサーデーモンが生まれ出でようとしている。ぼこぼこと沸騰したように沸き立つ血を前に、ヴァナベルは牽制するように魔導砲を打ち込んだ。

「まあここは、オレたちの出番だよな! アルフェとリリルル、レッサーデーモンの毒の無効化を手伝ってくれ」
「「リリルルは、大闘技場コロッセオに向けて疾風を起こすぞ、アルフェの人」」

 ヴァナベルの指示にリリルルが揃って蒸気車両の荷台に立ち、背を合わせて周囲を警戒する。

「わかった。ワタシは火炎魔法で援護する」

 アルフェは大きく頷くと、リリルルを追い越し、蒸気車両の運転席の屋根に飛び乗った。

「そんじゃ、噴射式推進装置バーニアを最大出力にして突っ込む! リーフは後ろを頼んだ!」
「わかった。くれぐれも――」
「多少の無茶は目を瞑ってくれよ。緊急事態なんだからさ」

 僕の忠告にふっと笑いを漏らしながら、ヴァナベルが魔導砲をレッサーデーモンの上半身に打ち込んだ。

「さあ、このまま突っ込むぞ、お前ら!」

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