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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第352話 死地からの脱出

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★ライル視点

 大闘技場コロッセオの上の巨大な目玉の縁から、血の色をした涙がびちゃりと音を立てて飛び散る音がした。街路樹に飛び散った飛沫は、芽吹き始めたばかりの枝葉を見る間に枯らし、どろどろと地面に向かって落ちていく。

 魔族を生み出す最悪の血溜まりが、こうして街の至るところに増えていくのだ。
 
 露店エリアで展示されていたエアボードを拝借出来たのは、不幸中の幸いだったと言えるだろう。

「風よ――」

 風魔法を付加して、スピードを上げ、俺たちはレッサーデーモンの群れを掻い潜りながら移動する。俺の傍を離れずに併走しているのはジョスト、前を走っているのはリゼルだ。

 そのリゼルの前に、あの血涙が落ちているのが見える。大闘技場コロッセオ上空に留まる魔族――デモンズアイに近づいているのだから、当然だろう。

 腋と背中に冷たい汗をかいているのを、風で肌に張り付いた衣服が教えてくれる。この先は危険だと、本能が警鐘を発しているのを俺は無視した。

「おい! 本当に格納庫に向かうのか!?」
「そう言ったはずだ! それ以外にこの状況を打破する道はないだろう!」

 リゼルが風に流されないようにいつになく声を張る。

「リゼル様、跳躍を!」

 俺と併走しているジョストが前を走るリゼルに警告する。血涙から早くもレッサーデーモンが一体姿を現したのだ。

「わかってる!」

 飛びかかってきたレッサーデーモンを、リゼルはエアボードに風魔法を付与して跳躍することで見事に躱す。

「ギャギャーーー!!」

 ジョストの放った火炎弾がレッサーデーモンを仕留めると、断末魔が後ろの方で響いた。

「油断するな。まだまだ来るぞ」
「承知しております」

 俺の警告にジョストが冷静な声音で返す。高等部の校舎ではなく大学部の格納庫に向かう俺たちは、今最大の難所とも言える大闘技場コロッセオの脇を抜けようとしている。

「ギャギャッ! ギャッ!」

 先ほど街路樹の枝葉を枯らしたものと同じ化け物が流した血涙が、地面に広がっている。煉瓦敷きの美しく整えられた路面が血涙に汚されると、ぼこぼこと沸き立つように歪み、中からおぞましい無数の手が浮かび上がるのが見えた。

「チッ! あの化け物が止まってる間に抜けるはずだったんだがな」

 リゼルが剣を抜き、炎属性魔法ファイアエンチャントを付与しながら忌々しげに叫ぶ。

「血涙が落ちて魔族が生まれるまで、多少の時間稼ぎは出来たはずです。校舎に向かったレッサーデーモンの群れは消失、エステア会長をはじめとした生徒会メンバーの功績と見て間違いないかと」

 遠視魔法を使って高等部校舎の状況を見透したジョストが、早口で状況を知らせてくれる。学校に殺到していたレッサーデーモンの群れが消失したというのは、この絶望的とも思える状況の中で、かなりいい報告だ。

「今なら、校舎へ戻れるかもしれない。引き返すなら今だぞ!」
「そんな不確実な情報よりも、格納庫を目指した方が確実だ。なんといっても私のデュークがあるのだからな!」

 俺の忠告にリゼルが揺るぎなく答える。一度決めたことは殆ど変えないのが、彼奴の心情だ。唯一変えたといえば、イグニスさんではなくエステア先輩側についたということだろうか。

「三機共に動かせるだろうな!?」

 風魔法で強引にエアボードの出力を上げ、レッサーデーモンを回避しながらぐんぐんと速度を上げていく。

「有事に備えるのが軍人というものだ。有事に動かせない機兵を持つなどあり得ないだろう!?」
「そうだったな!」

 俺が追いつき始めているのに気づいたリゼルも高度と速度を上げ、沼地のように広がった血涙を迂回しながら蛇行するように格納庫へ向けて駆け抜ける。血涙からは無数の手が伸び、地面の手掛かりを探すようにばしゃばしゃと血飛沫を上げながら蠢いている。そこからレッサーデーモンが飛び出すまで、あと五分もないだろう。スピードを上げたいのに、どれだけ風魔法でブーストしても、速度が少しずつ落ちている気がする。

「おい、なんで――」
「ライル様、液体エーテルの残量が!」

 俺と併走しているジョストが、エアボードの僅かな異変を感じ取ってその原因を突き止める。

「ハッ! 最悪だな!」

 同じ兆候を感じ取っていたのか、リゼルが笑いながら叫んだ。その笑いが絶望的な状況に対する彼なりの強がりなのが、痛いほど伝わってくる。

「あと少し、あと少しなんだ」

 格納庫までの距離はおよそ四百メートル。平時なら余裕で走れるほどの距離だ。だが、今はその行く手を魔族を生み出す大きな血涙の血溜まりが塞いでいる。

「Uターンしましょう、今すぐ!」
「自殺行為だ! このまま突っ切るぞ!」
「リゼル様、今だけ私の言うとおりにしてください!」

 ジョストの切羽詰まった声に、俺は直感的に従う。ジョストはいつだって冷静で、俺のように判断を誤ることはない。

「来い、リゼル!」

 リゼルに呼びかけながらエアボードを強引にUターンさせると、猛スピードでこちらに近づいてくる蒸気車両が視界に入った。蒸気車両もこちらの存在に気づいているらしく、明らかにこちらに進路を変更して向かって来ている。

「救援か!?」

 リゼルも俺たちを信じて従ってくれたのが、間近に迫った彼の声でわかる。

「ええ。アイザックとロメオ、それにギードが乗っています!」

 ジョストの声が幾分か明るくなる。これなら確実に格納庫へ向かうことが出来る。
「リゼル殿! ライル殿、ジョスト殿! 急ぐでござる!」
「このまま荷台に乗って! 格納庫まで突っ切るよ!」

 アイザックとロメオが俺たちを急かす。液体エーテルが切れかけたエアボードは制御が困難なほどにガクガクと上下に揺れ、バランスを取りながら乗り続けるので精一杯だ。だが――

「あとはお任せ下さい!」

 ジョストの声が真後ろで響いたかと思うと、突風が俺とリゼルを吹き飛ばした。

「な……っ!」
「うわっ!」

 俺とリゼルは同時にエアボードごと蒸気車両の荷台に叩き付けられる。相当の衝撃を覚悟したが、柔らかなクッションのようなものによって受け止められた。

「あ……」

 顔を上げれば、黒い毛皮に似た長い頭髪の熊人族のギードが俺たちを受け止めている。

「済まない」

 リゼルが慌てた様子で礼を述べ、勢い良く起き上がる。俺も荷台に立ち、ジョストの姿を探した。

「ジョスト!」

 ジョストは辛うじてエアボードを制御しながら、迫り来るレッサーデーモンの群れを躱し続けている。

「俺のそばにいろ! これは命令だ!」

 ジョストに向かって叫び、俺は無我夢中で磁力加速リニア・アクセル)魔法の詠唱を、それによってジョストを引き寄せるイメージを頭の中に構築させた。

「目に見えぬ引き手よ、我は神速を尊ばん。渦巻く門を開き招き入れよ。通るものには祝福を、しかして矢の如き神速をも与えん……磁力加速リニア・アクセル!!」
「……受け止める」

 俺がなにをしようとしたか瞬時に判断したギードが、ジョストを受け止める構えを取るのが気配でわかったのと、ジョストがエアボードごと磁力に引き寄せられて荷台に到達したのはほぼ同時のことだった。

「……大事ない」

 ギードが言葉少なに自らとジョストの無事を伝えてくる。磁力加速リニア・アクセルの影響をまともに受けたエアボードは、最後の役目を終えて完全に壊れてしまっているが、生身のジョストはどうやら無事のようだ。

「……ライル様……」
「今のは命令だ。今後も変わらないぞ」

 俺はジョストの手を取って起こしてやりながら、改めて命じる。ジョストは少し驚いたように俺を見ると、それから少し微笑んで頷いた。


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